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Survival Project  作者: 真城 成斗
六・捕らわれの鎖
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捕らわれの鎖 10

「嘘だろ……嘘だ! ふざけるなよ! 姉さんが死んだってことか!? 殺されたってことかよ!?」


「ミレイが隊のみんなをメロヴィス様のところへ連れて来て――直後にリィナが現れた」


 辛うじて聞き取れるような震えた声で、ヴェネスは言った。


「ミレイは殺されて、隊も全滅した。力及ばず、申し訳無い」


 項垂れるように頭を下げたヴェネスに、ハルは愕然とした表情でその場に膝をついた。寒さで凍えきった肌は蒼白く、彼の姿はさながら、絶望そのもののようだった。


「本当に……すまない」


 ヴェネスは再度彼に謝罪して、「すぐにそこから出す」と魔力を集め始めた。


「〈ストームカッター〉!」


 カラァンッ!


 切り裂かれた鉄格子が床の上に転がり、暗い廊下に金属音が響き渡る。しかし脱出口ができても、ハルはその場を動かなかった。


「何で……あんたばっかり」


「……っ」


 目を見開いたヴェネスをキッと見上げ、ハルはゆらりと立ち上がった。彼の双眸には真っ暗な憎悪が宿っており、それは全てヴェネスに向けられていた。


「何であんたばっかりなんだ! メロヴィス様にとって、あんた以外の人間はゴミなのか!? 姉さんはあんたの代わりに死にに行ったのか!? あんた以外の全員を、あいつは見捨てたのかよ!」


 憎しみの感情は、泣き叫ぶような声と言葉を通してヴェネスに突き立てられた。


「俺は……」


 ヴェネスは瞳を震わせて呟き、唇を噛んだ。


「あんたが死ねば、みんなが助かる望みはあったんだ。それがどうだ。みんなが死んで、あんただけが生き残ってる。あんたが死んで、みんなも死ぬなら仕方ないさ。でも逆だ! メロヴィス様に命を預けても、あいつはあんた以外の誰にも興味無いんだ。あんた以外は守らない! みんなの命を何だと思ってるんだ!?」


「…………」


 ヴェネスは黙り込み、俯いていた。ハルの目からは、大粒の涙がボロボロと零れていた。


「死ねよ! あんたなんか死んじまえ!」


「……ごめん」


 やがて、小さな声がヴェネスから発された。


「この事態の清算は、ちゃんと俺自身でやる。ハルの言うことは尤もだ。でも、俺はまだ死ぬわけにはいかない」


 ヴェネスは自分の胸を押さえて顔を上げると、ハルを真っ直ぐに見据えた。


「すまない。もう少しだけ俺に時間をくれ」


「アクセル・クレイ・レイズ・ハル――〈ソル〉!」


 キュンッ!


 光系統高位魔術〈ソル〉の呪文が唱えられると同時に、空間が歪むような音が傍らを駆け抜け、次の瞬間、ボッとヴェネスの横髪が散った。速過ぎて何が起きたのかよくわからないが、ハラハラと落ちていくヴェネスの髪は、焼き切られたように縮れていた。


「時間? そんなものは必要無い。あんたは今、ここで死ぬんだ!」


「ハル! 頼む、今は堪えてくれ。俺は――」


「うるさい!」


 絶叫とともにハルがヴェネスに両手を翳した。


「死ねっ!」


「ウォルト・メロヴィス・コーラー・ヴェネス――〈イクスティン〉!」


 展開された防御系統高位魔術〈イクスティン〉の壁の上で真っ白な光の束が弾けたが、発動が間に合わずに壁を突き抜けた光の一筋が、ヴェネスの右腕を貫いた。肉の焼け焦げる臭いがして、彼の腕から黒い煙が立ち上った。赤い滴が氷の床へと落ちていく。


「ぐっ……」


 低く呻いたヴェネスの顔は、真っ青だった。


「ヴェネス、おまえ余裕とか言ってたけど、やっぱりヤバいんじゃ……」


 彼は「内緒」にしておきたいようだが、彼の本当の呪文を声に出して唱えなければ、魔力を魔術として展開できなくなっているのだ。今まで間違った呪文で平然と〈ワープ〉を使っていたようなヴェネスの魔導力から考えると、今の段階ではかなり消耗しているに違いない。


 しかし、ハルの放つ〈ソル〉は継ぎ目を知ることなく襲いかかってきた。戦の前に光の龍を天に昇らせるというミレイの弟だ。彼の魔導力も相当に高いのだろう。


 ヴェネスは展開した〈イクスティン〉を支えながら、荒い息を吐いた。


「ハル……やめてくれ。これ以上おまえを傷付けたくない。でも、防ぐ一方っていうワケにもいかないんだ。今は手加減できるほど余裕もない。どんな威力で飛び出しちまうかわからない。下手すりゃ殺すかもしれない」


「だったら殺せばいいだろう。あんたが見捨てた姉さんみたいに! 簡単だろ!?」


 嘲笑うようにハルは言った。本当の彼はこんな姿ではないだろうに、完全に自暴自棄になっているようだった。


「ハル、ヴェネスに牙向けたって、何も解決しない! 本当に憎むべきなのはリィナだろ!?」


 俺は叫んだが、攻撃の嵐は止まなかった。


「そんなのわかってる! わかってるさ! ……でも、ヴェネス! あんたは許せない!」


 ヴェネスの肩からパッと新たな血の華が咲き、俺は目を見開いた。ヴェネスの〈イクスティン〉が崩れ始めている。ぐらりと傾いだヴェネスの体を慌てて支えると、彼は辛うじて前方に手を翳しながら、すっかり血の気が引いて白くなった顔に、冷や汗を浮かべていた。


「あぁ……そうだよな。人質に取られてるおまえを切り捨てて、おまえの姉さんはメロヴィス様のところへ行ったんだ。そのメロヴィス様が、俺ばっかり庇って、おまえの姉さん守ってくれなかったんだもんな……。それじゃぁ切り捨てられた自分は何なのか、わかんなくなっちまうよな……」


 ヴェネスは悲しそうに呟いて、俺の体から身を離した。


「クレス、悪いけど俺を抱えてこの牢獄を脱出してくれ。出口に着く頃には、俺も復活できるだろうから」


「ヴェネス!?」


「ハルにダメージ食らわせるには、相当な力がいる。今の俺じゃコントロールしきれない。巻き込んだらごめんな」


 ライムのような台詞を言って、ヴェネスは弱々しく口の端を吊り上げた。


「ハル、忠告はしたぜ?」


 ヴェネスが大きく息を吸うと、崩れかけていた〈イクスティン〉の光が、勢い良く輝きを増した。


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