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Survival Project  作者: 真城 成斗
三・純白の欲望
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純白の欲望 9

*   *   *


 俺は洗い立ての石鹸の香りがするベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺めていた。いつの間にか窓の外は薄暗くなっていて、電気を付けていない部屋の中には、月に照らされた影が浮かんでいた。


 体は疲れているのに、頭には次々と巻き起こる陰惨な記憶ばかりがフラッシュバックして眠れない。


 本棚に並ぶのは、レットの父親であるルー・レンジャーの小説群。それから少年誌で大人気だったコミック。そんな風に俺達が手にする物と全く同じ物があるかと思えば、別の段には兵法書に魔導書にと、何冊にも及ぶ分厚い書籍がぎっしりと詰まっていた。まるで地図のような図面が広げられた作業机には鉛筆や消しゴムが放り出されたままになっていて、いつでもこの部屋の主――王宮騎士フィラルディンが帰ってくるような気さえした。


 だが、彼は死んだという。


 更に言うなら、民衆はヴァインドロセラへと変貌し、レットはブラックウルフとなり、エルアントまでもが白い血を流した。


「……っ」


 理解不能の現実と死が俺を苛む。振り払うように寝返りを打ったが、窓からベッドの上に食み出した月光が、無力な俺の手を照らしただけだった。


 その時不意に月明かりが陰り、遠慮がちな音で窓が叩かれた。驚いて顔を上げると、屋根の上に立っているライムの姿があった。あいつは何がしたいんだ。


 クレス、開けて。


 ライムが口をパクパクと動かすので、俺は渋々ベッドから起き上がり、窓を開けてやった。


「何やってるんだよ」


 呆れ顔の俺に構わず、ライムは窓枠を潜ると照れたように笑った。


「部屋の外でテイルが見張りしてくれてるみたいだから、クレスのところに来るの、恥ずかしくて」


「はぁ?」


「一人じゃ寝れないもん」


 俺は溜め息をつき、ライムの入って来た窓を閉めた。ライムは俺の使っていたベッドに腰かけると、すぐにコロンと横になった。


「人の寝床を……」


 仕方が無いのでソファに向かおうとすると、徐にライムが口を開く。


「考えないとね」


「え?」


「私達が生き残った意味」


 俺は足を止め、ライムを振り返った。彼女は寝転がったまま、じっと天井を見つめていた。


「生き残った意味?」


「もしかしたらただの偶然かもしれない。だけどここで逃げたらいけない気がするの」


「逃げるって?」


 尋ねると、彼女は俺に視線を移した。


「死ぬってことよ」


「……。あぁ」


 納得し過ぎて、一瞬言葉に詰まった。自らの命を断つことは、世界に背を向ける一番簡単な方法だ。


「クレス、自殺なんてしたら、レディース下着姿で大通りに転がすからね」


「だったらライムには、スクール水着の上からブリーフ履かせてやるよ」


「変態」


「おまえに言われたくない」


 俺はソファに座るのをやめて、寝転がっているライムの脇に腰かけた。


「今死んでも、何が何だかわからないままだ。……そんな風に終わるなんてご免だ」


「終わらせた方が楽なこともあるわ」


「何だ、今日は随分ネガティブだな。さっきは逃げたらいけないって言ってたのに」


 俺は言って、転がっているライムの頭を撫でた。するとライムは細い指を俺の手に重ね、それをそっと自分の口元に触れさせた。思いも寄らない行動に俺は驚き、目を見開く。


「ねぇクレス。お願いがあるの」


 ライムの熱い吐息と口唇が指先に触れる。その仕草があまりに色っぽいので、俺は挙動不審になりながら「何だよ?」と先を促した。


「眠るまで傍にいて」


 ライムは俺の手を両手で包むと、そこに自分の額をすり寄せて目を閉じた。こいつは本当に、一人で寝られなくて来たと言うのだろうか。


 本当に……それだけか?


 そこまで考えて、俺はふと、過去にも自分が同じことをしていたことを思い出した。


 六年前、両親を失ったばかりの頃。ライムは眠れない夜が来る度に部屋へやって来ては、こうやってベッドを占領し、俺の手を握って眠りに就いていたのだ。


 クレスが知らないうちにいなくなってしまいそうで、怖い。昔、彼女はそう言っていた。


「何て言うか、大きくなったねぇ」


 過去の記憶に想いを馳せていると、不意にライムがしみじみとした口調でそんなことを言った。


「おまえは久々に会った親戚のおばさんか」


「だって、本当よ? クレスの手、前はもっと細くてフニフニしてたもん」


「悪かったな、剣ダコだらけで」


「そんなことない。私はこの手に、いつも安心するんだ」


「アホか。らしくない」


 シーツの海を彩る水色の長い髪が、月明かりにキラキラと光る。彼女の耳から下がった赤いピアスがその光を吸い込んで、その水面のような髪の上に、薄っすらと赤い影を落としていた。


「ねぇ」


「ん?」


「私、クレスが好き。クレスがいてくれたら、それで十分なの」


 囁くような声に、俺は苦笑する。


「変なこと言うなよ。気持ち悪い」


 彼女は俺の言葉に対して何を言い返すでもなく、長い睫毛を微かに伏せた。まどろみによるものではない。俺の手を握る指には、僅かに力が加わっていた。


「大丈夫。傍にいるから」


 俺は握られた手を、少し強く握り返す。するとライムは安堵したかのように、小さく微笑んだ。そしてそれきり口を閉ざし、安らかな寝息を立て始めた。


「現金な奴……」


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