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Survival Project  作者: 真城 成斗
四・裏切りと崩壊
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裏切りと崩壊 1

【 四・裏切りと崩壊 】



「俺、死んだ方がいいのかな……」


 ポツリと落とした言葉に、テイルは首を横に振った。


「間違っていたのは僕です。――そんなこと考えないで」


「でも……」


「生きたいと思うなら、それが正しいんです。……正しいに決まってる」


 一度は俺を本気で殺そうとしていたテイルは、そう言って優しく俺の頬を撫でた。表情は穏やかだったが、血の気を失って異常に冷えた指先が、彼の中にある感情を物語っていた。そんな手に励まされては、殺されかけたことも、ライムのことも、到底責める気になどなれなかった。


「まずはライムを探すことが最優先ですね。でもどこへ行ったのか見当もつきませんし……特殊生体駆除協会に騎士隊がいることを期待して、彼らの手を借りましょう」


「…………」


 眠れない夜を過ごした後、俺とテイルは夜明けと共にミドールを発った。


 崩壊した城下町はすっかりその様相を変えてしまって、血の臭いが漂う中に、瓦礫の山が残っているばかりだった。


 城にいた馬は全滅。二輪車も四輪車も瓦礫に埋もれて、辛うじて戦車は使えそうだったが、まさかそんな物に乗って移動するわけにもいかない。

俺達は徒歩で、もうすぐイリア草原を抜ける。


「僕、近距離戦って好きじゃないんですよ。肉弾戦になると自分も痛いから」


 沈み込んでいる俺の気分を紛らわせてくれようとしたのか、テイルは冗談めかしたように言いながら、キレのある蹴り技を繰り出した。テイルを狙って飛びかかった特殊生体の胴体が有り得ない方向へ叩き折られ、続く掌底突きが繰り出された拍子に、ゴパンッと物凄い音が響いた。


「!?」


 綺麗な弧を描いて吹き飛んで行く特殊生体。何が起きたのかと彼の手元を見てみれば、そこが微かに光を帯びていた。


「……今の、何の魔術なんだ?」


「あぁ、魔術じゃないですよ。僕の特技なんです」


「え?」


「氣術と言って、生体エネルギーの余剰分を集めて、体外に放出する技なんです。衝撃波として相手にぶつけたり、細胞を活性化させて治癒に利用できるんですよ」


「何か凄い術だってことはわかったけど……全然わからん」


 言いながら、俺は特殊生体が飛びかかって来るタイミングに合わせて跳躍し、脳天に剣の切っ先をお見舞いした。


水底夜想(マリン・ノクターン)っ!」


「クレスって、雑技団みたいな身のこなしをしますよね。人は見かけによらないなぁ」


 鮮やかな膝蹴りを特殊生体の頭部にめり込ませながら、テイルがパチパチと手を叩く。王宮騎士に褒められた、と一瞬喜びかけたが、余計な一言に気付いて憮然とする。


「見かけによらないはこっちの台詞だ」


 女と見間違えるほど細身のテイルは、これだけの肉弾戦を繰り広げられる力を持っているのに、その筋肉を一体どこに隠しているのだろう……謎だ。


「はぁっ!」


 先刻話していた氣術とやらだろう。テイルの掌が白く光り、強烈な衝撃波が放たれた。それは五体の特殊生体を同時に爆砕し、撒き散らされた白い液体を眺めながら、テイルは右手で髪をかき上げた。


 俺はそれを横目にしながら、バックステップで一歩下がってからの斬撃で周囲の特殊生体をまとめて撃破。剣に付いた血を振り払い、背中の鞘に収めて一息つく。


「これで全部かな?」


「今のところは。でも特殊生体が異常発生している状況は、相変わらずのようですね」


「そうだな……」


 テイルに頷き返しながら、俺は山積みになった特殊生体の死体を見遣った。


 特殊生体駆除協会に向かう道のりを阻むのは、やはり本来ミドール周辺にはいないはずの、大量の特殊生体達だった。


 辺りに漂うのは湿った砂埃の臭いで、真っ白な血を吸い込んで濡れた大地が、陽光をゆらゆらと映し出している。


 不意に込み上げるものがあって、俺は思わず、戦闘中のテンションで誤魔化してきた言葉を吐き出した。


「……これでいいんだよな?」


 するとテイルは少し無理をしたように微笑んだ。


「えぇ。例え彼らが元々人間だったとしても、この姿になってはどうしようもないんです。気に病む必要はありません」


「あぁ」


 頷いたが、煮え切らない。頭には、レットがブラックウルフに変貌した光景や、彼が「助けて」と俺に訴えた声、エルアントがテイルに剣を向け、そして理性を取り戻した刹那に自害した姿が鮮明に浮かんでくる。


 二人の遺体は歴代の王宮騎士達が眠るという墓地に埋葬し、城を出る前に花を手向けてきた。


 俺が訊くまでも無く、何か救う方法があったならテイルは真っ先にそうしていたはずだ。それはわかっている。


「死にたくなかったら戦うしかないんです。望まなくても」


 テイルの言葉に、俺は小さく頷く。彼は特殊生体の死骸に背を向け、白い血を滴らせながら歩を進め始めた。俺はその背に疑問を投げかける。


「なぁ……城内で現れた、あの長髪の男。あいつ一体誰なんだ? テイルのことを知ってる風だったし、今回の件にだって、関わりがあるような口振りだった」


 テイルはピタリと足を止め、僅かに背筋を強張らせた。彼は振り返らずに言った。


「センジュ。かつては団長と並ぶほどの腕と信頼を得ていた男です」


「嘘だろ? センジュ様は亡くなったはずじゃ――」


 その独特な名前の響きは、よく覚えている。ミドール王国王宮騎士団の副団長だったセンジュ――確か彼は遠征中に病に倒れ、ミドールの地に戻る前に息絶えたと。


「そう。彼は死んだんです」


「死んだ人間が生き返ることなんてあるのか?」


「有り得ないですよ、死んだ者が生き返るなんて……」


 テイルはそう言って口を閉ざすと、再び歩を進め始めた。


 そんなことができそうな何者かに心当たりがあるとすれば、俺の夢や暗闇の中に現れた、あの不気味な女だ。あいつは一体何が目的で、俺にちょっかいを出してくるのだろう。


 だがそんなことを考えても、さっぱりわからない。


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