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Survival Project  作者: 真城 成斗
二・紅い舞踏会
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紅い舞踏会 12

「うわっ!」


 もしも反対側に避けていたら、今頃鼻に三つ目の穴が空いていたに違いない。俺にもなけなしの幸運が働いたらしい。


「ちょこまかと……」


 リダは苛立ったような呟きを漏らし、俺が叩き付けた剣の刃を銃身で弾いた。思わぬ力強さに後方へ押し返された次の瞬間、彼女の右足が青く光り輝いた。


「アイラ・セレスティ・リスタル・リダ――〈アイススピア〉!」


 呪文の詠唱が終わるなり、まるでサッカーボールでも蹴り飛ばすような勢いで、彼女の右足から巨大な氷柱――氷系統中位魔術〈アイススピア〉が放たれだ。こんな魔術をまともに喰らっては、一瞬で俺の命が爆砕してしまう。俺は大剣の刃で魔術を弾き返すことを見込んで、一気に踏み込んだ。


「――紅円舞(ガーネット・ワルツ)!」


 しかし刃の軌跡を容赦なく突き破ってきた衝撃と共に、ライムの悲鳴が上がった。


 ドズンッ!


 電撃のような灼熱と激痛が一瞬のうちに全身を駆け巡ったかと思うと、右肩に突き刺さった〈アイススピア〉が、損傷部の周辺組織を景気良く凍らせ始めた。


「ぐぁっ!」


 剣を取り落とし、床に倒れた俺の体が、意に反してビクビクと痙攣を始める。


「クレス!」


 駆け寄ってきたライムが、俺に突き刺さった氷の槍を躊躇いも無く握り、引き抜いてくれた。その拍子に、凍り付いた血液が鋭い刃のように傷口から伸びた。


「しっかりして!」


 涙声で叫ぶライム。俺は辛さを隠す為に、何か気の利いたことでも言おうと口を開いた。


「ゲロ臭いから、近くで叫ぶな。あと、鼻の下にゲロの残滓が付いてる」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? すぐに傷を塞がないと」


「おまえも消耗してるんだ、やめとけ。吐くくらいじゃ済まなくなるぞ」


 ライムは俺の右肩に手を翳したが、俺は軽く笑って見せた。彼女の掌は凍傷を負って赤く爛れている。魔導力の高いライムが魔術で傷を負うなんて、よほど疲弊しているに違いない。


「俺は大丈夫だから、おまえは自分の顔に付いたゲロをどうにかしてくれ」

とは言え、風穴を開けられた上にひどい凍傷を起こしている右肩から下は、当分使い物にならないだろう。もう剣を握ることすらできそうにない。


 そんな俺を、リダが冷たく見下ろした。


「テイルが戻ってきたら、腕を治してもらうといい。そのまま放置すると、凍った細胞が壊死して切断しなければならなくなるぞ」


 リダが言って、くるりと踵を返す。内心で勝手にしてくれとぼやいた俺の一方で、ライムはその背に制止を呼びかけた。


「待って! そんな体で特殊生体の包囲を突破できるわけない! 本当はクレスと戦うのだって辛いんでしょ!?」


 しかし、対する答えは突き付けられた銃口だった。


「死なないとわからないか?」


 リダは恐ろしく鋭い視線でライムを射抜いた。だがライムは怯むことなく、強い眼でそれを見つめ返す。そのやり取りで、寧ろ怯んだのはリダのようだった。銃口は静かに下ろされた。


「……人の心配より、自分の心配をするんだな」


 リダはそう言い残し、再び前を向いて真っ暗な道の奥へと溶けていった。しかし俺にもライムにも、立ち上がってそれを追いかける力は無い。


 俺は横たわったまま、深く、長く、息を吐いた。何か考えて思考を繋ぎ止めておかないと、気を失ってしまいそうだ。


「クレス、大丈夫?」


 傍らのライムが、ようやく鼻の下の吐瀉物を拭って尋ねてくる。俺は小さく頷いた。


「なぁ、ライム。どうしてリダ様は、俺達がクライス夫妻の子ども、っていうところに食い付いたんだろう?」


「さぁ。もしかしてテイルも私達のこと知ってたのかな」


 答えが出ない会話を交わし、俺はもう一度長い息を吐く。


「そういや……サンドワームを倒した時のクローヴィス様、格好良かったな」


 すると、ライムが「うん」と笑った。


「私のデート相手」


「ふざけんな。王宮騎士がおまえとデートなんて有り得ない」


 俺はそこから更に何か言おうと思ったが、ライムが疲れ切ったように目を閉じたので、やめた。


「おい、寝るな。会話する相手がいなくなったら、一人でひたすら痛みと戦わないといけなくなる――って、寝たのか」


 小さな寝息を立てているライムに、俺は苦笑を浮かべる。俺もいっそ眠ってしまいたいが、眠ったらそのまま永眠になりそうで怖い。


「……くそ。てか、足から魔術出すって初めて見たぞ。あいつ全身凶器かよ」


 小さくぼやき、全身を支配する痛みに苦鳴を漏らす。すると不意に、ぐらりと視界が揺れた。


「っ!?」


 出血多量による貧血症状かと思ったが、視界を白い霞が覆い、そうではないことを告げる。


 ――なぁ、ジン。魔導属性って何なんだ?


 ――何を唐突に。その人が持ってる、魔導力の属性のことだろ。属性によって、扱いやすい魔術とそうでない魔術があるんだ。それくらいは常識だろう。


 ――そういう意味じゃなくて。初めて会った時におまえが言ってたじゃないか。俺の守る力だって。


 ――あぁ、それか。魔導属性はね、少なからず性格に影響するんだ。行動や思考のパターンは、その人の魔導属性に準じたものになるんだよ。


 ――初めて聞いた。そうなるとジンの魔導属性は……。


 ――俺は水属性。全体的に大雑把なのかも。


 ――そんなことないよ。生命は水のあるところに集まるものだろ。ジンは優しいからピッタリだ。


 ――ありがとう。でも、そんなに大それた力は無いよ。占いみたいなものさ。前に言っただろ、気分次第って。


 ぼんやりと遠くに浮かんでいる俺の表情は、何だか楽しそうだった。ジンと知り合って少し経った頃。友人の存在が嬉しくて仕方無かった頃だ。


 一体、最近の俺はどうしてしまったのだろう。なぜこんなにも過去のことを思い出すのだ。しかも魔術に関係することばかり。魔導力の無い自分へのコンプレックスだろうか。いや、そんなものはとうの昔に克服したはずだ。魔術が駄目なら俺は剣で強くなると決めたはずだ。


「夢のせいか?」


 ――返事をして。貴方なんでしょう?


 崩れていく俺の肉体と、襲ってくる恐怖。


「あの女、一体誰なんだ……?」


 声に出して、自分の思考の存在を確認。しかし、今度こそ本当に頭がぼんやりとしてきた。痛みが全身で不協和音を奏でていて、まるで死期でも告げられているかのような気分だ。


 気を失ったら、果たして次の朝日を拝めるだろうか。そんな心配をしているうちに、俺の意識はいつの間にか暗闇に吸い込まれていた。


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