裏切りと崩壊 4
「俺、ここに来てジンと二手に分かれたんだ。防護壁が下りて進めなかったから、ジンがあそこにある抜け道を通って、防護壁のロックを外しに行ったんだ」
俺は受付カウンター上の天井を指差した。
「普通は防護壁の両側にある操作パネルで防護壁を開閉するんだ。でも、非常電源に切り替わった時に防護壁が下りていると、ロックがかかっちゃうんだよ。管理室で解除できるんだけど、そういう時に管理室へ向かうために、いくつか抜け道があるらしい。あの天井の道が、そのうちの一つだって言ってた」
俺が言うと、テイルは受付カウンターに飛び乗って、抜け道に繋がる天井のパネルを開いた。
「ふぅん……。それで、クレスは?」
「俺はここで待ってたんだ。そうしたら防護壁が開いて――ジンの話では、俺はレッドウルフに飛びかかられた時に空き缶踏んで、転んで気絶したって。でも俺の記憶では防護壁の向こうからマリオネットが現れて、そいつらに襲われたような気がするんだ」
襲われて、死にかけて、戦って――
だけどそれは全部、夢のはずだ。
言うと、テイルは少しの間考え込んで、首を傾げた。
「もしそれが現実だとしたら、クレスの友達――ジンがクレスに嘘をつく理由は何でしょうね」
「もしかしたら……テイルにしたみたいに、ジンにも刃を向けたのかもしれない。それで黙っていたのかも」
そうだとしたら、親友に本気で剣を向けたなんて、最低だ。
「俺がどうして自分に攻撃を仕掛けたのかはわからないまでも、普通に接して、俺を傷付けないようにしてくれたんだ」
言うと、テイルは不服そうに口を尖らせた。
「そうだとしたら、僕なら絶対、そんな友達の傍を離れたりしませんけどね」
「えっ」
「隠す理由すら無いでしょう。傍を離れてしまうのなら」
テイルの言葉に、俺は肩を竦めて笑う。
「きっとジンにも、何か思うところがあったんだよ。それに、何もできない俺があいつに文句を言うのはお門違いだ」
するとテイルは僅かに苦い顔になった。だが、すぐに気を取り直したように言った。
「ちなみにあそこにぶら下がってるのって、カメラですよね? 何か映像が残っていないか調べてみましょうか」
テイルの示した先の天井には、固定カメラがあった。彼は受付カウンターから飛び降りると、今度はカウンターにあるコンピューターを操作し始めた。傍らには、ジンの上着を被せられているフローラの遺体がある。何となく近付くことができなくて、俺は遠目からそれを見ていた。
しかしテイルはやがて険しい表情でコンピューターから顔を上げると、俺を呼んだ。
「クレス、これを」
画面には、エントランスの画像が映し出されていた。そこは人で賑わっていて、受付嬢のフローラの笑顔が眩しかった。日付は、ミドール王国が特殊生体に襲われた五日前だ。
「まだいつも通りだ……」
画像が早送りされて、昼になり、夕方になってフローラがヘンデルのおっさんに交代。夜が更けて、エントランスはガランとする。ヘンデルも居眠りしていた。そして朝が来て、ミドール王国が特殊生体に襲われた四日前。フローラが受付に現れると同時に、エントランスにジンが現れた。彼の後ろには、フードを目深に被った小柄な人物が連れ添っていた。
四日前と言えば、俺とライムが受けたレッドウルフ退治の依頼が出された日だ。
なぜだろう。不意に嫌な予感がした。
「ジン……?」
シミのように浮き出た不安を掻き消そうと、俺は声に出して呟いた。
エントランスにいた何人かがジンに声をかけ、ジンが軽く手を上げてそれに応える。ジンは受付に向かい、フローラに紙面を差し出した。フローラは笑顔でそれを受け取りながら、ジンに何か声をかけた。視線がジンの後ろにいる人物に向かっていたから、誰なのか尋ねたのかもしれない。ジンは笑って応じたが、フードの人物は特に反応を示そうとしなかった。
そしてフローラがコンピューターを操作し終えた、次の瞬間だった。
開いたエントランスの扉から、蒼い軍服に身を包んだ騎士隊が現れた。振り返ったジンは少し驚いた顔をした後、スッと無表情になってフローラの頭に手を伸ばした。
グシャァッ!
「なっ……!?」
フローラの頭部が吹き飛び、赤い鮮血と脳漿がカウンターの上に飛び散った。エントランスに悲鳴と絶叫が巻き起こり、騎士隊が攻撃態勢を取る。他にも逃げる者、呆然とする者、騎士隊と共にジンに武器を向ける者。様々だったが、ジンはもうピクリとも表情を変えず、深緑色の弓を構えた。
番えたのは、これまで見たことのない漆黒の矢。刹那に背筋が震えたのは、俺の知っているジンとは思えないような、残酷な所業のせいだけではない。その矢からは、映像越しでもわかるくらい禍々しい気配が立ち上っていたのだ。
「あの矢、一体――」
俺の傍らで、テイルが顔を歪めて呟いた。ジンが手にした漆黒の矢は、魂を氷漬けにするかのような、得体の知れない気配を纏っていた。
そして俺は、更に有り得ない光景を目にすることになった。