闇と交わす口付け 7
するとライムが少し身を乗り出しながら尋ねた。
「ねぇ、どんなこと話してたの?」
リダは記憶を辿るように宙へ視線を巡らせた後、ライムを見て言った。
「ライムは十歳の時、教師に対して、トイレへ駆け込ませるほど深々と浣腸を食らわせたそうだな」
「えっ!?」
びっくりしてライムを凝視すると、彼女は両手を組んで人差し指を立てた。
「あははっ、そういえば、あったあった!」
ライムはケラケラ笑っているが、こいつ、それでいいのだろうか。十歳の頃はともかくとして、十八になった今、指浣腸をするジェスチャーを恥ずかしげもなくやってみせるのはやめて欲しい。
「ライム、忘れてるようだが、リダは王族に仕える身分なんだぞ? おまえは庶民代表なんだから、あまり馬鹿を披露するな」
「何よ、童貞代表。文句があるなら一皮剥けてから言いなさい」
「何だと。言っておくけど俺のムスコは意外と凄――」
「ゴホン。――と、まぁ、こんなところだ」
仕様も無い俺の台詞を咳払いで遮って、リダが冷静な声音で言う。そうだった。今はライムと遊んでいる場合じゃない。
俺は気を取り直して、更に尋ねた。
「義父さんと義母さんのことについては、本当にそれだけなのか? ……俺達が二人の子どもだと知った時のリダの反応から考えると、他にも何かあるように思えるんだけど」
「あぁ、それは――王女に、クライス夫妻の子を守るようにと言われていたからな」
「守る? 王女様の命令で? ……どうして俺達を?」
ワケがわからず眉を寄せると、リダは首を横に振った。
「わからない」
「そっか……」
思ったよりも収穫が無い。もしかしたらリダはまだ何か隠しているのかもしれないが、彼女が自分から話そうとしないことを俺達が問い詰めたところで、恐らく聞き出すことはできないだろう。
もちろん、ディーナとアルテナのこと以外にも、現状のことを含めて聞きたいことはまだまだある。しかし俺がそれを尋ねる前に、ライムが口を開いた。
「それとね、リダ」
ライムはスカートのポケットに手を入れて、例の指輪を取り出した。たちまちリダの目が大きく見開かれて、彼女が小さく息を呑んだ音すら聞こえた。やはり大切な物だったに違いない。ライムは銀色に輝く指輪をリダへ差し出した。
「ミドール城で見つけたの。リダのでしょう?」
リダは微かに手を震わせながら、ライムから指輪を受け取った。指輪を見つめるリダの瞳は、頼りなげに大きく揺れている。
「リダ?」
指輪を見つめたまま固まっているリダに、ライムが怪訝そうに声をかける。ハッとしたように顔を上げたリダの眼から、何の前触れも無く、ポロリと涙が零れた。
「!?」
驚いて彼女を凝視した俺達に、リダもまた、濡れた自分の頬に触れて、驚いたような顔をしていた。
「あ……あぁ、すまない。何でも無いんだ」
何も訊いていないのに、取り繕うようにリダは言った。
「ありがとう、ライム」
「うぅん、拾っておいて良かった」
涙の痕を手の甲で拭い、リダは指輪を握った手をそっと胸に当てた。
「もう諦めていたよ」
そう言ったリダは、少し哀しそうだった。もしかすると、あのミドールの混乱の中で亡くしたのだろうか。そう思ったら何の考えも無しに、無礼な言葉が口を衝いて出た。
「恋人だったのか?」
思わず過去形で尋ねてしまった俺の足を、ライムが踵で踏み付ける。すぐに謝ろうとしたが、リダは「あぁ」と頷いた。
「彼はジルバの騎士で、六年前の戦で死んだ。その彼にもらったんだよ」
「六年前……」
まただ。俺達の記憶に無い戦の話。
「テイルにも話したんだけど……六年前の戦争って何のことなんだ? 俺もライムも、覚えが無いんだ」
するとリダは怪訝そうに眉を寄せた。
「戦の記憶が無いだと?」
「あぁ。レイヴン王国との戦争だったんだろう? でも、全然記憶が無いんだ」
「そんなまさか……。ミドールの者なら誰でも知ってる。おまえもなのか、ライム?」
リダに尋ねられ、ライムは頷く。リダは眉間の皺をますます深くした。