純白の欲望 6
「ライム……?」
俺の頭は一瞬にして真っ白になった。赤く流れる液体と、失う恐怖に体が震えた。
「ライム……ライム!」
倒れているライムを抱き起こし、彼女の名を叫ぶ。
パシンッ!
しかし次の瞬間俺の頬を強烈な衝撃が襲い、俺はハッと我に返った。俺の胸倉を掴んでいるのは、紛れも無くライムだった。
「クレス! しっかりしなさい! どう間違えたら私が人参に見えるのよ!?」
「えっ、えぇ!?」
見れば、俺が大事に抱いているのは、美味しそうな人参だった。どうやら俺は魔術にかけられたらしい。
「あはははは! 魔導力の無い体ってのは本当に面白いね! こんなにあっさり幻を見るなんて」
青年の姿は既に無く、笑い声だけが高らかに響き渡った。騙された苛立ちと悔しさに、俺は人参を投げ捨て――ようとしたが、食べ物を粗末にするのは勿体無くて、そのまま握っていた。
「それじゃぁテイル。今日はこの一戦だけだ。せいぜい頑張るんだよ?」
青年の気配が消えるなり、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「いけない! ライム、〈シールド〉を展開して!」
「えっ!?」
戸惑いながらも、ライムの反応は早かった。二人は同時に叫んだ。
「ルルカ・ディーナ・バーナ・ライム――〈シールド〉!」
「アヴェロ・イリィフィリッツ・グルゥミン・テイル――〈イクスティン〉!」
ぐわん、と二色の光が重なり合って、巨大なドームのように俺達を取り囲んだ。
「来ますよ!」
ドォォォオオンッ!
凄まじい爆音が耳を劈き、一秒もかからないうちに、物理防御効果を持つ〈シールド〉と、魔力防御効果を持つ〈イクスティン〉を粉砕。視界を土煙が覆い尽くした。何が起きたのかさっぱり分からないが、辺りの壁はどうやら派手に吹き飛んだようで、瓦礫の崩れる音がする。二人の魔術による防護壁が無かったら、俺も粉微塵に吹き飛んでいただろう。
……と、そこで、俺は大変なことに気が付いた。
「剣が無いっ!」
魔術が使えない上に、装備が人参。俺ってば、何て役に立たない……。
「クレス、屈んで!」
視界不明瞭の中、襲撃者を捉えたのはライムが先だった。
「っ!」
俺が言われるままに身を沈めると、鋭い風切り音を立てて、頭上を何かが通り過ぎて行った。視線だけ上げると、俺の目の前に、血塗れの蒼い軍服を着た誰かがいた。両手には剣を握っている。
「なっ……!?」
土煙の中で煌めいた剣先が、華麗に翻る。剣筋を読めない。どこに逃げればいい。
「後ろへ!」
テイルの指示を受け、俺は後方へと跳躍した。その俺と入れ替わりに飛び込んできたのは、前方に十指を伸ばし、その間に張られた糸で剣を受け止めたテイルだった。
「テイル!」
「怪我は無いですね?」
「あぁ、大丈夫」
頷くと、テイルの指先が強く握り込まれ、十本の銀色の糸が剣を弾き返した。見たことの無い武器だが、あんな細い糸でどうやって剣を受けているのだろう。