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Survival Project  作者: 真城 成斗
六・捕らわれの鎖
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捕らわれの鎖 5

「けひっ……きひひっ……」


 本来であれば端正な顔立ちを愛らしく見せていたであろう黒色の垂れ目は、今では彼の姿の不気味さを際立たせているに過ぎない。いまいち焦点の合っていない瞳が、ゆっくりとライムに向けられる。


「ライム!」


 俺とヴェネスの反応は、同時だった。


「ウォルト・クレイ・カイト・ヴェネス――〈スコーチ〉!」


 大地を蹴った俺と、防御系統低位魔術〈スコーチ〉の呪文を唱えたヴェネス。〈スコーチ〉は身体能力を上昇させる効果を持っており、途端にグンッと俺の加速度が上がった。


「ユーグ様、目ェ覚ましてくださいっ!」


 ライム達とユーグの間に滑り込んだ俺は、届かない言葉と知

りながらもそう叫んで、女王の守護者(セイヴザクイーン)を振り上げた。


「きひひひっ……!」


 振り上げた刃の上から、不気味な笑い声が降ってきた。直後、脳天から強烈な衝撃が駆け抜け、気付けば俺は地面の上へと倒れ伏していた。視界で紫色の電流が迸っているのは、気のせいではあるまい。雷系統の術を受けたようだが、指は自分の意思で動く。麻痺には至っていない。


「クレス、無事かっ!?」


「大丈夫だ、構うな!」


 俺は叫び、両手で地面を弾いて飛び起きた。握り締めた女王の守護者(セイヴザクイーン)を、下方から一気に跳ね上げる。


暗黒鎮魂歌(ダーク・レクイエム)!」


 キィンッ!


 しかし刃は甲高い音を立てて弾かれ、間髪入れずに獄炎が襲いかかってきた。俺は身を反らせてそれを躱し、右足を後方へ引きながら、一気に刃を薙ぎ払う。


「食らいやがれっ! 風神狂詩(ウェンディ・ラプソディ)!」


 ヒュォンッと耳に心地よい風切り音が唸りを上げたが、その軌道上にユーグの姿は無く、代わりに後ろからの強烈な衝撃が俺を襲った。


「ぐぅっ!?」


 一体いつ後ろを取られたのだ。衝撃の正体を見下ろしてみると、白く濡れた白磁の腕が俺の腹から突き出していた。そのまま後ろから伸しかかってきたユーグは、肉の崩れた頬を俺の頬に擦り合わせ、耳元に囁いた。


「リィナがあぁなったのは、俺達のせいなんだ」


「え……?」


「何とかしようとしたけど、駄目だッタ。許しテ、くひひっ」


「!」


 ずるり、と俺の腹から左腕を引き抜き、ユーグは哄笑を上げる。さっき、一瞬だけ正気に戻っていたようだが――……。


「ライムはクレスの治療! ヴェネ、リダ、援護してくれ!」


 メロヴィスがそんな指示をしたのが聞こえた。


「くっふ……?」


 膝からカクンと力が抜けて、俺は再び地面へ倒れ込む。


「う……」


 意識が朦朧とする。メロヴィス達の声の中に、バキバキと奇妙な破砕音が、ノイズのように混ざっていた。その音は、どうやら俺の左手から響いている。


「クレス! しっかりして!」


 視界が赤く染まり、声が遠のく。雪景色の代わりに浮上してきたのは、見知らぬ光景だった。


 そこは――薄暗い石畳の廊下。ジリジリと揺れる照明が、真っ直ぐに伸びた廊下の奥へ吸い込まれるように並んでいる。まるで暗黒への道標のようだった。


 タッタッタッ……


 二つの足音。少し遅れて、複数の足音。金属の擦れる音を響かせて、先を行く二つの足音を追いかける。


 ――●●●●●、もう……。


 ――諦めるな、まだだ!


 若い女と、男の声。なぜだろう。はっきりと聞こえたはずなのに、男の名前が分からない。


 二人は手を結び、走っていた。どうやら、追いかけてくる何かから逃げているらしい。


 女は素足で、顔は見えないが、病院の検査着のような飾り気のない服を着ていた。男の方は破れた蒼いマントをはためかせ、蒼の軍服を纏っている。ミドール王国王宮騎士団の服だ。


 ――くそっ、どっちだ!?


 ――●●●●●!


 彼は女の手を引いて、T字路を左に進む。再び、直線的な廊下。背後には、もうすぐそこに足音が迫っている。


 チュィンッ!


 鋭い音が後方から響き、男の足がもつれ、前方へと転倒する。左足を撃たれたらしく、軍服に穴が開き、血が滲み出していた。


 ――●●●●●!?


 ――走れ!


 顔を上げ、男は叫ぶ。端正な顔立ちは苦痛に歪み、蒼い目が精一杯に見開かれている。オールバックにした黒髪は乱れて、前髪がバラバラと額に散っていた。


 ――でも……!


 彼を置いて行けないのだろう。戸惑う女に、男は声を荒げた。


 ――またあそこへ戻りたいのか!? 急げ!


 ビクッと女の肩が震え、反対に、男はニヤッと笑って頷いた。


 ――大丈夫! 行け!


 女の駆ける音が遠ざかる。するとそこで一瞬、視界がブツンと真っ暗になった。一体何が起きたのかと思ったが、再び視界に光が戻ってくると、何事も無かったかのようにその続きの光景が紡がれ始めた。


 先刻の男は左足を庇いながら身を起こし、追手を睨んだ。先頭に立って二人を追いかけているのは、槍を手にしたクローヴィスと、銃剣を手にしたユーグだった。二人は揃いの黒服に身を包んでいた。


 男は彼らに右手を向けた。


 ――これでも食らえっ、〈フレイム〉!


 男の手から青白い色をした獄炎が放たれ、クローヴィスとユーグを包み込む。男は立ち上がり、駆け出そうとした。


 ズブッ……!


 ――ぎゃぁぁあああああ―――っ!


 男の喉から、絶叫が迸った。炎を破って飛び込んできたクローヴィスが、彼の右足に槍を突き立てたのだ。


 ――余計な手間を取らせるな。


 男の足を貫く槍の柄に体重を乗せ、彼は言った。


 ――全く、面倒な仕事だ。


 後から来たユーグが溜め息を吐きながら、今度は男の左肩に銃剣の刃を落とす。今度は悲鳴も上がらず、男はビクビクと全身を痙攣させた。左肩に突き刺さった刃には、バチバチと電気の火花が飛んでいた。刃に雷系統魔術を込めてあったのだろう。


 二人以外の追手達は、男を無視して女を追いかける。彼らはクローヴィスとユーグと同じ黒い衣服を纏っていたが、顔までは見えなかった。


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