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Survival Project  作者: 真城 成斗
六・捕らわれの鎖
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捕らわれの鎖 6

 ――頼む、やめてくれ!


 掠れた声で、男は彼らに懇願した。


 ――気の毒だけど、あんたの使い道はもう決まってるんだ。


 ――俺はどうなってもいい。彼女を助けてくれ。


 男の願いに、クローヴィスは僅かに声音を曇らせた。


 ――……。すまない、俺は死にたくないんだ。


 すると、ユーグが愉快そうに笑った。


 ――あははっ、おまえ死にたくないのか。


 ――おまえは違うのか?


 ――俺は乾きが満たされるなら、それでいい。


 ――そうか。


 床に縫い付けられている男の頭上で、不可思議な会話が続く。ユーグの台詞など、俺の知っている彼からは想像も付かないような言葉ばかりだ。


 ――じゃ、クローヴィス。ここはよろしく。


 ユーグはそう言って銃剣を引き抜くと、女が駆けて行った方へと向かった。男は身を捩り、クローヴィスに懇願する。


 ――頼む、クローヴィス! ユーグを止めてくれ!


 ――できない。協会から彼女を逃がそうなんて、馬鹿すぎるよ、おまえ。


 ――わかってるくせに! こんなの間違ってる!


 ――あぁ、そうだ。きっと間違ってる。


 悲しそうな顔で頷いたクローヴィスに、男は床の上で拳を握り締め、被りを振った。


 ――わかってるなら、どうして!


 ――俺は所詮偽物なんだ。おまえのように、人にはなれない。


 ――おまえはもう十分に人間だよ。偽物とか本物とか関係無い。……俺達、仲間じゃないのかよ!?

その時、廊下の奥で女の悲鳴が上がった。男が大きく目を見開く。


 ――駄目だ、やめろ!


 ――〈サンダーボルト〉!


 ドォンッ!


 足に突き立てられた刃を伝って、雷系統高位魔術が男の身体へ流れ込む。そのあまりに強烈な衝撃に、男の身体が海老のように跳ねた。だが彼自身の魔導力も、恐らく相当に高いのだろう。本来ならば大地をも抉り取る威力を持つ魔術を受けても、意識を失わない。彼は縫い止められた右足と左肩が血を噴くのにも構わず、激しく抵抗し、女の名を叫んだ。


「リィナぁあっ!」


 次の瞬間、俺は自分の声で我に返った。途端に、聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「目が覚めた? クレス?」


 目の前には、両手の間に張った鞭で俺の剣を受け止めている、傷だらけのライムの姿があった。彼女の服には真っ赤な血が滲み出しており、雪の地面の上にボタボタと雫を落としていた。


「寝起きに私以外の女の名前叫ぶなんて、どーゆーコトよ」


 冗談めかしてそう言った彼女の後ろには、雪の上にぐったりと倒れている、リダの姿があった。


 ……俺はライムと気付かずに、彼女へ刃を振り下ろしたというのか。


 愕然とする俺の前で、ライムはガクンとその場に膝を着いた。


「痛ぅ……」


 彼女は赤く染まった胸を押さえ、荒い息を吐いた。


「ライム!」


 俺は握っていた剣を投げ出し、ライムに駆け寄った。するとライムの唇がキュッと引き結ばれ、彼女の体に力が込められた。


「別に怒ってないの。――でも、とりあえず一発殴らせて!」


 ドゴンッ!


 物凄い衝撃だった。綺麗な弧を描いて吹っ飛んだ俺は、宿屋のドアをぶち破って、カウンターへ突っ込んだ。


「げほっ、ごほっ!」


 殴らせろと言った割に、低い位置から潜り込むように放たれたのは、強烈な蹴りだった。痛みは無くとも息が詰まって、俺は何度も咳込んだ。胸を押さえながら顔を上げると、ライムが俺を見下ろしていた。


「大丈夫?」


「……。あぁ」


 俺は頷き、差し出された彼女の手を借りて立ち上がった。そのまま口を閉ざしたライムに続いて宿屋を出ると、そこには原型を留めない死体が大量に転がっていた。


「え……?」


 大地を染めるのは、雪の白ではなく、散った生命の赤。


 俺達以外は、誰一人としてピクリとも動かない。


 あまりにも残酷なその光景に、息ができなくなった。


「ライム……」


「大丈夫、これはクレスのせいじゃない」


 俺の不安を汲み取るかのように、ライムが言った。


「こんなのって……」


 血に染まった地面の上には、特殊生体の姿のまま倒れているユーグもいた。


 ――リィナがあぁなったのは、俺のせいなんだ。


 ――何とかしようとしたけど、駄目だった。


 ――許して。


 ユーグの言葉が脳裏に蘇る。石畳の廊下で男女を追いかけていた、彼とクローヴィスの姿も。


 自分の左手を見れば、黒い痣はカサブタのように盛り上がって、上腕にまで広がっていた。手指はただの黒い痣ではなく、金属質な黒銀色をして、鈍く輝いていた。


「俺――ライム達を殺そうとしたのか?」


 震える声で尋ねると、ライムは「そうね」と短く頷いた。


 俺は堪らず、その場に崩れ落ちた。冷たい汗が全身を流れ、体を真ん中から引き裂かれるような感覚に、しかし胸の痛みを覚えることは無い。その事実にまたショックを受けて、俺は黙って項垂れた。


「……殺してくれ」


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