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Survival Project  作者: 真城 成斗
七・偽りの温度
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偽りの温度 1

【 七・偽りの温度 】



 黙って俺を見ているジンと、気を失っているヴェネス、防戦一方の俺。


「――っはぁ、はぁ」


 感情の制御で精一杯だ。本気で戦えば自我を失うし、斬りかかろうとする度にレイスが盾にするモノに反応すれば、それも俺の心をざわつかせる。


 砕けて水の中に沈んだ骸骨と、腐りかけの死体。ここから水が引いたら、この惨状は全部、この牢獄の所為になるのだろう。


「無茶苦茶だ……!」


 吐き捨てながら、俺は女王の守護者(セイヴザクイーン)を構えた。


 いくらレイスが幽霊のような外見をしていても、特殊生体だと思えば気の持ち様で何とかなる。だが、あいつが呼び出し操っているモノは――全部本物だ。感じるのは恐怖ではない。眠りを妨げられ、死した後にこんな冒涜的な扱いを受けている悲しみや怒りが、レイスに纏わりついているのがわかる。幽霊が苦手じゃなくたって、こんなの無理だ。


 更に言えば、レイスは十九階級特殊生体。例え万全の態勢で戦ったとしても、俺に勝ち目はない。


 ビシビシビシィッ!


 水に沈んでいく地下牢に、俺の特殊生体化を知らせる枯渇音が響き渡る。ジンの生み出す光に照らされた水面が、俺の血に染まって真っ白に揺らめく。


「痛みが無いって凄いね。その傷、普通ならもう立っていられないはずなのに。クレス、自分がどんな状態かわかってないでしょ?」


 呆れた様子でジンが言った。


「ジン、いつもみたいに助けてくれないのかよ」


「だから言ってるだろ。あいつは、俺が君にけしかけたんだ。でもレイス相手に即死せずに戦ってるなんて、頑張ってると思うよ。理由はともかく、強くなったね」


「……おまえには聞きたいことがいっぱいあるんだ。あいつをぶっ倒したら、覚悟しろよ」


 そう言った俺の視界の外から、音も無く巨大な刃が飛んできた。視界の隅に映った青い輝きと、遅いながらも反応した勘に任せて、俺は剣をそちらへ動かす。


 ギャンッ!


 勢い良く火花が散って、鈍い金属音が響いた。しかし振り回されたレイスの鎌の勢いに吹き飛ばされ、俺は壁に背中を打ち付けた。目の前にチカチカと星が飛び、俺はそのまま水の中へ倒れ込んだ。起き上がろうとしたが、水に沈んだ身体がうまく動かない。


 すると強い力で髪を鷲掴みにされて、俺の顔が水から揚げられた。耳元でジンが甘く囁く。


「ほら、目を開けて剣を構えな。次が来る」


「っ?」


 申し訳程度に腕を動かした俺に向けて、何かが飛んできた。


 ガゥンッ!


 重低音とともに、俺の左耳が血を噴いた。レイスの前に浮かんでいるのは、こちらに銃を向けているリダだった。彼女の光の無い双眸からは涙が流れ、こめかみを貫いた銃痕から血が溢れている。


「!?」


 そしてもう一人、彼女の隣に血塗れの姿で浮かんでいるのは、苦痛と無念の表情を浮かべたテイルだった。


 嫌な予感に駆られて、もう一人を探す。ライムの姿は無かった。


「薄情だね、クレス。二人の死に反応するより先に、ライムの心配?」


「…………」


 いいや、ライムはともかくあの二人が死ぬわけない。どうせ、あれもおまえが見せてる幻覚だろ。ライムが死んだなら、あいつの死体も添えた方がダメージでかいぞ。


 虚勢のつもりでそう言いたかったが、声が出なかった。ジンは続けた。


「大丈夫、ライムが死ぬことは無い」


 ジンの囁きに、俺は目を見開いた。視線だけで見上げると、彼は薄く笑った。


「だから安心して、消えて?」


「っ!?」


 ジンが俺の髪を手放した。再び水の中に突っ込んだ俺は、しかしすぐに全身に力を込めて、よろよろと立ち上がった。レイスを睨み付け、大きく息を吸い込む。


 ライム風に言うなら、こうだ。


「悪いけど、絶望なんか信じねぇ!」


 ――ライムが死ぬことは無い。


 単純な俺は、ジンのその言葉だけで元気を出していた。


 俺なんかより、ずっと頭の良いジンのことだ。何か考えがあるに違いない。


 特殊生体駆除協会で見た映像に映っていたジンの目は、確かに本気だった。それは間違いない。だが、ジンは何かをやろうとしてる……血迷ったワケじゃない。


「魔術を解きやがれ、ジン。あれはリダとテイルじゃない! 胸糞悪いからやめろ!」


 叫ぶと、レイスの前に浮かんでいたリダとテイルの姿が崩れて、ただの骨と化した。しかしそれでも誰かの死体だ。胸糞悪いことには違いない。


「俺がレイスを倒したら――答えを寄越せ、ジン!」


 再び大剣を構えた俺に、聞こえてきたのは溜め息だった。


「だから、クレスはどこまでお馬鹿さんなの? ライムのことは守りたいけど、クレスは俺にとって邪魔なんだよ。昔からね」


「邪魔でも何でもいい。いや、あいつをいつ殺すかわからない俺なんて、邪魔以外の何者でもないんだ。お馬鹿さんで結構! もしジンがライムを守ってくれるなら、願ってもない。……でも、あんなことした理由! ちゃんと説明してもらわないと、俺はおまえを許せそうにない」


「別にクレスに許してもらわなくてもいい。それにそう遠くない未来、君は君の言う通り、何の疑問も持たずにライムを殺してしまう。君は二度と目覚めることなく、殺戮を繰り返すだけの化け物に成り下がる」


「親友を化け物呼ばわりって。その通りだけど、さっきからいくら何でもヒドすぎだ」


 精一杯にそう言い返したが、笑ったはずの顔が崩れて、視界が涙で滲んだ。吊り上げたはずの唇が震える。……おいおい、どうして?


 俺には笑えなかった理由がわからなかった。視界が滲んだ理由もわからなかった。


 息ができなくて胸が苦しいのは、怪我のせいだろうか。


 あぁ、駄目だ……怖い。


 自分の中に生まれた感情の名前を見つけて、俺は震えた。


 ――〝親友〟なんて、言わなきゃ良かった。


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