外れた鍵 2
特殊生体はその強さに応じて一から二十までの階級に分類されており、数字が大きいほど戦闘能力が高い。あくまでも目安にしかならないのだが、レッドウルフは十階級、ブラッドマンティスは十六階級に位置している。この階級は、特殊生体に対抗すべく結成された特殊生体駆除協会が設定しているもので、この協会は各国と連携を取りながら特殊生体に関連する問題に対処している。協会が国や個人から依頼を受けると、その内容に見合った協会員が現場に派遣され、協会員には内容に応じた報酬が入る。また特殊生体と同様、協会員にも一から二十の階級が与えられており、依頼内容と派遣される協会員の能力は、同等かそれ以下が原則だ。
俺、ライム、ジンも特殊生体駆除協会に所属しており、俺は十二階級、ライムは十三階級、ジンは十六階級だ。俺とライムは、俺達の暮らしているミドール王国領の東イリア草原にレッドウルフの群れが跋扈しているとの情報を受け、それを退治するため、僅か徒歩三十分の距離からやって来た。しかし、協会からは三十匹程と聞いていたのに、実際遭遇してみるとその数は優に百を超えている上に、予定外の特殊生体まで現れる始末。
レッドウルフは俺と比べても二階級下の特殊生体だから、数が三十だろうが百だろうが、大した問題ではない。だが現在対峙しているブラッドマンティスについては、大が三つ付いても足りないくらいの大問題。そもそもブラッドマンティスの出現報告地域は西イリア草原。ジンが向かったのも、こことは反対側のはずだ。
俺達の前に現れたブラッドマンティスは手負いだが、ジンにやられそうになって逃げてきたというのは、特殊生体の性質上考えにくい。俺達と同じ様にジンの方にも多数のブラッドマンティスが現れ、連戦しているうちに西側から東側にやってきたというのが正解だろう。
ということは、本来のブラッドマンティス駆除依頼遂行者であり、俺の親友ジンが近くにいるのは間違いない。彼が来るまで耐えることができれば、この場を切り抜けられる。
……とは言え。
「うぁっ!?」
振り下ろされたブラッドマンティスの鎌を受け止めきることができず、俺は勢い良く後方へ弾かれた。俺の体勢が崩れ、ここぞとばかりにレッドウルフ達が群がってくる。
「〈フレイム〉っ!」
ライムの声と共に、俺を取り囲むように、真っ赤な炎が一気に燃え上がった。いくら無謀な性質とはいえ、レッドウルフも炎に飛び込んでくるほど馬鹿ではない。奴らが怯んで近付けずにいる隙に、俺は体勢を立て直した。
魔導力を用いて、魔力を炎や水に変化させることができる魔術。これが強力であればあるほど、当然戦闘は有利に運ぶ。魔術の威力は、魔導力を使ってどれだけ自分の中に魔力を取り込めるか、そして、どれだけ具体的なイメージを描いて魔力を術として展開させるかにかかっている。例えば炎系統中位魔術〈フレイム〉の発動に必要な炎のイメージが不足していると、どんなに大量の魔力を集めても、威力は低下してしまう。逆を言えば、少量の魔力しか集める事ができなくても、強烈なイメージの元に術が発動すれば、それなりの威力になる。
ライムの場合は人並み外れた魔導力を持っているものの、集めた魔力を上手く扱いきれない為、普通より少し強い程度の魔術しか使う事が出来ない。ライムはいつも、質より量でゴリ押しだ。
大魔導師クラスになると、魔導力で相手の気配や強さを察したり、燃やしたいと思ったものしか燃やさない炎や、濡らしたいと思ったものしか濡らさない水を生み出すことができるらしい。が、そんな芸当をライムが持ち合わせているわけがない。
「くっそ痛ぇ!」
そしてライムとは打って変わって、俺の魔導力はゼロに等しい。魔導力が高ければ高いほど魔術に対する防御力も高くなるのだが、俺の場合は必然的にそちらもゼロ。乱舞するライムの炎に晒されて、俺の腕はすっかり火傷だらけになってしまった。毎回のことだから慣れたといえば慣れたのだが、痛いものは痛い。ライムは彼女自身の魔導力の性質と好みで炎系統魔術をよく用いるが、たまに本格的に着火して大惨事になることもある。
「クレス、デカいのいくよ! 十秒稼いで!」
「十秒も!?」
それまで、何としても俺がブラッドマンティスを引き付けておかなければならない。