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Survival Project  作者: 真城 成斗
二・紅い舞踏会
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紅い舞踏会 10

*   *   *


「ぜぇっ……はっ……」


「意味、わかんねっ……この通路、こんなんで利用価値あるのかよっ」


 膝に手を当てて肩で息をしながら文句を言うと、テイルが平然とした顔で笑った。


「お二人ともなかなかですね。ほぼ無傷で全ての罠を突破するとは思いませんでした」


「一体何なんだよ。あの矢の罠の後だって、落石に地雷に鉄砲水――しかも、あれだ……トラバサミがあっただろう。引っ掛かりこそしなかったけど、いくつかは作動した。落石も地雷もそうだけど、あれは正真正銘、一発限りの罠だ。壁と床が苔生した様子も無いからこの通路は割と頻繁に使われているんだろうけど、罠の類は俺達が通る前に誰かが仕掛けておいたとしか思えない。……何者なんだ、おまえは」


「まぁ、確かにこんな罠、納得できないでしょうけど」


 テイルは足を止めて、俺の方を振り返った。


「確かに落石も地雷もトラバサミも、本来であれば一発限りの罠です。ついでに言えば、壁から噴出する矢も。……でも、あれが魔術だと言ったら?」


「魔術?」


「精神系統高位魔術〈ファントム〉。これにかかった者は、術者の作り出す幻の世界に呑み込まれます。そうとわかっている僕ですら簡単に魔術にかかり、罠に嵌まれば傷を負う。悪ければ命を落とすことも有り得ます。だから僕は、先刻の矢の罠に含まれる致死性の毒に備え、解毒剤も用意しています。あの矢は幻ですが、傷も毒も喰らうんです」


「じゃぁこの地下通路は、言わば〈ファントム〉の力で満たされてるってことなのか? そんなの有り得ない。精神系統魔術が炎系統や氷系統とは比べ物にならないくらい高度な魔術だってことくらい、俺だって知ってる」


 するとテイルは首を横に振り、困ったように首を傾げた。


「信じられないだろうけど、それをやってのける人が確かにいるんです。魔術が解ければあの場はただのコンクリートで囲まれた空間ですが、魔術が効いている限り、僕ですら二度とその光景を見る事は出来ない。それくらい強力な術がかかっているんです」


「そんな馬鹿な……」


「魔術は術者の魔導力と想像力次第で、どうにでもなります。突き詰めれば、魔術に不可能なんて無いんでしょうね」


 そこまで言った時、テイルは突然ハッとしたように前方を振り返った。そしてそのまま、弾かれたように駆け出す。彼の背はあっという間に小さくなった。


「テイル!?」


 今まで罠を避けてきた時とは、比べ物にならない速さだ。彼の傍には〈ブライト〉の白い光があったので、辛うじて見失うことは無かった。しかしようやく追い付いたところで、俺とライムは思わず目を見開いた。


「うわっ!」


 テイルの声が聞こえたかと思うと、彼は突き当たりから倒れ込んできた何かに押し倒され、後方に転倒した。ゴンッと鈍い音がした。


「大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄ると、顔を歪めているテイルの上で、真っ黒な光に包まれた女性がぐったりとしていた。ボロボロになった蒼い軍服を着ている彼女は、どう見たって王宮騎士団の副団長、リダ・グースだ。彼女はどうやら、突き当たりにある上り階段から転落してきたらしい。


「リダ! しっかりしてください!」


 彼女を抱えて身を起こしたテイルは、恐らく魔術を使おうとしたのだろう。彼女の身体に右手を翳したが、バチンッと電気が弾けるような音がしたかと思うと、彼の指先に火傷のような爛れが広がった。


「っ!?」


「テイル、私がやる!」


 飛び出したライムが手を伸ばし、その申し出にテイルが目を見開く。そんな彼に、ライムはニッコリと笑って見せた。


「大丈夫。私、これでもすっごい魔導師の娘なのよ」


 そんなライムにテイルは一瞬何か言いたそうな様子を見せたが、すぐに小さく頷いた。


「お願いします」


「任せて。……ルルカ・ディーナ・バーナ・ライム――」


 ライムが呪文を唱えると、透き通った蒼い光が彼女の掌に集まり、まるでクリスタルのように輝き出した。魔力を感じられない俺ですら、彼女に膨大な量のエネルギーが集中していくのがわかった。これから彼女が展開しようとしているのは、間違いなくかなり難度の高い魔術だ。テイルもそれを感じたのか、小さく息を呑む。


 膨れ上がる魔力にライムの髪や衣服が揺れ、彼女を中心として、微かな風が暗い地下に吹き始める。


「――〈クリア〉!」


 澄んだ声がその言葉を告げた瞬間、掌の光が柔らかな風と共に辺りに広がって、リダの体に優しく降り注いだ。光はまるでオーロラのように、様々に色を変えながら輝いている。


 そのあまりの美しさに陶然としている俺の目の前で、リダの体に纏わり付いていた黒い光は徐々に勢いを失い、薄れて消えていく。テイルも口を半開きにして、地下の薄闇を照らす光を眺めていた。


 やがて黒い光が完全に消滅すると、リダが小さく呻き声を漏らした。同時に〈クリア〉の光と風がプツリと途絶え、ライムの体からガクンと力が抜けた。


「ライム!」


 倒れそうになったライムを慌てて支えてやると、彼女は小さな笑みを浮かべた。


「へへっ……あ~、駄目。魔導力使い過ぎて気持ち悪い」


「凄いやつってのはわかったけど、〈クリア〉って何なんだ?」


「精神系統の最高位。私にかかればこれくらい朝飯前――嘘ごめん。吐く」


「えっ!?」


 言った途端にクルッと後ろを向いて、ライムは豪快に吐き始めた。持っている魔導力以上の魔力を扱ったことで、身体に激しく負担がかかったのだろう。魔導力の使い過ぎによる嘔吐はよくある話だし、それで済むならまだいい方だ。


「おまえが精神系統最高位を使うなんて、夢にも思わなかった」


「私も使えると思わなかった。うえぇっ」


「そんな見切り発車で、あんなに自信満々だったのか」


「でも、多分完全に発動させられたわけじゃないの。効果は半端かもしれな――げぇぇっ」


「……いいから、喋るな」


 ライムの背中をさすってやりながらテイルの方を振り返ると、丁度、薄っすらと目を開けたリダと目が合った。テイルの上から動けずにいる彼女は、体のあちこちから血を流し、ぐったりとして呼吸もか細いようだった。だが彼女の美しい瞳は、それだけで俺を捕らえるには十分だった。


「うぁ……」


 体の芯がゾクゾクと震えるような、不思議な感覚。確かにリダは女神と見紛うばかりの美貌を持ち合わせていたが、瞳の力強さは彼女の美しさ故のものではない。何人も侵せない、研ぎ澄まされた輝きだ。――俺は息をするのも忘れて、彼女の真紅の双眸に魅入ってしまった。


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