外れた鍵 3
魔力が散って炎が沈静化すると、待っていましたと言わんばかりに、レッドウルフ達が飛びかかってきた。その牙や爪をあしらいながら、俺は再度ブラッドマンティスに接近。交差して振り下ろされてきた鎌の中心に剣を差し入れ、一気に跳ね上げて懐に潜り込もうとしたが、まるでビクともしない。それどころかブラッドマンティスの両鎌の力に押し負けてバランスを崩してしまい、左肘から手の甲までを一気に切り裂かれた。
「ぐぅっ!」
鮮やかに割れた皮膚と肉の中から、泉の如く血が溢れ出してくる。骨は無事のようだが、灼熱のような痛みが脳天へ駆け上った。
しかし、そんな怪我に怯んでいる場合ではない。薙ぎ払われた鎌を後方へ跳躍して躱し、続く連撃も辛うじて回避。攻撃を避けるのが精一杯で、時間を稼ぐどころではない。
「クレス、伏せて!」
「!」
伏せろと言われるまでも無く、噛み付いてきたレッドウルフに右足を取られて転んだところだった。骨肉に牙が食い込む痛みに顔を歪めながら、何とか大剣を振るって、頭部に刃を突き立てて息の根を止める。事は、それと同時に起こった。
「ルルカ・ディーナ・バーナ・ライム――〈サンダーボルト〉!」
ピシャァァアンッ!
物凄い音と共に目前で紫色の光が迸り、俺の鼻先スレスレの地面に大穴が空いた。僅か一瞬の出来事だった。雷系統高位魔術〈サンダーボルト〉による電撃で抉られたらしい。
「……あっぶね」
特殊生体にというより、むしろライムに殺されそうだ。ビクビクしながら固まっていると、傍らに駆けてきたライムが、怪我をした俺の左腕と右足に手を翳した。
「〈フェアリーブレス〉!」
彼女が唱えるなり、淡い緑色の光が俺の傷口に触れる。白い煙を立てながら切断された組織が再生し、繋がり始めた。
魔術には、炎、 氷、 水、 風、 雷、 土、 光、 闇、 防御、 治癒、 精神、 変化の十二種類の属性と、四段階の階位がある。〈フェアリーブレス〉は治癒系統中位魔術だ。人それぞれが持つ魔導力にも属性があり、ライムの場合は炎属性。通常、自分の属している系統の魔術は集めた魔力にイメージを乗せやすいと言われており、その人にとって最も扱いやすい系統となる。それはライムにも当てはまり、本人曰く炎系統ならば最高位まで発動させることができるらしいが、他の系統の場合は中位か高位までだ。ただ、ライムの場合は持っている魔導力が大きいので、本来綿密なイメージを必要とする魔術であっても、魔力を集めて無理矢理発動させている場合の方が多い。しかし、量で勝負するにはそれなりのリスクもある。
魔導力が器だとしたら、魔力はそこに注ぐ水のようなものだ。ただ、この魔力というものは人間の肉体とすこぶる相性が悪いようで、魔力を使い過ぎると、肉体に大きな負担がかかってくる。使い過ぎの初期症状としては、目眩に吐き気。その程度ならしばらくすれば勝手に回復するのだが、それでも魔力を扱い続けると、生命を左右する事態にもなりかねない。
「立てる?」
「あぁ、悪いな」
俺は頷き、すっかり痛みの消え去った足で立ち上がった。見回してみると、先刻の電撃のおかげで、レッドウルフの数は随分と減ったようだった。だが肝心のブラッドマンティスは、平然とした顔でこちらの様子を窺っている。顔、と言っても昆虫の感情を読み取れるほど器用でもないが。
「おまえ、大丈夫か?」
「……気持ち悪い」
「そうか。じゃぁ、動きが鈍ってるはずだ。やっぱりおまえが餌になれ」
「嫌よ。餌役は自分でやって」
言いながら、ライムはブラッドマンティスに向けて鞭を振るう。鞭の先端は見事にブラッドマンティスの左鎌を絡め取ったが、直後、その鞭に引っ張られるようにライムの体が宙を舞った。
「きゃっ!?」
「ライム!」
引き寄せられた彼女の行く先には、巨大な鎌が待ち構えている。しかし彼女は至って冷静だった。
「〈フライ〉っ!」
鞭を手放して風系統中位魔術を発動させたライムは、風の翼の助けを借り、華麗な宙返りで距離を確保。着地点にいたレッドウルフの頭部を踏み付けながら、地面に降り立った。ばっちり見えた下着は黒だった。
ライムは着地するなり、膝のバネを使って再び大地を蹴った。俺は彼女の動きに合わせながら辺りのレッドウルフを払い除け、正面からブラッドマンティスに突っ込んだ。
上体を沈めて右鎌を躱し、立てた剣で左鎌を受け止める。返された右鎌を避けながらそのまま半回転して、飛び付いて来たレッドウルフを弾き飛ばす。ライムの掌に魔力が宿り、いざ反撃を始めようとした、刹那。
「ライム、避けろっ!」
ブラッドマンティスは俺の前から一瞬で姿を消し、次にはライムに向けて両鎌を振り上げていた。
「ライム!」
俺は叫びながら、無理矢理に進行方向を転換。突如目の前に現れたブラッドマンティスに、それでもライムは魔術を打ち放つ。が、ブラッドマンティスを包み込むはずだった獄炎は、力不足のせいかあっという間に霧散した。ブラッドマンティスの鎌は既に振り下ろされており、受け止めるには間に合いそうにない。俺はイチかバチかで、剣を水平に構えたまま、ブラッドマンティスに向けて突き技を繰り出した。
「うるぁぁぁっっ! 氷晶輪舞っ!」
氷晶輪舞と叫んだのはただの気合い声であって、そこに魔導的な意味は無い。よって、ただの剣撃なのだが――こんな大振りの突きで反撃を食らったら、きっと俺はお終いだろう。ブラッドマンティスがライムへの攻撃を中止して標的を俺に切り替えた時が、俺の最期になるかもしれない。頼むからこっち向くな! このまま刺さってくれ!
全力で祈ったが、俺は何とも呆気なく、その賭けに勝った。
「っ!」
ブラッドマンティスの腹部に深々と突き刺さった大剣。傷口を広げるように捻りながら引き抜くと、豪快に血を噴きながら、ブラッドマンティスはゆっくりと傾いでいった。
「クレス危ないっ!」
「えっ?」