純白の欲望 4
「クレス!?」
思わずその場に片膝を付き、ライムの声で我に返った。ゆっくりと焦点を取り戻していく俺の瞳を、ライムの濡れた双眸が覗き込んでいる。
「クレス? 泣いてる……大丈夫?」
「え?」
言われて、慌てて目元と頬を拭う。俺は泣いていた。
さっきの映像は一体なんだったんだ……。魔術を習っていた時のものと同様、こんな記憶、俺は持っていない。だがあの黒い刃を義父母に向けて振るっていたのは、確かに俺だった。そう、ちょうど二人が死んだ頃の――十二歳の頃の。
「どこか痛むの? ……クレス?」
不安気に見つめてくるライム。俺は彼女の深い蒼色の眼を凝視し、心の中で唱える。違う、俺じゃない。ライムの両親を殺したのは俺じゃない。絶対に違う。だってあれは特殊生体の仕業のはずじゃないか。
「……大丈夫。何でも無い」
目を伏せて、辛うじてそれだけ答える。ふらふらと立ち上がり、俺はライムの視線から逃れるように、彼女に背を向けた。
「飯、すぐに作る」
「クレス、本当に平気――」
「大丈夫って言ってるだろ!?」
声を荒げて振り返ると、ライムがビクリと身を竦ませた。リダの鋭い視線で射抜かれても、微動だにしなかった彼女なのに。凄まじい罪悪感に駆られた。俺はなぜこんなにムキになっているのだ。
「悪い。俺も気が立ってるみたいだ。……慰めに来た意味ねーな。おまえに怒鳴り付けたりして」
肩を竦めて笑ったが、そこに明るさなど生まれるはずがなかった。ライムは首を横に振った。
「クレス、ねぇ、休んでた方がいいんじゃない?」
「いいよ、身体動かしてた方が楽だ。よしっ……それで、俺は何人分作ればいいんだ? 俺達の分だけでもいいけど、他に怪我人とかいるだろうし、何ならそっちの飯の準備を手伝いに行っても――」
「いないよ」
「え?」
キュッと下唇を噛んで、ライムが少しだけ俯く。
「生き残ってるの、私達だけなの」
言葉の意味が分からず、俺は眉を寄せる。
「嘘だろ? だって、レットは!? クローヴィス様と一緒に、城へ来たじゃないか! 怪我人の治療をするって!」
「…………」
黙り込むライム。途端に、俺の思考は完全に停止した。気付いた時には床の上に崩れ落ちていた。……そう。そりゃぁ、そうだ。他に生存者がいるなら、いくら別棟と言え、食堂がこんなにがらんどうなわけがない。
「レットが死んだって、そんなの有り得ねぇよ。だって、あいつ――まだたったの九つだぞ!? ほんの子どもなのに!」
悪戯っぽい笑顔が蘇る。彼の振るう軽い剣の手応えも、声も、温もりも、まだはっきりと思い出せる。
「王宮騎士は最強なんだろ!? 何でだよ!? クローヴィス様と一緒にいたのに……あいつは王宮騎士になるのが夢だったのに!」
「クレスっ!」
パンッ!
「っ!?」
突如放たれたのは、ライムの平手打ちだった。驚いて彼女を見ると、じっと俺を睨んでいる。
「テイルにもそれを言うの?」
「…………」
平気な顔で俺達に笑いかけてくれるテイルは、王宮騎士だ。自分のいない間にミドールがこんな事態になって……自責の念は、きっと俺達以上に彼を蝕んでいる。彼を責めることなどできるはずがなかった。
「飲み込めって言うのかよ……」
「わかってるじゃない。ねぇ……部屋に戻って少し休む? 簡単なものなら私でも作れるわ」
気を遣ったのか、ライムがそっと俺を見上げた。
俺は首を横に振り、静かに息を吐いた。
「――俺だけ甘えるわけにはいかない」
言うと、ライムは少し無理をしたように微笑んで、小さく頷いた。