純白の欲望 8
ガキィィイインッ!
炸裂する火花と金属音。
エルアントは胸から血を噴き続けながら、左剣で容易く俺の刃を弾き返し、俺の後方へと回り込んできた。ギリギリで反応して身を翻し、薙ぎ払われた右剣を受ける。エルアントの扱う剣は、俺の剣より遥かに細い。それなのに凄まじい重量感だった。
「〈フレイム〉っ!」
危うく弾かれかけた時、割り込んできたのはライムの放った炎系統中位魔術だった。灼熱の炎がチリチリと俺の肌を刺激するが、気にしている場合ではない。俺は炎と共に疾走し、その衝突と同時に大剣を下から斬り上げた。二本同時に振るわれたエルアントの剣が〈フレイム〉を切り払い、続いて俺へと向かってくる。
「うらぁぁぁあああ―――っ!」
俺は叫び、エルアントの剣撃を受けた。だが堪え切れなかった。
「くぁっ!?」
間抜けな声を上げて、俺は勢い良く弾き飛ばされる。しかしそのまま倒れるわけにはいかない。大剣をブレーキ代わりと床に突き立て、俺は空中回転して瓦礫の上に着地。即座に切り返しにかかった。
「天帝創意っ!」
俺の剣技の中では最速の一撃。とは言え、エルアントは右剣で容易く受け止める。そのタイミングを見計らって、俺は床を蹴った。
「いっけぇっ!」
エルアントの剣に弾かれるままに体を半回転させ、その反動を利用して、左足を勢い良く跳ね上げる。
「ふぅっ!」
鋭い呼気と共に、エルアントの左剣の腹を蹴り上げる。狙った自分で驚いてしまったが、エルアントの手から剣が弾け飛んだ。
「せいっ!」
ガキンッ!
更に右から左斜め上へと、蹴りの軌跡を辿るように振るった大剣の刃が、エルアントの右剣を食い止める。しかし、やはり止め切れずに吹っ飛ばされた。
「クレス!」
ド派手に瓦礫の山に突っ込み、俺は全身を襲った痛みに呻きを上げた。反射的に涙が滲んで来るが、これだけの隙を見せながら、エルアントが斬りかかって来ないのは妙だ。
「くそっ……ライム!?」
標的が変わったのではないかと思い、俺は慌てて跳ね起きた。が、見ればエルアントの動きが停止していた。
「テイル……」
エルアントは理性の宿った碧い双眸で、哀しそうにテイルを見つめていた。テイルは床に倒れたまま驚愕に目を見開き、血の気の引いた唇を震わせている。
エルアントは双眸から静かに涙を伝わせると、小さく微笑んだ。
「テイル、おかえり。ごめんな、労いの言葉をかけてやるどころか、こんな出迎えになってしまって」
言うなり、エルアントは右手に握っている剣の刃を、自らの首筋に添えた。
「すまない。俺にはこれが限界だ……――」
「やめっ……団長!」
エルアントは刃を首に添えたまま、手にした柄を両の手で一気に引いた。剣は彼の首を半ばまで掻き切って、真っ白な血を纏いながら床の上へと落ちた。
ゆっくりとエルアントの体が傾ぎ、血の尾を引きながら、瓦礫の山へと倒れ込む。その瞬間、胃の中を強烈な灼熱が満たし、俺は口元を押さえ、エルアントに背を向けた。体は恐怖のためにガクガクと震え、胃の内容物が喉を逆流し、酸を交えたそれが指の隙間から零れ出す。
「げほっげほっ……」
激しく咳き込んでいると、テイルが全身から血を滴らせながらエルアントの方へ向かうのが見えた。彼はもうピクリとも動かないエルアントの身体を抱き起こすと、その頬を慈しむように撫でた。
「お疲れ様です、団長」
テイルは優しい声で囁くと、エルアントの遺体を抱えて立ち上がった。
「クレス、ライム。二つ隣り先にある部屋と、その更に奥にある部屋を使ってください。物品は自由に使ってくださって構いません。出発は明朝。準備を整えておいてください。僕は部屋の前で見張りをしておきます。ライム、クレスの治療は任せていいですね?」
「でも、テイルの傷もかなりひどいのに……」
ライムの掠れた声が、歩き出そうとしたテイルを呼び止める。テイルは彼女を振り返って、淡く微笑んだ。
「僕の方は大丈夫です。……でも、すみません。少しの間だけ一人にしてください」
そこには有無を言わせぬ響きがあった。無理矢理な微笑みは涙に濡れていて、彼はそのまま部屋を去って行った。