偽りの温度 2
予想通り、しかし希望とは反して、ジンは嘲笑を浮かべた。
「俺は君を親友どころか友達とすら思ったこと無いよ。邪魔って言っただろ。正直、君がまだ生きてることにびっくりしてるくらいなんだから」
突き刺された言葉に、目眩がした。
「なぁ……ジン。どうしてあんなことを?」
思わず尋ねてしまった俺の声は、ひどく掠れていた。
「あんなことって?」
不思議そうに、ジンは首を傾げる。
「協会の人達を、真っ黒な矢で特殊生体に変えただろう」
「あぁ、あれ見たの? じゃぁ俺の正体もわかったのかな?」
「ふざけんな! リィナ側に寝返ったって言うのかよ。そんなの絶対嘘だ!」
「そっか、全然わかってないワケね。……ふふ、答えを聞くのはレイスを倒したら、じゃなかったの? 俺に友達じゃないって言われて、動揺しちゃった? さっきまであんなに強気だったのに」
その通り、図星だった。おかしそうに笑うジンに、俺はみっともなくボロボロ泣いていた。俺に懐いてくれていた小さなレットを除いては、彼はたった一人の友人だったのだ。
その刹那、振るわれたレイスの巨大な鎌が、俺の体を貫いた。
「がっ……!」
俺は自らの身が引き裂かれる生々しい音を聞きながら、床に叩き付けられた。視界が暗く霞み、意識がフッと遠のく。全身を包む冷たい水に、このまま全てを委ねてしまいたかった。
その甘い誘惑に乗りかけた俺に、更なる追い打ちが届く。
「〈エクスプロージョン〉!」
霞む視界が捉えたのは、ジンの放った真っ赤な矢だった。
「!」
鏃が俺に突き刺さると同時に、炎系統高位魔術〈エクスプロージョン〉が発動。爆炎を浴びて吹き飛んだ俺は、背中から壁へと叩き付けられた。
「ぐ、ぅ……」
全身から血が噴き出しているのを感じる。骨と筋肉がギシギシと軋み、呼吸すら思うようにいかない。体中から、特殊生体化の進行を知らせる枯渇音ばかりが響いていた。
「――〈ブリザード〉!」
ドガガガガッ!
俺が崩れ落ちる暇もなく、ジンの氷の矢が俺の四肢を貫き、壁へ磔にされた。みるみるうちに、身体がビシビシと音を立てて凍り始める。痛みは相変わらず無かったが、息がひどく苦しく、意識が朦朧とした。
「待て……このまま死んで堪るか……」
呟いた言葉に、自分自身で驚愕する。ついさっき、氷の牢獄から出ようとするヴェネスに疑問すら抱いたというのに。
「うるさいよ、クレス」
口調だけは穏やかに、ジンは言った。彼の手が、俺に向けた弓にゆっくりと矢をつがえる。
「俺の正体、教えてあげる。俺はジンなんかじゃない。フィラルディン・フレイヤ。ミドール王国の王宮騎士だ」
「は!?」
突然の意味の分からない告白に、俺は素っ頓狂な声を上げる。ジンは続けた。
「いくらクレスだって、薄々気付いてるんだろ。リィナが巻き起こしてるこの事態には、ミドールの王宮騎士が絡んでるってことに。悪いけど俺ね、最初から悪の手先ってワケ!」
打ち放たれた緑色の矢。今までとは到底比にならない速度で飛来してきたその矢は、俺の腹に突き刺さるなり、カマイタチのように俺の身を切り刻んだ。真っ白な血が辺りに飛び散った。
混乱する俺の頭は、ジンの言葉をうまく処理することができない。確かにエルアントを始めとして、王宮騎士達はこの事態が自分達に関係あるかのような言葉を遺しているが……ジンが王宮騎士? フィラルディンといえば、本当の顔を誰も知らないという噂の――そして協会に残されたノートに、『裏切り者』と書かれていた王宮騎士の名だ。
でもそれが本当なら、どうしてテイルは協会でジンの姿を見た時に、何も言わなかったのだろう。単に黙っていただけなのか……それともテイルは、フィラルディンの演じる〝ジン〟の顔を知らなかったのだろうか。
それに彼が裏切り者なら、どうして王女が一緒にいたんだ。
「俺は君にずっと嘘をついていたんだ。俺の仕事は君の監視。そのために君に声をかけた。王宮騎士は君が特殊生体であることを、六年前から知ってたんだ」
また、六年前。義父さん達が死んだ年。記憶に無い戦争があった年。
頭に浮かんだ共通点を整理する前に、ジンが言った。
「俺は、別に一人でいた君を気にかけたワケじゃない」
「そんな……」
「それにね、俺はライムが好きなんだ」
俺は目を見開き、ジンを凝視した。ジンは続けた。
「今だって、俺がリィナに協力する代わりに、ライムを殺さないでおいてもらってる。そうでなければ、ライムはとっくにリィナに殺されてるよ」
「!?」
「それが答えさ。俺はライムのためなら何でもするよ。リィナが望むなら、例え意味なんか無くたって誰でも殺せる。冥土の土産は、これで充分だろ?」
消えそうな意識を引き戻そうと、俺は必死に頭を動かした。何も浮かばない。