紅い舞踏会 11
「オエエエエッ」
だがその時ライムが一際大きくえづき、ハッと我に帰った。リダはそんな俺に構わず、赤い髪を血のように引き摺りながら、テイルの助けを借りて身を起こした。
「リダ、大丈夫ですか!?」
尋ねたテイルの眉間に、しかし次の瞬間、漆黒の銃口が突き付けられた。
「なっ……!?」
絶句して大きく目を見開いたテイル。一瞬にして張り詰めた空気に、俺は小さく息を呑む。
「ちょ、ちょっと待って。どういうことですか」
テイルが説明を求めるが、リダの眼は氷よりもずっと冷たいように思えた。いつ引き金を引いてもおかしくない。そうしながら、リダが口を開いた。
「……おまえはもうとっくに死んだと思ってた」
「勝手に人を死んだことにしないでください」
リダは銃口を下ろすと、俺達の方に視線を移した。
「彼らは?」
「ここに来る途中で保護しました。クレスとライムです」
「クレスとライム……? もしかして、クライス夫妻の!?」
不意に身を乗り出したリダは、しかし身体の傷が痛んだのか、顔を大きく歪めてテイルの胸に背中から倒れ込んだ。
「リダ、とりあえず傷を塞ぎますから、動かないでください」
「はっ、ぁ……。くそっ! アイラ・セレスティ・リスタル・リダ――〈フェアリーブレス〉っ!」
リダに手を翳そうとしたテイルを振り払い、リダは早口に呪文を唱えた。ひどく乱暴な治癒系統魔術が発動し、バキバキバキィッ、と凄まじい音が彼女の体から響く。苦鳴を漏らして身を捩ったリダに、テイルが怒ったように声を荒げる。
「リダ! そんな滅茶苦茶な治療をしたらっ!」
「黙れ!」
リダは鋭く言い放ち、強烈な視線で彼を睨んだ。破れた軍服の間から覗く肌には、辛うじて塞がっている程度の傷が残っていた。あのままにしておいたら、間違い無く醜い傷痕になるだろう。
「テイル、私とおまえ以外の王宮騎士は全滅した。王女は行方不明で、王は殺された」
「……は?」
不可解そのものを顔に浮かべて、テイルが眉を寄せる。俺も自らの耳を疑い、彼女を凝視した。
王宮騎士が全滅?
王女様が行方不明で、王様は死んだ?
そんな馬鹿な話、あって堪るものか。
「殺されたって……リダ、一体何があったんですか!?」
すると、リダはテイルの耳元に唇を寄せ、何かを囁いた。聞き取ろうとしたがライムがまた吐き始めたので、ほとんど聞こえなかった。
しかし俺達にとって――いや、ミドールにとって非常に良くない事態が起きているということは、見る間に青褪めたテイルの顔を見ずとも明らかだ。
「信じられないなら、上に行って見てくるといい。血の海があるだけだが」
最後にリダがそう言って、テイルは弾かれたように立ち上がり、階段へと向かう。途中思い出したように振り返って、俺達に言った。
「クレス、ライム。すぐに戻りますからここにいてください! リダもですよ!」
そして一気に階段を駆け上って行く。吐くのに必死なライムはともかく、残された俺は説明を求めてリダに視線を移した。だが、当然のように望む答えは与えられなかった。代わりに彼女はふらふらしながら壁伝いに立ち上がると、おぼつかない足取りで俺達が来た道の方へ歩き始めた。
「待って! そんな体でどこに行くんですか!?」
「王女を探しに行く」
振り向きもせずに彼女は言う。ライムが青褪めた顔をして、俺を見上げた。
「駄目。リダ様の魔導力、今の私と同じで、凄く不安定よ。どこに行くつもりか知らないけど、地下道の罠だけならともかく、サンドワームやヴァインドロセラの大軍を相手にはできないと思う。……止めないと」
「止めないと、って、どうやって?」
「説得して、駄目なら力ずく」
「力ずくって、相手は王宮騎士様で、しかも副団長様で、かの有名なリダ様だぞ!?」
「大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだよ……」
躊躇う俺の背を、ライムがリダの方へ突き飛ばす。ズルズルと身体を引き摺るように歩を進めている彼女は、「付いてくるな」と小さな声で唸る。
「リダ様、待ってください。そんな状態でこの状況じゃ、何をするにも無理があります。テイル様が戻るまで――」
「必要無い」
「地上には特殊生体が溢れています。歩くのもやっとの身体で、太刀打ちできるはずがありません」
「まだ傷の痛みが、体の感覚に馴染まないだけだ」
「痛みは普通、身体に馴染むものじゃないですよ」
「うるさい」
言うなり、リダは目にも止まらぬ速さで、俺の眉間に銃口を突き付けた。
「忠告しよう。私はおまえを殺すことに何の躊躇いも無い。邪魔をするな」
「え、と。落ち着いて話し合いましょう」
「おまえと話し合うことは無い」
両手を上げながら申し出たが、ピシャリと一蹴された。
俺は頭の中で、彼女との距離、及び俺が動いた時の彼女の反応速度を必死に計算する。
……魔術を駆使してくるようなら、恐らく瞬殺される。しかし先刻の様子を見る限り、魔術はそれほど展開できないだろう。
「ふぅっ!」
俺は頭の横に掲げた右手を更に奥へと伸ばし、一気に大剣を引き抜いて、振り下ろしつつ地面を蹴った。銃口が俺に向けられたのを見ながら、俺はそれを回避すべく跳躍。ガゥンッ、と鋭い音が下の方で響き、更に続いた火薬の破裂音に、俺の左腕に焼けるような痛みが走った。構わず、俺は振り下ろしていた剣を掬い上げるようにして身を半回転させる。背中を狙う銃弾は角度を調整した剣の腹で弾き、リダに撃ち返してやった。我ながら凄い芸当だ。
「ちっ!」
リダは舌打ちし、兆弾を回避する為に後方へ軽く跳躍した。その時既に肘を畳んで剣を引き寄せていた俺は、下方へ手首を返して剣を回転させた。巨大な重量が遠心力を生んで、リダを追撃にかかる。
リダは少し驚いたような表情を浮かべながら身を反らし、俺の一撃を回避。腰を捻りながら、体術での反撃に転じてきた。俺は右の死角から襲い掛かってきた蹴りを受け流し、近距離からの連続した発砲を、ほとんど勘で避けた。