裏切りと崩壊 2
手掛かりが足りない時は悩んでも無駄だろう。俺は話題を変える為に、歩き始めたテイルに並びながら尋ねた。
「そういえばテイルが使ってる糸って、一体どうなってるんだ? どっから出してんの?」
「あぁ、糸ですか。……蜘蛛と同じです。ちょうど、爪と指の間に糸を出す為の腺みたいなのがあって、そこからピュッと――……あ、信じてない顔」
「そんなトンデモ話、信じるワケないだろ。学歴最低の俺でも分かるぞ」
するとテイルはなぜか「あぁ」と頷いて、納得顔になった。
「学歴最低ってことは、低等学院卒ですよね? もう少し上の学院では、解剖学で習いますよ。指先を鍛えることで、蜘蛛糸分泌腺が徐々に開いてくるんです。人間の極めて短期的な進化とも言えます」
「え……え? でも、そういう糸って虫の……」
「そう。しかし虫の場合、糸の強度が非常に弱い。ですが人間の場合はその糸に生体エネルギーを送ることにより、時に鉄をも切り裂く強度を持たせることができるんです。ほら、さっき話したでしょう? 氣術のこと」
俺は困惑して、自分の両手をじっと見つめてみた。左手の指先は、特殊生体化によって黒く染まっている。だが右手はまだ無事だ。試しに「伸びろ」と念じながら手を振ってみた。
「…………」
何も起こらない。俺は騙されているのだろうか。そうに決まっている。
「いや……なぁ、嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ。でもクレスは氣術を使えないから、例え糸が出たとしても、綿アメくらいの情けない糸だと思いますよ」
「へぇ……。え、だから嘘だろ?」
「あ、着いたみたいですね」
俺の混乱を無視して、テイルは足を止め、前方に見えた巨大な建物を指差した。数日前に来たばかりの場所だ。
「開けますよ」
ゴゥン……
前回と同じ重たい音を漏らして、扉はゆっくりと開いた。
だが、その先には信じられない光景が広がっていた。
「マリオネット!?」
「クレス、下がって!」
テイルが叫び、踊るように身を翻した。
「行きます!」
シャンッと美しい音が響き、テイルの足が軽やかなステップを踏む。エントランスを埋め尽くさんばかりの数のマリオネットに臆する事もなく、彼はオーケストラの指揮を執るように、両腕を振るった。俺には光を反射する糸が煌めいているように見えただけだったが、どういうわけなのか、飛んできた大量のナイフや鎌が、甲高い音を立てて次々と床の上に落ちていく。まるで魔法のようだった。
「すっげぇ……」
呟いた俺に、テイルは艶やかに微笑む。うっかりまた惚れてしまいそうだ。
マリオネット達は雪崩のように突っ込んでくるが、テイルは漆黒のコートを靡かせながら、余裕の表情で軽やかに舞う。駆け巡る糸は銀色の流星のように輝き、次々とマリオネットの身体を捉え、切り裂いていく。そのあまりの鮮やかさに、俺は彼の姿を必死に追いながら、胸を高鳴らせていた。
しかし、胸の高鳴りはいつの間にか異常な痛みを伴い始めた。心臓が早鐘を打つ。
何だ、この感じ。
…………。
まただ。あの時と同じように、熱い。
そう思った時には、俺の手は女王の守護者(セイヴ ザ クイーン)を引き抜いていた。
「氷晶輪舞!」
俺は突き技で一気にマリオネット達の群れの中に突っ込み、バラバラと崩れた彼らの破片を頭から被りながら、大剣を薙ぎ払った。右方から振り下ろされた鎌は身を滑らせるようにして躱し、魔力を紡ぐ。
「紅円舞!」
ゴォォオッ!
知らず発動させたらしい魔導剣。本来は俺にそんなものを扱う技術などあるはずがなく、ジンとの連携で魔導剣を成功させた時のような高揚も無かった。しかしただ、体中が燃えるように熱い。
轟音と共に巻き起こった真っ赤な獄炎は、俺の周りのマリオネット達を次々に呑み込み、焼き尽くしていく。しかしそれでも、炎の中から幾本もの刃物が俺に向かって飛来してきた。それらを剣で叩き落とし、俺は炎の中を無我夢中で舞った。
「……!」
視界を紅に染める炎が、俺の胸を掻き立てる。
違う、俺が欲しいのはコレじゃない。
ギィンッ!