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Survival Project  作者: 真城 成斗
六・捕らわれの鎖
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捕らわれの鎖 3

「無謀は承知だし、馬鹿なことだとわかってる。協力してくれとは言わない」


「問題無い。リィナがヴェネスを殺したがる理由は、私達にとっても有益であるはずだ。……だが、正直に答えてくれ。メロヴィス」


 メロヴィスは顔を上げ、リダを見た。リダは真っ直ぐな視線で、メロヴィスを射抜く。


「助けたいのはどっちだ。ヴェネスか、人質か」


 メロヴィスは碧い瞳を見開くと、少し戸惑ったように言った。


「できることなら、どちらも助けたい。ただ、私の描く最悪の状況は……人質を救出した後、彼らが特殊生体となってみんなに襲いかかることだ。みんなも何となくそれを察しているのかもしれない。だからこそミレイは救出ではなく復讐と言った」


「その可能性は高い。その状況で、ヴェネスを殺せば他は助けると言われたらどうする気だ?」


「……リダは意地悪いな」


 メロヴィスは苦笑して、リダを穏やかに見据えた。


「例えばヴェネと世界滅亡を秤にかけるなら、私は迷わずヴェネを選ぶ。あいつを守れるなら、悪魔に魂を売ってもいい」


「……そうか」


 リダは頷き、居並ぶ兵士達を見遣った。


「おまえ達の覚悟に対して上官はこんなことを言っているが……いいのか?」


 すると彼らは泣き笑いのような表情を浮かべて、互いに顔を見合わせた。


「メロヴィス様がヴェネスを愛してやまないのは、今に始まったことじゃないですよ」


 冗談めかした口調で一人が言うと、続いて別の騎士が口を開く。


「ヴェネスは昔、自分が一番苦しい時に、俺達の為に戦ってくれたんです。無茶苦茶な任務に放り込まれた時は、俺達を守ろうとして一人で矢面に立ってくれたこともあった。だから今度は俺達が助けてやりたいんです。……俺達も、メロヴィス様の言う最悪の事態は、少なからず現実になると思ってる。それなら、せめて俺達の絆だけは守りたい。それが俺達の精一杯です」


 彼らの言葉はきっと本心で、ヴェネスはやっぱり凄い奴なんだなということがわかった。所詮は元奴隷だとか、国の連中に信用されてないとか、色々言っていたけれど――これだけのことを言ってくれる仲間がいれば、もう十分じゃないか。


 楽に行こうぜ、なんて俺に言っていたくせに。


「そうね。やっぱり貴方の部下は、そんな子達ばかりね」


 不意に、聞き慣れない妖艶な声が響いた。


 ゾクリと背筋に悪寒が走り、俺達は同時に言葉を失う。


 すると、突然ミレイの口から赤い液体が伝い溢れた。見ればミレイの胸元は、冗談のように赤く濡れている。


「……ミレイ?」


 小さく呟いたメロヴィスの視線の先には、血塗れの肉の塊があった。ドクンドクンと脈打って、肉の塊から伸びている管から、その拍動に合わせて真っ赤な血を噴いている。それは――その心臓は、突如その場に現れたリィナの手に握られていた。


「それ、私の……?」


 困惑したように呟いたミレイに、リィナが妖しく笑う。彼女の手に、力が込められたのがわかった。


「メロ……様……」


 グシャッという濡れた音と、ミレイの引き攣った声。力を失ったミレイは、そのままメロヴィスに凭れるように倒れ込んだ。


「くそっ!」


 いち早く反応したリダが銃をリィナに向けるが、その瞬間にはリィナの姿は消えてしまって、声は上空から聞こえた。


「素直にヴェネスを殺しさえすれば、自分達が生き残る可能性はあったかもしれないのに」


 雪の舞う空を見上げれば、不気味に微笑みながら宙に浮いているリィナがいた。


 ズリッ……ズリッ……。


 冷たく笑うリィナと、何かを引き摺るような音。それは騎士達の後方から響いていて、直後、次々と彼らの悲鳴が上がった。


「リィナぁあああああああっ!」


 メロヴィスが怒声を上げるが、リィナは彼には目もくれず、リダに視線を移した。


「まだ頑張ってたの?」


「どういう意味だ」


 リダは両手の銃をリィナへと向けながら、目を細めた。


「貴女はちょっと可哀想なところもあるから、楽に死なせてあげようと思ったのに」


「おまえに情状酌量される覚えは無いが」


「あらあら」


 リィナは意味深に笑みを深めると、リダの反応を窺うように首を傾げた。リダは怖いくらいに無表情だった。リィナの言葉は、一体どういう意味なのだろう。


「死にたくなったら、いつでも言って?」


「黙れ」


 ガゥン!


 リダの銃が重低音と共に火を噴いて、しかし撃ち出された弾は、リィナに届く前に消えてしまった。


「!?」


 驚きの表情を浮かべたリダに、リィナはクスクスと笑った。


「私に構ってる場合じゃないと思うわよ?」


「ぎゃぁっ!」


 騎士達の悲鳴は止まず、冗談のような勢いで、大量の血飛沫が噴き上がったのが見えた。


「クレス、行くぞ!」


 リダの合図で駆け出して、俺達は騒ぎの中心へ向かった。近付くにつれて、騎士達の悲鳴の中に子どもの声が混ざり始めた。いくつもの幼い声が、助けを求めて泣き叫んでいる。


 そして、ソレと対峙した騎士達もまた、誰かの名を呼びながら、泣き叫んでいた。


「何だよ……これ」


 象ほどの大きさもある、巨大な肉の塊。こんな特殊生体は見たことが無い。そいつはどす黒い血のような色をした粘膜を纏い、ドロドロした体を揺すりながら、震えている若い兵士に体の一部を伸ばしていた。


「!?」


 ドプンッ……


 その場から動けずにいた兵士は、あっと言う間に肉塊の中に引きずり込まれた。すると直後に、肉塊の上部から赤黒い液体がドロドロと流れ始めた。そうかと思うと、ぬらぬらと光る粘膜を破り、ぐったりとした彼の上半身がそこから生え出した。


「冗談だろ……」


 よく見れば肉塊は、人体の集合体だった。先刻の兵士の他にも、肉塊からは子どもの顔面や上半身、腕や脚が力無く垂れ下がっていた。彼らは時折ビクビクと痙攣するように動いており、絶望に見開かれた眼がギョロギョロと辺りをさ迷っている。


「……どこ……息子、タスケテ……」


 先ほど飲み込まれた兵士の上半身がズルズルと身を起こし、俺達を見つけて、掠れた声で言った。


「あれで生きているのか……?」


 震えた声でリダが呟く。俺は恐怖に身が竦み、まるで動けなかった。


 助けて、ママ、痛い、苦しい、お父さん……――


 悲痛な子ども達の声が、肉塊から渦を巻くように溢れ出している。彼らが呼んでいるのは、恐らくこの場にいる騎士達の中の誰かなのだろう。


 あの肉塊はきっと、人質としてリィナに捕らわれた、騎士達の最愛の人達だ。


「こんなの酷すぎる……」


 漂う血の臭いと絶望の声に、目眩がした。


 ボトンッ……。


 まるで腐り落ちるかのように、肉塊から生え出していた腕が地面に落ちた。そこから雪と同色の液体が広がって、俺達は彼らを救えないことを知った。


「やるしかない。クレス、躊躇うな」


「……くそったれ!」


 俺は吐き捨てて、女王の守護者(セイヴザクイーン)を抜き放った。だが、絶望に満ちた青白い顔で助けを乞う彼らに、俺の体は震えた。


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