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Survival Project  作者: 真城 成斗
三・純白の欲望
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純白の欲望 7

 その時、爆発の衝撃で部屋の壁が吹き飛んだ為か、立ち込める土煙を風が攫って行った。


「え?」


 短い金髪と鮮やかな碧眼。蒼い軍服に包まれた頑強な肉体と、その両手に握られた二本の剣。ミドールの民なら、彼を知らない者など一人もいない。


「エルアント様……?」


 だが、聡明な剣士と名高い彼の瞳は、生気を失って暗く淀んでいた。服が引き千切れ、肉の一部を失っている左上腕部からは、白い液体が流れ落ちている。


「団長……」


 テイルが呻くような声を漏らす。


「死体が無いと思ったら、ゾンビ感覚でウロウロしてたんですね。四十過ぎても結婚できないままだったとか、少年誌の続きが気になるとか、この世に未錬があり過ぎて死にきれないんですか?」


 冗談めかしてテイルは言うが、彼の顔はひどく強張って、身体は微かに震えていた。


 テイルは恐怖を振り払うように、声を張り上げた。


「ライム! 魔術で僕の援護をお願いします。攻撃魔術は使用せずに、防御魔術の展開に徹して下さい。クレス! 武器を探したら、ライムと同じく援護に回って下さい。でも団長の魔術は強力ですから、絶対に無理はしないで!」


「了解っ!」


「わ、わかった!」


 ライムは快活な返事をして、すぐさま防御系統高位魔術〈イクスティン〉を展開。俺は更に後方へと逃れ、爆発で半壊状態になっている部屋を見回す。


 そうしている間にも、エルアントとテイルは再び激突していた。エルアントが振り下ろした右剣に、テイルは俊敏に反応して身を翻す。更に襲い来る死角からの左剣を糸で受け止め、右剣の連撃は、側方に身を反らすことで回避。魔術の雷撃や炎が迸れば、それを防ぐのは後方に控えるライムの役目。拙いながらも、目まぐるしい二人の動きに付いて行っている。


「くそっ、どこだ!?」


 テイルが上手く誘導してくれているのか、俺の方に攻撃は来ない。辺りを探してみると、蝶番の外れたドア付近に、粉砕された石やら木材やらの下敷きになっている俺の愛剣、女王の守護者(セイヴザクイーン)が転がっていた。


 俺は急いでそちらへ駆け寄り、瓦礫の下から覗いている柄を掴んで、大剣を引き摺り出した。鞘から引き抜き、ざっと刀身を確認。刃こぼれもひび割れも無い。少しは役に立てそうだ。


 そう思った時、俺は壊れたドアの向こうに血塗れの少年を見つけ、目を見開いた。


 見慣れた顔立ちと、泥だらけの服。彼は双眸からポロポロと涙を零し、言った。


「クレス兄ちゃん……助けテ」


 血と泥に塗れた顔が、まるで何かに蝕まれるように、どす黒く染まっていく。あんなに愛らしかった大きな眼が、今は真っ暗な絶望に歪んでいる。


「レット……」


 戦慄に口の中が乾き、声が出ない。レットは間もなく全身を漆黒の肌に覆われ、絶叫を上げた。


「ひぎゃぁぁぁぁああああああ―――――――っ!」


 この世の苦しみを、全て集めたかのような悲鳴だった。頭を抱えたレットの体が前屈みに折れ曲がり、バキバキと奇妙な音を立てる。背骨がひしゃげ、四つん這いの格好になった彼の指先からは、銀色の鋭い爪が伸びた。肌には漆黒の体毛が生え出し、口は大きく裂けて、剥き出しの歯茎から、ずるりと牙が現れ出でた。頭蓋骨が変形を始め、鼻と口が前方へと尖りだし、顔面を黒い毛が覆い尽くす。


「あ……」


 俺は目の前で起きたおぞましい出来事を、信じることができなかった。


 ブラックウルフ。レッドウルフよりも凶暴性が高く、鋭い爪は鉄をも切り裂く。それは紛れも無く特殊生体である。


 唯一レットの面影を残すのは、涙に濡れたばかりの瞳だろうか。だが、今や彼は特殊生体が獲物を見るのと同じ目で俺を見ていた。


 人間の特殊生体化……。


「嘘だ……どうせこれも、魔術を使った幻なんだろ!?」


 叫んだが、ブラックウルフと化したレットは獰猛な唸り声を上げるなり、爪を立てて俺に襲いかかってきた。


 王宮騎士になるのが夢だと語っていた少年の笑顔が、脳裏に蘇る。俺は動くことができず、その場に立ち竦んだ。


「危ない!」


 ライムの声が聞こえ、気付くと目の前にブラックウルフの鋭い牙が迫っていた。


「クレス!」


 しかしその牙が俺の首筋に突き立つ寸前、割り込んできたテイルが強い力で俺を突き飛ばした。ブラックウルフの攻撃が俺から逸れる。


「ギャゥンッ!」


 そして次にはブラックウルフの短い悲鳴が上がり、白い飛沫が俺の顔を濡らした。腹を割かれて内臓を露にされたブラックウルフが、血を撒き散らしながら床の上に転がる。


 頭が真っ白になった。


「レット……?」


 床の上の彼は、もう動かない。テイルはブラックウルフ――いや、レットを殺したのだ。


 殺さずとも、何か救う術があったのではないか。


 自分勝手な思いと分かっていながらも、体中の血液が今にも逆流しそうなほどにざわめき立つ。


 だが、それをテイルにぶつける為の言葉は、喉まで出掛かったところで消えた。


「テイル!?」


 ライムの悲鳴のような声が聞こえたかと思うと、テイルの背中から冗談のような量の血が溢れ出した。彼の顔は苦痛に歪んでいたが、その一方で大きく引き裂けたエルアントの左胸からも、真っ白な血がボタボタと滴っていた。


「団長……」


 悲しそうに呟いて、テイルの体が床に倒れ込む。だがエルアントは胸から大量の血を吐き出しながら、口元に愉し気な笑みを刻んだ。彼はテイルに向けて、両の剣を振り上げる。


 有り得ない――。


 そう思いながらも、俺は咄嗟に二人の間に割って入った。


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