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Survival Project  作者: 真城 成斗
四・裏切りと崩壊
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裏切りと崩壊 10

 …………。


 そして、しんと静まり返る。辺りは真っ暗で、テイルもヴェネスも傍にいない。


「クスクス……」


 嫌な笑い声。俺はこの声を知っている。


 振り返ると、そこには夢に出てくる女が立っていた。


 緑がかった黒髪に、暗黒が秘められたような深緑の双眸。血のように赤い口唇と、石像のように白い肌。リダやライムとは異なる雰囲気の、無生物的な美しさ。


「おまえは……」


 小さく呟いて、俺はふと、自分の呼吸がうまくいっていないことに気付いた。唇を行き来する空気はヒューヒューと浅い音を立てて、おまけに心臓の鼓動が破れそうなくらいに波立っている。全身に冷汗が滲み出し、なぜ感じているのかもわからない不安と恐怖に、押し潰されそうだった。


「ふふっ……何をそんなに怖がっているの?」


 俺の心情を見透かしたのか、女は妖艶な微笑みを浮かべた。


「あなたは本来こっち側でしょう? 恐れることはないわ」


「こっち側って……――何なんだよ、おまえは。俺の夢に出てきて、ワケわかんないこと言ってたと思ったら! 起きてる時までおまえの相手してられるほど、俺は暇じゃねぇっ!」


 精一杯の虚勢で叫んだが、女は妖しい微笑みを崩さない。


「くそっ、こんな闇!」


 俺はミドールで闇の中に閉じ込められた時の感覚を思い出し、魔力を練り上げた。


 造り上げるイメージは、闇を形成しているであろう魔力を掻き消す力――防御系統中位魔術〈イクスティン〉だ。


「フロスト・ディーナ――」


「……歪み」


 しかし呪文を唱えかけたところで、女が口を開いた。


「何?」


 眉を寄せると、女は赤い唇の両端をゆっくりと吊り上げた。


「消された過去、消された罪、消された穢れ――歪んだ記憶」


 闇の中に彼女の声が響く。俺は小さく息を呑んだ。


「何が言いたい」


「繋がらないんじゃないの? あなたの過去は」


「俺の過去……?」


 記憶に無い光景。習得したはずの無い魔術。覚えていない戦争。そう、俺の過去の記憶はひどく曖昧だ。今まで気付きもしなかったことだが。


「自分の左手を御覧なさい?」


 言われて、俺は左手を持ち上げ、視線を移した。


「!?」


 掌の半ばほどまで、真っ黒だ。硬化した皮膚が黒く変色し、亀裂のような筋が手首の方まで伸びている。感覚は右手と変わらないが、俺は既に痛覚を失っており、そうアテにできる目安ではない。


「消された過去、消された罪、消された穢れ、歪んだ記憶」


 女は、淡々とした口調でもう一度繰り返した。


「教えてあげる。貴方の過去と、罪と、穢れと、それから本当の記憶を」


 彼女の言葉の一つ一つに、全身の血液が大きく波を打つ。耳を貸すなと心が警告を鳴らすが、彼女の言葉が頭から離れない。それどころか、言葉の一片一片が体中に深く根を張り、全身に食い込んでくるかのようだ。


「私はリィナ。すぐに本当の貴方を思い出させてあげる」


「……っ」


 闇に魂を吸われるかのように気が遠くなりかけた、その時だった。


「クレス、聞いてはいけません! それは人間じゃない!」


 鋭いテイルの声が耳を貫き、俺はハッと我に返った。


 ヒュンッ!


 不意に視界の隅を駆け抜けた白銀。鋭い風の音が闇を引き裂き、俺の傍らにテイルが現れた。


「テイル!?」


 テイルは険しい表情で、指先をリィナの方へと向けていた。


「彼女、クレスの知り合いじゃないですよね?」


「まさか。リィナなんて知らないよ。人間じゃないってどういうことだ?」


「人間の持つ氣を感じられないんですよ。クレスのような感じとも違う。まるで爆発する感情の塊のような――貴女、一体何者ですか?」


 すると女は小さく笑って、そっと自分の首筋に触れた。


「変わった特技を持ってるのね。でも……」


 バキンッ!


「っ!?」


 不意に奇妙な音が響いたかと思うと、テイルの人差し指は有り得ない方向へと折れ曲がっていた。テイルは短い苦鳴を漏らし、顔を歪める。


「あははっ、痛い?」


 リィナは楽しげな笑い声を上げ、自分の人差し指をくるくると動かした。


「ほら、もっとあげる」


 シュパンッ!


「!?」


 テイルの白磁の頬から弾け飛ぶ鮮血。溢れ出る血は滝のように流れて、彼の衣服を汚していく。彼から切り取られた一房の黒髪が闇の中へと溶け行き、テイルは目を見開いて、自分の頬に触れる。


「そんな……」


 手の平にベッタリと付着した自分の血を見て、テイルは愕然と呟いた。


 リィナはその反応に満足したようにニッコリと笑った。


「貴方に興味は無いわ。引っ込んでてくれる?」


 リィナの笑みは嘲笑へと変わり、彼女が蝿を振り払うような動作をした刹那、テイルの喉から絶叫が発せられた。


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