裏切りと崩壊 9
* * *
リズミカルに跳ねる銃撃の重低音。それらは確かに体内へと吸い込まれているのに、穿たれた穴に、そいつは僅かも動じない。
「くそっ、効きやしねぇ!」
言いながら、ヴェネスは身を屈め、彼の頭部目掛けて薙ぎ払われた槍を回避。床を転がって追撃を避けながら、手にした銃で容赦ない弾幕を叩き込む。
しかしその銃弾の嵐に怯むことなく、真紅の槍がヴェネスに向けて振り下ろされる。
キィンッ!
それを止めたのはテイルの鋼糸。槍には幾本もの糸が絡み付き、動きが制限されたところで、俺が剣撃を叩き込む。しかしそいつは素早く身をかわして難なく俺の攻撃を避けたかと思うと、次の瞬間テイルが吹き飛んで壁に叩き付けられ、ヴェネスの左肩を槍の先端が貫いた。
「ぐあっ!」
ヴェネスの顔が苦痛に歪む。一人無事だった俺は、再度女王の守護者を振り上げた。
「当たれっ!」
願望と共に振り下ろしたが、掠りもしなかった。ヴェネスの肩から槍が引き抜かれ、赤い血を引き摺りながら、矛先が俺へと飛来してくる。
「うわっ!?」
無様に床を転がって、辛うじて槍が自分に突き刺さるのを回避。顔の横に落ちてきた銀の刃に、うっかりチビりそうになった。
俺を見下ろすのは、獰猛な赤い瞳。黒光りする皮膚には血管のような赤黒い筋が幾本も浮き出ていて、二メートルほどの巨大な体躯に、ライムのウエストと同じくらいありそうな太い手足。真っ赤に濡れた口元からは鋭い牙が覗き、手にした真紅の槍がギラギラと光っている。十九階級特殊生体のテムングスだ。
テムングスは、当然この辺りにいるはずのない特殊生体だ。それどころか世界のどこへ行ったって、滅多にお目にかかれるような奴ではない。
「〈シャドウアーツ〉!」
テイルが闇系統中位魔術を打ち放ち、テムングスの注意を俺から逸らさせる。俺は〈シャドウアーツ〉の漆黒の牙がテムングスを襲うタイミングに合わせて更に床を転がり、テムングスの傍を離れる。テイルの方をチラリと見れば、壁にぶつけたのか、彼の頭からは血が流れていた。
「テイル、どうすんだよ!? おまえ、十八階級以上は無理なんだろ!?」
「えぇ。クレスを置いて退いた方が賢いかもしれませんね」
「誰が餌だ、誰が!」
「ああっ? おまえら、何を弱気になってやがる!」
ヴェネスは言って、テムングスに両手を翳した。いつの間に治したのか、肩からの出血は止まっている。
「火力上げるぜぇ?」
するとヴェネスの手元が青く輝き、辺りに鋭い光を放った。
「ウォルト・クレイ・カイト・ヴェネス――」
呪文と共にキュンッと唸るような音が空気を震わせ、高速で打ち放たれた青い光球が、テムングスの胸元へと潜り込む。
「〈スプラッシュ〉!」
ヴェネスが声を上げると同時に、テムングスの胸を突き破るように水系統魔術〈スプラッシュ〉が発動。水の竜巻は白い飛沫を交えながら、天井にぶつかって弾けた。テムングスの胸からは真っ白な血が噴き出す。
〈スプラッシュ〉と言えば激流が押し寄せてくるような魔術だと思っていたが、こんな使い方もあるのかと場違いに見惚れてしまった。
「クレス、頼みます!」
テイルの声で我に返ると、彼の腕が優雅に舞い、白銀の糸がテムングスの体を見事に絡め取った。だがテムングスの肉体はテイルの扱う糸以上に頑丈なようで、深い傷こそ負わせるも、輪切りにするまでは至らない。ただ、それでも体勢は大きく崩れた。
「今です!」
「氷晶輪舞っ!」
テイルの合図で、俺は大振りの突き技を繰り出した。女王の守護者の巨大な刃がテムングスの腹に突き刺さるが、引き抜こうとして、異変に気付いた。
「何だ!?」
黒い闇が、まるで触手のようにテムングスの傷口から伸び、俺の剣を絡め取る。真っ黒なそれはあっという間に俺の腕を駆け上り、身体に巻き付いてきた。
「うわっ!? くそっ、何なんだよ!?」
振り払おうとするが、闇は大きく膨れ上がり、絡み付いて離れない。
「クレス!」
伸ばされたテイルの手に、必死に掴まろうとする。しかし、手を伸ばしてくれた彼の腕にも、黒い触手はあっという間に絡み付いた。
「駄目だテイル! 退けっ!」
這い上がってくる黒色に、視界は次々と遮られる。構わず俺を掴もうとするテイルの指が俺の肩口を掠り、ゴプンと耳元で嫌な音がした。