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Survival Project  作者: 真城 成斗
六・捕らわれの鎖
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捕らわれの鎖 7

 その言葉は、驚くほど自然に俺の中から滑り出してきた。


「殺してくれ」


 もう一度繰り返して、込み上げてきたのは後悔だった。


「何で、もっと早く……俺、ライムやみんなを傷付けたいわけじゃなかった」


 次に溢れ出してきたのは、涙だった。


 ただ、死にたくなかっただけなのに。


 すると、ライムの悲しい声が落ちてきた。


「それは、無理」


「……っ、何で!?」


 縋る思いでライムを見上げると、ライムは首を横に振った。


「私達、どんなに良く見積もっても満身創痍よ。今のクレスは――心臓の一突きくらいじゃ死なない。……死ななかったの。今ここでクレスを殺そうとして、またあんたの自我が失われるようなことになったら、私達はきっとみんな死ぬ。特殊生体化が進んでいるのはクレスだけじゃないし」


 ライムに言われて、俺はリダの方を見た。彼女の首筋には黒い亀裂が広がり、体から滴る血の滴は、他者の赤と彼女自身の白が混ざり合った色をしていた。リダは薄く目を開けて、俺達の方を見ていた。気のせいかもしれないが、彼女の紅の瞳からは、涙が伝っているように見えた。


 そしてメロヴィスもまた、リダと同様にぐったりとしていた。彼は冷たい雪の上に横たわり、傍らで肩を震わせているヴェネスに、優しく笑いかけていた。その口元は、白で汚れている。


「…………」


 特殊生体の、白。


 あの白い血は、彼自身が吐き出したものだ。そうでなければ、あんなに大量の白い液体が口元を汚す理由が無い。


 メロヴィスまでもが、リィナの黒い光を浴びてしまったのだろうか。


 俺は呆然として、彼らを見つめていた。


「……っ」


 何か言おうとしたのだが、口の中が乾いてしまって声が出なかった。しかし何を言おうとしたのかは、自分でもよくわからなかった。


 するとライムが俺を振り返り、小さく笑った。


「それにね、私がクレスを殺させない。もしクレスを守れなかったら、私はあんたと一緒に死ぬわ。……それが嫌なら、お願い。『殺してくれ』なんて言わないで。私が絶対にクレスを助けるから」


 彼女の笑顔は、言葉の途中でクシャクシャの泣き顔に変わっていた。俺はその泣き顔に手を伸ばし、血と泥で汚れた彼女の頬をそっと拭った。


「馬鹿。流すのは涙だけで十分だ。鼻水まで出てるぞ」


 俺は笑った。心は痛まなかったし、軋まなかった。そういえば、身体の痛みと心の痛みの回路は同じだと、前に何かの本で読んだ気がする。特殊生体化による痛覚の消失は、俺から心の痛みまで消してしまったのか。


 でも、涙が止まらない。息が苦しい。


 感情と思考による結果が、肉体と結び付かない。俺は混乱した。混乱して、泣きながら笑った。


「ライム……やっぱり駄目だ。わかんないよ、俺」


 大切な人を傷付けて、それだけしか能の無い俺が、このまま生き続けることに意味はあるのだろうか。……そんなもの、あるわけがない。


 守りたいものを守れない。


 ディーナとアルテナを殺したかもしれない俺。


 ディーナとアルテナに造られたかもしれない俺。


 王宮騎士であるエルアントに殺された俺。


 覚えの無いレイヴンとの戦争。


 血塗れのリビング。


 魔導力に釣り合わない、ライムの魔術。


 おぞましい死の感覚と、〝何か〟への衝動。


 足りない過去と、記憶にない誰か――●●●●●。


 リィナ。


「…………」


 何もかも、考えるのが面倒だ。


 ――あの衝動ニ身を任せてしまえバ……。


「……クレス?」


「!」


 途切れかけた思考の途中、ライムに声をかけられて、ハッと我に返った。急速に意識が回復し、激しく高鳴っている心臓の拍動を思い出す。


 戦闘中でなくても、こんな有り様だ。俺はいつ自我を失うか、すっかりわからない状態にある。


「……もういい」


「もうたくさんだ!」


 俺の言葉の続きを叫んだのは、ヴェネスだった。驚いて彼の方を見ると、気を失ったらしいメロヴィスを抱き締めて、ヴェネスが身を震わせていた。


「ごめん……メロヴィス様。俺、あんたを傷付けてばっかりだ。みんなのことも。俺は昔から何も変わってない。……メロヴィス様から大事なものを全部奪っちまった。俺は〝あんた自身〟まで犠牲にしたのに、まだ傷付けようとしてる」


 ヴェネスはメロヴィスを雪の上にそっと横たわらせると、ゆらりと立ち上がった。この様子とタイミングで彼が考えることなど、一つしかないだろう。


「終わりにするよ、メロヴィス様。これで終わらせる」


「ヴェネス、駄目!」


 恐らく咄嗟のことだったのだろう。ヴェネスの異変に、ライムがパッと駆け出した。全身に負った傷のことなんて、まるで忘れてしまったかのように。


「ウォルト・メロヴィス・コーラー・ヴェネス――」


 ヴェネスの呪文を聞きながら、俺の足は無意識にライムを追っていた。


「ヴェネス、行っちゃ駄目っ!」


 青ざめたヴェネスの唇が紡ぐ魔力の渦に、ライムが手を伸ばす。


「馬鹿っ!」


 寸でのところでライムの腕を捕まえて、俺は彼女を後ろへ引き戻した。


「クレス!?」


 ライムはバランスを崩して後方へ転びながら、驚いた顔で俺に手を伸ばした。一方の俺は止まることができずに、ライムと同じく目を見開いたヴェネスへと突っ込んだ。


「なっ……」


 ヴェネスの最後の呪文は言葉にならなかったが、呪文を発動の切り口にしなくても、それだけ彼の意思が強かったのだろう。そういえば以前に聞いたものとはヴェネスの呪文が違ったな、と疑問を抱いたのも束の間。身体が赤い光に包まれて、俺はヴェネスに引き摺られるような形で、浮遊感の中へ放り出された。


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