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Survival Project  作者: 真城 成斗
四・裏切りと崩壊
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裏切りと崩壊 11

「うああああああああああああああっ!」


「テイル!?」


 テイルの全身から真っ赤な血が噴き出し、体が独楽のように回転しながら飛んでいく。そして物凄い速度で見えない地面に叩き付けられ――……それきり、彼の身体は時折ピクンと痙攣するばかりになった。呻き声一つ聞こえず、黒い服から染み出す真っ赤な血だけが、妙にくっきりとした様相で広がっていく。


 愕然と目を見開いた俺の身は恐怖に震え、唇からは引き攣った呼気が零れた。


「ふふっ。心配しなくても、その男、当分死ねないから平気よ。どうせなら、声も出ないほどの痛い思いしてもらおうと思って」


「おまえっ!」


 叫ぶも、俺はあまりに無力。恐怖を振り払って剣を構えることも出来なければ、テイルのもとへ駆け寄ることもできない。釘でその場に打ち付けられているようだった。


「怖くて動けないのね。ふふっ……貴方の知っている死は、ひどくおぞましいものだから。貴方はすっかり忘れてしまっているようだけれど、魂がその感覚を覚えているのよ」


「俺は……」


 俺の知る死、とは一体何だ。


 頭に霞がかかり、おまけにうまく息ができない。


 いや、うまく息をしていないから頭が霞むのか。


 また目眩がする。


 ――義父さん……寒いよ。


 ――可哀想に。こんな姿になってもまだ死ねないのか。


 ――義母さん……助けて。


 不意に闇より浮かび上がったのは、見覚えのある自宅のリビング。そして、そこに転がっている少年の俺。大きく裂かれた腹から臓物が溢れ、胸を貫かれ、額には銃によって開けられた風穴があり――そのどれからも、恐ろしい量の赤い血を流している。


 だがそれでも俺は生きていた。潰れかけた芋虫のように無様な姿で、辛うじて動く眼球を使い、襲撃者を見上げていた。

彼の顔立ちには、覚えがある。……王宮騎士団の団長、エルアントだ。


 感覚でわかる。これも俺の過去――……


「しっかりしろ、クレス!」


 急に鋭い声がして、俺は大きく目を見開いた。途端にリビングの光景が目の前から消えて、真っ暗な闇が戻ってきた。俺の正面では、死んだはずの王宮騎士クローヴィスがリィナと対峙している。


「クローヴィス様!?」


「しっかり自分を保たないと、あっという間に消されるぞ」


「消される……?」


「情けない話だが、遂に俺も肉体を奪られちまった」


 クローヴィスは真紅の槍を握り、前髪を掻き上げた。彼が手にしている槍は、よく見ればテムングスが持っていたのと同じ物だった。


「それ……」


 声を漏らすと、クローヴィスは苦笑を浮かべ、頷いた。


「そう。おまえが戦っていたテムングスは俺だ。……まぁ、身体の自由こそ失ったが、俺の意思がここにあるうちは、あいつの好きにはさせん。あそこのモヤシを連れて、ここから逃げろ。あいつは俺が足止めしておく」


「モヤシ?」


 クローヴィスは、くいっと親指でテイルを示し、槍を構えた。リィナがニヤリと笑う。


「あら、貴方といいエルアントといい……予想以上の出来ね」


「時間はかかったが……これでも生きてるからな。俺達が人形だなんて、二度と言わせねぇ。足掻いて足掻いて、足掻きまくってやる! 騎士の魂にかけて!」


「へし折ってあげる。どう頑張っても、貴方はただの人形よ」


「やってみな!」


 バシィッ!


 クローヴィスが槍で暗闇を一突きにすると、倒れているテイルの傍らに、白い光の渦が現れた。


「クレス、行け!」


「でも……」


「構うな! 早くっ!」


 クローヴィスが声を荒げ、俺は弾かれたように駆け出し、テイルを抱き上げた。全身が血に濡れてヌルヌルと滑り、赤く汚れた肌は蒼白だった。微かな呼吸音だけが、彼の命を繋いでいる。


「その光から外に出たら、すぐに逃げるんだ! いいな!?」


 クローヴィスが叫んだ。俺は頷いて、テイルと共に光の中へ飛び込んだ。


「クレス、テイル、無事だったか!」


 するとすぐにヴェネスの声が聞こえて、直後、今度は視界が赤い光に満たされた。


「三十六計逃げるに如かず! 魔力足りないから、ちょっと乱暴だけど勘弁な! ウォルト・クレイ・カイト・ヴェネス――〈ワープ〉!」


 こちらから言うまでもなく、ヴェネスは逃げるつもりでいたらしい。変化系統高位魔術〈ワープ〉の呪文と共に、体が一瞬宙に浮いたような奇妙な感覚に襲われた。そして――


「うぉっ!?」


 間抜けな悲鳴と共に、落ちた。


 バシャァァアアンッ!


「がぼっ……!?」


 全身がじんわりとした感触に包まれ、喉に熱い液体が流れ込んで来る。耳元ではゴボゴボと低い音がして、自分が液体の入ったそれほど広くない空間に落ちたことに気付く。空気を求めてもがいていると、弾力のある滑らかな物や、短い藻のような物が何度か指先を擽った。


 最後に低反発ボールのような心地良い物体を握り、俺はようやく水面に顔を出すことに成功。最初に視界に飛び込んできたのは、眩いばかりの女の裸体だった。


「!?」


 俺が握っているのは、俺の手にも余るような豊満な乳房の片方。俺の下敷きになって口元まで湯に浸っているリダが、驚いたように目を見開いて、俺を凝視していた。


 どうやら俺は、リダの入っている湯船の中に〈ワープ〉したらしい。慌ててそこから飛び出して、彼女に背を向けた。


「すすすすすみませんっ!」


「…………」


 物凄く動揺しながら謝罪した俺に対し、リダは慌てた様子も見せず、無言だった。直後、ザバアッと大きな音がして、ヒタヒタと彼女が床に足を下ろした気配がした。


「……随分紳士だな」


 彼女は抑揚の無い声で、俺の背に向けて言った。


「あの時のこと、腹に据えかねているはずだ。それなら腕の一本や二本へし折って、犯すなり殺すなり、私を好きにすればいいのに。いくら私でも、あの体勢で男に襲われたら太刀打ちできない」


「……っ?」


 リダは何を言っているんだ。


 理解できない。さすがの俺も、一気に動揺が冷めた。


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