表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Survival Project  作者: 真城 成斗
五・闇と交わす口付け
51/138

闇と交わす口付け 2

「みんな死んだのはわかってる。でも、ただ死んだわけじゃないはずだ」


 リダは畳み掛けるように尋ねてくる。答えられない。


 エルアントは自我を失い、白い血を噴きながら俺達に襲い掛かってきたが、戦闘の最中で本来の彼を取り戻し、首を切り裂いて自害した。クローヴィスは特殊生体テムングスと化し、体の自由を奪われながらも、俺とテイルを助けてくれた。ユーグには会っていないが、フィラルディンは――。一体どうして、こんな残酷なことを彼女に伝えることができるだろう。


「みんな、特殊生体になった」


 しかしリダは確信を得ているかのような口調でそう言って、「違うか?」と俺を見つめた。俺が黙っていると、彼女は俺を諭すように小さく微笑んだ。


「黙秘は肯定……そして予感の確定だ。覚悟はできている」


「どうしてわかったんです?」


 答えの代わりに疑問を返すと、彼女は自分の胸元に右手で触れた。


「私がそうだから。……あの時、私達は全員、降り注いできた黒い光を浴びたんだ。ほとんどの者はまるで内側から破壊されたかのように、その場で特殊生体となってしまった。黒い光を受けてもすぐに変化が見られなかったのは、恐らく私を含めた六人。国王のレイ様、エル、クローヴィス、ユーグ、フィラルディン――そのうち、黒い光からも抜け出せたのは私一人」


「フィラルディン様も城に?」


「あぁ。フィラルディンがどうかしたのか?」


「いえ……」


 言葉を濁すと、リダは目を伏せて、城であったことを語り始めた。


「最初に光を浴びたのはレイ様だった。レイ様は黒い光に包まれてしばらくした後、突然周りにいた兵達を殺し始めた」


 驚愕と恐怖が木霊する中、王の姿は少しずつ人間から化け物の姿に変わっていった。濃紺の毛並みを持つ獅子の姿だったそうだ。誰もが目を疑う中、騎士達は次々と黒い光に包まれ、或いは王に切り裂かれ、血の華を散らせていく。リダはエルアントの制止を振り払い、王の眉間に弾丸を撃ち込んだ。


 王が倒れても、飛び交う悲鳴と混乱を制す者は誰もいなかった。騎士団長であるエルアントの声すら、誰の耳にも届かない。真っ赤な世界を更に上塗りするかのように血が飛び散り、絶叫は広がるばかり。混乱の中、人々は次々と黒い光に飲まれ――気付けば残っていたのはフィラルディンとリダだけだったそうだ。リダも黒い光を身に受けたが、フィラルディンに隠し扉の向こうへ突き飛ばされ、階下へと落下したらしい。そこで俺達に会った。


「落ちる直前に女の笑い声が聞こえて、フィラルディンが倒れたのを見た。……情けない話だ。やられるだけやられて、襲撃者の姿すらわからない」


 リダは僅かに唇を噛み、低く唸った。


 ……「覚悟はできている」、だって?


 俺は自分がどんな表情をしているのかわからなかった。ただ、それは恐らく醜いもののような気がして、何となく顔を伏せながら、彼女に告げた。


「エルアント様は亡くなりました。クローヴィス様はテムングスになって……ユーグ様には会っていません。フィラルディン様のことは、テイル様が目を覚ましたら、テイル様に聞いてください。俺からは何とも言えません」


「……そうか」


 俺の言葉に対し、リダは呟くような声で頷いた。それから視線を落として、困ったように笑う。


「おまえもなんだろう?」


「えっ?」


「その左手」


「!」


 リダの前に黒ずんだ左手を晒していたことに気が付いて、俺はハッとしてそれを背中に隠した。当然、もう遅い。


「気を付けた方がいい。どうやら魔導力を使うことで、この黒い痣は一気に広がるらしいから」


「そんな!? じゃぁさっきテイルを治療した時の魔術――」


「私の特殊生体化を早めるきっかけになったには違いない。だが、それが何だというんだ?」


 リダは言いながら、ベッドで眠っているテイルに手を伸ばした。指先でテイルの頬に触れて、刻まれた傷痕の上をそっとなぞった。そうする彼女の唇は震えていて、今にも泣きそうな顔をしていた。


「我が身可愛さに、彼を失う方が恐ろしい」


「…………」


「テイルは絶対に敵わないと知っていて、余裕綽々を装って敵に飛び掛かる。使い捨ての駒、時間稼ぎの盾、それで死んでも構わないなんて、以前平気で口にした大馬鹿だ」


 リダは震えていた唇をきゅっと引き結び、それを無理矢理、苦笑に変えた。テイルの頬に触れていた手を離して、俺に視線を戻した。


 残酷な黒い亀裂。身体から零れる白い血。あまりにもおぞましい存在に、俺も彼女も変わっていく。それなのに、どうしてリダは――。


「今日はゆっくり休んでおけ。おまえ達のこと、メロヴィスには私から伝えておく」


「いいんですか? あの……そんな、悠長に構えていて」


「真っ青な顔してるおまえをこれ以上問い詰めたりしたら、ライムに殴られる。それに」


 リダは言葉を切ると、もう一度テイルを見遣った。


「テイルの容体も心配だ。今夜くらいは彼を看てやりたい」


 その台詞に、またも驚きを隠せなかった。


 ……彼女はもっと冷酷無比な人だと思っていた。


「ライムの部屋は、ここから左に二つ目だ。行ってやるといい」


 そう言われた途端、俺は冷水を浴びせられたように動けなくなった。


 彼女に会ったら、全部壊れてしまう。


 いや、自分で言ったはずだろう……。きっとライムは殺したいほど俺を憎む、そうしたら喜んで命を差し出すと。


「どうした?」


 不審そうにリダが眉を寄せる。


「いや……」


 全てをライムに話さなければなるまい。


 話さないわけにはいかないのだから。


 俺は震える手を、ぎゅっと握り締めた。


「何でもありません」


「……そうか」


 リダはまるで全て見透かすような眼で、じっと俺を見つめてきた。


「おまえ達を繋ぐのは、どんな絆なんだろうな」


「……?」


「テイルのことは任せてくれ」


 リダはそれきり口を閉ざし、俺は彼女に小さく会釈をして部屋を出た。重い足取りで教えられた部屋の前へ行き、ドアの前で立ち竦む。


 このドアを開けたら、俺は彼女を失う。


 俺は、彼女の両親を殺したであろう特殊生体なのだ。


 今まで家族として傍にいた男が、実は自分の仇だったなんて知ったら、ライムはどうなるだろう。


 全て打ち明けて、後は彼女の望むままに。


 俺は意を決して目の前のドアを叩――


 ガチャッ。


 ――こうとしたが、その前にドアが開いてしまった。


「うぇっ?」


 思わず間抜けな声を出して、そのまま硬直する。視線を落とすと、ライムが驚いた顔で俺を見上げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ