裏切りと崩壊 3
「クレス!」
振り下ろした剣が何かに止められて、テイルが目の前に現れた。
そう……コレだ。
ゾクゾクと背が震えた。
「クレス、しっかりして!」
テイルの怒鳴り声。ハッと我に返ると、俺から距離を取り、糸を指に絡めているテイルの姿があった。重々しい音を立てて大剣が俺の足元に転がり、同時に、残っていたマリオネット二体がテイルの糸に切り刻まれた。
パタパタと真っ白な液体が落ちる。
それはマリオネットからだけではなく、俺の右手の甲からも零れていた。
「テイル?」
あれほど高まっていた熱が消え去り、思考が不意に澄み渡る。俺は一体、何をしたんだ。
「クレス……よかった……」
安堵したように表情を緩めたテイル。彼が糸を使って、俺の手から剣を打ち払ったのだろう。多分その時に甲が裂けたのだ。
それなのに、痛みが全く無い。
「そんな……」
俺はテイルにどんな顔を向けたのだろう。きっとひどい顔だ。
「俺、おまえに剣を向けて――殺そうとしたのか?」
テイルと分からなかった? いや、そうではない。俺は彼を認識した上で、剣を振り上げた。そうだ、彼を殺そうとした。その行為に快楽すら覚えて。
「嘘だろ……これが特殊生体化? ――こうなるのがわかっていたから、あの時テイルは俺を殺そうとしたのか?」
畳み掛けるように尋ねる。体が震えて力が入らないのは、恐怖のせいだろうか。
「クレス、落ち着いて。あの時は僕が――」
間違ってた。
テイルはそう言いたかったのだろう。しかし彼が言い終わる前に、突如膝の力がガクンと抜けてしまって、俺はその場に倒れ込んだ。
「クレス!?」
駆け寄って来たテイルが俺の傍らに膝を付き、僅かに顔を青褪めさせた。俺はなぜか上手くいかない呼吸を不規則に繰り返しながら、彼を見つめていた。
「失礼します!」
言うなり、テイルは俺の服の留め具を次々と外し、シャツを胸元まで引き上げた。
「こんなに……!?」
俺の服を掴んだまま、テイルは愕然とした様子で呟き、顔を歪めた。
「どうしたんだ?」
掠れてしまう声で尋ねて、俺は首を動かし、自分の身体を見下ろす。
体の至る所に刻まれている傷。中の肉が覗くほどに深い傷口から、嘘のような量の白い血が溢れ出していた。
「何だ……これ」
呆然として呟く。だって、痛みなんて欠片も無いのだ。
「喋らないで。マリオネットの群れに強引に飛び込んだんですから、こうなるに決まってる。……すぐに塞ぎます」
彼は言うと、俺の身体に両手を翳した。
「〈フェアリーブレス〉」
優しい光と共に治癒系統中位魔術が発動し、みるみるうちに全身の傷が癒えていく。途端に体が自由を取り戻し、俺は足りなくなっていた酸素を、深く肺に吸い込んだ。
「クレス、大丈夫ですか?」
俺を心配そうに見つめているテイルは、体の所々に傷を負い、血を流していた。
「大丈夫かって……俺がおまえに聞きたいよ」
「僕は大丈夫ですよ。心配しないでください」
テイルは苦笑を浮かべ、手の甲で顔の傷を拭った。
「俺……急に体が熱くなって、それからよく覚えてない。痛みも全然感じない。ただ、戦うのが楽しくて――いや、戦いながら、何かが欲しかったんだ。マリオネット達を倒しても、全然満たされない。テイルの持ってる何かが欲しくて、テイルを殺そうとしたんだ。何が欲しかったのか、もうさっぱりわからないけど」
そう言ったら、テイルは黙ってしまった。
しかし浮かんできた衝動的な言葉を俺が発しようとしたその瞬間、テイルがピシャリと言った。
「殺してくれ、なんて言わないでくださいね」
「……え?」
「顔に書いてあった。死にたくもないのに『殺してくれ』なんて。そんなこと頼まれるのは、もうたくさんです」
テイルは俺から離れると、辺りを見回して顔を歪めた。
「僕の部隊はマリオネットに殺されたようですね……」
エントランスには、崩れ落ちたマリオネット達の残骸だけでなく、蒼い軍服姿の死体がいくつも横たわっていた。どれもみな、全身を無残に切り裂かれている。
テイルは拳を握り締め、低く唸った。
「クレス達はよくマリオネットと遭遇しませんでしたね」
俺はマリオネットの残骸を見回し、剣を拾って立ち上がった。
「マリオネット、いたかもしれない」
「え?」