裏切りと崩壊 5
* * *
ジンとフードの人物を中心にして、一気に咲き乱れる暗黒の華。それは次々と周囲の者達に突き刺さり、途端に誰もが、矢が刺さっただけとは思えないような絶叫を上げた。
あまりにも強烈な、恐怖と絶望。
彼らの顔に浮かんだのは、間違い無くそれらだった。一瞬の後、画面の手前にいた男がグラリと前のめりに傾いた。だが、そのまま床へ倒れ込みかけた肉体は、床に付いた二本の腕で支えられた。彼の体は白い血を噴きながらメリメリと軋むように変形して行き、全身を赤い獣毛が覆い尽くす。
「レッドウルフ……」
変わり果てた男の姿に、俺は呆然と呟く。
画面奥にいる青年が、黒い光に包まれながらも剣を抜いて立ち上がった。だが、ジンはチラリとそちらを一瞥すると、今度は赤い矢を弓につがえた。青年は振るった剣でそれを払いのけ――次の瞬間、全身を黒に覆われた。漆黒の皮膚が地割れのようにひび割れて、奥から白い血が溢れてくる。彼は間もなく、ブラッドマンティスへと姿を変えた。
「何なんだよ、これ!」
わけがわからなかった。
例えばジンは、凶悪な魔術で精神を犯され、誰かに操られているのだろうか。彼がこんなことをするなんて、そうとしか思えない。
その時、ジンが明らかにカメラを意識して、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……ジン!?」
何がどうなっているのか。ジンの表情も眼も――彼は決して偽物ではなくて、しかも全て彼が選んで実行したことなのだと告げていた。硬直している俺の横で、テイルが低く唸ったのが聞こえた。
「テイル……」
無意識のうちに助けを求めて、俺は強くテイルの腕を掴んでいた。膝が震えて、とてもじゃないが立っていられない。
するとジンの傍らにいるフードの人物が、目深に被っていたフードに手をかけ、静かにそれを外した。
「!?」
狼狽した様子の騎士隊と、彼らを見つめている青い瞳。金色の髪に縁取られた顔立ちを僅かに歪めているのは、行方不明のはずのミドールの王女。
「ハク王女……何で……」
困惑した様子でテイルが呟く。ジンは王女の傍らで弓に矢を番え、俺達に向けてそれを射ち放った。画面はぶつりと途絶えて、あとは砂嵐を浮かべるばかりとなった。
「嘘だよ……嘘だ、こんなの。絶対嘘だ!」
俺はこの後、ジンと共にこの場所を訪れた。傍らのジンが目の前の惨劇を巻き起こした張本人であるなんて、全く想像することもないままに。
「クレス、落ち着いてください」
「これで落ち着いていられるかよ!」
テイルの先発部隊の騎士達は、恐らくあのままジンを追い、漆黒の矢でマリオネットへ姿を変えられた後、防護壁の間に閉じ込められた。そしてやはり俺はあの時――防護壁が解除された時、マリオネット達に襲われていたのだ。
でも、それならどうして俺に事実を隠したんだ? 単に俺を殺す気だったなら、こんな回りくどいことをする必要など皆無だ。ジンは俺をここに連れて来て、何がしたかったんだ?
「どうしてだよ……どうしてこんな……」
堪らず床に膝を着いた。頭の中がグチャグチャだ。しかもこれじゃぁ、俺達が依頼を受けて倒したレッドウルフとブラッドマンティスは――。
「クレス、焦っても仕方ありません。もう少し調べてみましょう。ね?」
「あぁ……」
俺はテイルの手を借りて立ち上がり、彼に促されるまま、上階へ続く廊下へ向かった。
恐らくここで戦闘があったのだろう。通路の壁や床には大きな傷がいくつも刻まれており、血の跡が点々と飛び散っていた。
しばらく行くと、向かって右手にドアがあった。普段は協会員が休憩室として使う、何の変哲もない部屋だ。
「これ……」
ドアの下の隙間から、赤黒い液体が染み出している。新しいものではないようだが、まだ十分に乾ききっていなかった。
テイルが俺を軽く制して、ドアノブに手をかける。俺は彼の後方で、先刻鞘に収めたばかりの女王の守護者を抜いた。
バンッ!
ドアノブが回り、勢いよく扉が開かれた。
「……っ!?」
血の海。赤い飛沫に彩られた蛍光灯が照らす惨状。千切れた手足や内臓の一部、砕けた骨、引き裂かれた衣服の残骸など、まるで人間を食い散らかしたかのような光景が、部屋一面に広がっていた。