純白の欲望 5
* * *
手頃な食材を集めて簡単な食事を終え、俺達はテイルの部屋で地図を囲んだ。
「さて、これから僕達がどうするのか決めなければならないところですが――さっきクレスには話しましたが、まずは特殊生体駆除協会に向かおうと思います」
テイルは引き出しの中から折り畳まれた紙を取り出し、それを広げて地図の上に重ねる。重ねたのは下に敷いた地図が透けるような薄い紙質で、赤い線で簡単な迷路のようなものが描かれていた。
「この線って、もしかして私達が通ってきた地下通路?」
「そうです。この地下通路、入り組んでいるとまではいかないまでも、この通り迷路のような造りになっています。加えて出口がたくさんあるので、リダがどのポイントから地上に出たのか全く見当が付きません。行こうと思えば地下通路を使って協会まで行くことができますが、その道は僕も経験がありません。とりあえず、この道は使わずに地上を進もうと思っています」
赤い線を辿っていくと、確かにミドール城と特殊生体駆除協会が繋がっている。建造物同士で繋がっているのは、この二か所だけのようだ。
「どうしてミドールと協会が地下で繋がってるんだ?」
「王宮騎士団の発足前、ミドールは弱小国だったんです。裏で協会と手を結び、有事の際は王族を保護してもらうようになっていたようですね。まぁ、随分昔のことなので僕もよくわかりません」
「あの地下の罠って、誰が仕掛けてるの?」
「さぁ……。僕が王宮騎士団に入った時には既にあったもので、団長ですらよくわからないそうです。ただ、あそこに集まっている魔力の気配は、ハク王女のものによく似ているような気もしますね」
「王女様の……」
ライムが不安そうにテイルを見ると、テイルは彼女を安心させるように優しく微笑んだ。
「大丈夫、王女のことはひとまずリダに任せましょう。助けが必要なら、僕に声くらいかけていくでしょうから」
「でも……」
「あんな目に遭わされたのに、ライムは優しいですね。心配しないで。僕達王宮騎士は、満身創痍になってからがしぶといんですよ」
テイルは言ったが、テイルとリダ以外の王宮騎士は既に命を落としている。あまり説得力のある言葉とは思えなかった。
「それに、リダにも言われているんです。『おまえはこの二人を守れ』って」
「俺達を守れって……リダに?」
だって、彼女は俺を本気で殺そうとしていたのだ。
俄かには信じられず、俺は眉を寄せた。ライムも不思議そうな顔をしている。
「リダを庇うワケではありませんし、彼女がクレスとライムに攻撃を仕掛けたことは本当に申し訳無いと思っているのですが――最初から殺す気は無かったと思いますよ」
「……絶対嘘だ。あの眼は、絶対に俺達のこと殺す気だった」
「そう? クレスはビビりすぎよ」
あれほどに強烈な視線を向けられたライムは、ケロッとした顔で笑う。あの猛禽類のような双眸で睨まれて、怯えない方がどうかしている。
しかし、その時だった。突如部屋中を冷たい空気が満たし、何か不気味な気配がその場に現れた。
「!」
テイルですらビクッと身を竦ませ、俺達はその場に凍り付いた。
……一体いつ、彼はそこに立ったのだろう。
「こんなに簡単に後ろが取れるなんて、相変わらず隙だらけだな」
目を見開いているテイルの耳元に唇を寄せ、赤銅色の髪をした青年が氷点下の声で囁く。彼の手が、そっとテイルの髪を梳いた。
「油断してると、殺しちゃうよ?」
「貴方は――」
テイルの身体は微かに震え、額には冷や汗が浮かんでいた。青年の顔立ちは夜闇に紛れてよくわからないが、彼の醸し出す異様な雰囲気に、俺もライムも動くことができない。
「驚いた? あはっ、驚くよな? 私は死んだはずなんだから」
彼がそう言った刹那、俺の目の前にパッと真っ赤な花が咲き乱れた。
「えっ?」
力を失って倒れたのは、ライムだった。
「おい……」
崩れ落ちた彼女の身体は、血に濡れたまま動かない。
投げ出されたままの白い腕と細い指に、鮮血のリボンが絡み付いている。
胸からは大量の血が流れ出して、見開いたままの瞳が、広がって行く彼女自身の血を見つめていた。