闇と交わす口付け 5
ライムは冷たくなった手で、俯きかけた俺の顔を上げさせた。
「探そう、クレス。一緒に生きられる道」
ライムはそう言って、ニッコリと笑った。
……不覚にも胸がじんとした。
漫画のような台詞に感動してしまったと悟られるのが嫌で、俺は鼻を鳴らして笑う。
「何だよそれ、クサいにもほどがある」
「失礼ね。せっかくイイコト言ったのに」
ライムは心外そうに口を尖らせると、俺の頬から手を離し、ベッドの上に仰向けになった。
「クレスは悲観的過ぎる。いきなり色んなことが降りかかって来て、混乱してるだけよ」
ライムはそう言って笑い、俺の方に顔を向けた。さっき大泣きしていた自分は棚に上げるらしい。
「父さんと母さんのこと、調べてみようよ。何かわかるかもしれない」
「え?」
「理由はどうあれ、二人が私達に隠していたことは絶対あると思う。クレスが完全に特殊生体になっちゃう前に、何とか元に戻す方法を見つけないと」
「だけど、どうやって?」
「リダに聞けばいいじゃない。クライス夫妻の子を守れって言ったのは、リダなんだから」
リダに聞くなどとあっさり言ってのけたライムに、俺は軽く引いた。先刻、リダが意外と優しいということはわかった。しかしだからと言って話しかけやすいかどうかは、また別問題だ。
「それに私、リダに渡す物があるの」
「渡す物?」
復唱して尋ねると、ライムは頷いて、スカートのポケットから小さな何かを取り出した。
「これ」
広げたライムの手のひらの上には、上品なデザインの銀の指輪が乗せられていた。
「指輪?」
「ミドール城で拾ったの。血塗れだったけど、磨いてみたらリダの名前が出てきて」
そういえばミドール城の食堂で、ライムが何かを熱心にいじっていた。あれは指輪を磨いていたのか。
「ほら、見て。指輪の裏に名前が彫ってある」
言われるままに、指輪の裏の文字を読んでみた。
――いつまでも傍に レイグ/リダ
「つまりこれ……リダの恋人?」
驚いて尋ねると、ライムは「多分」と頷いた。
「きっと大切なものだと思う。返してあげなくちゃ」
言うなり、ライムはベッドから飛び起きて立ち上がった。
「ほら、行こ!」
「今から行くのか?」
「今行かなくていつ行くの。明日には死んでるかもしれないのに」
そんなことを言いながら、ライムは呆れ顔になる。
「死ぬなって言ったの、誰だよ」
「いいから。ほら、さっさとする!」
ライムに急かされて、俺はベッドから立ち上がった。するとライムは俺を見上げて、穏やかに言った。
「ジンのこと、私も凄く混乱してる。だけど、私達にはまだ全てが見えてない。信じてあげよう?」
「ライム……」
「ねっ?」
ニッコリと笑ったライムに、俺は腹の底にしっくりくるような安心感を覚えていた。ジンへの疑念はどこかに吹き飛んで、当たり前のように信頼が戻ってくる。彼女の笑顔は、やはり俺の安心材料の一つらしい。
「…………」
と、そこで俺は、ふと先刻のライムの台詞に違和感を抱いた――ので、尋ねてみることにした。
「なぁ、おまえさっき、俺のことニブチンとか言ってたよな? どういう意味なんだ?」
「……。だからクレスはクレスなのよ」
「それはそれでどういう意味だよ」
ムッとして口を尖らせたが、ライムは俺を無視して、さっさと廊下に出て行ってしまった。
再びリダの部屋を訪れた俺に、彼女はどんな顔をするだろう。
今度は夜這いにでも来たのか? なんてライムの言うような軽口を叩いて、俺を迎えてくれないことは確かだ。