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Survival Project  作者: 真城 成斗
二・紅い舞踏会
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紅い舞踏会 8

「ライム、逃げるぞ!」


 言うなり、俺はくるっと身を翻して脱兎の如く駆け出した。だが僅かも走らないうちに、俺達は前方に血の海を見た。


「っ!?」


 一体何が起きていると言うのか。街路にはヴァインドロセラやレッドウルフの死体が幾つかと、兵士や一般人だったと思われる肉片が散らばっていた。恐らく、町の外れに住まう人々を城へ避難させようとしていた一隊だったのだろう。肉片の断面は滑らかで、鋭利な刃物でバラバラに切り裂かれているように見えた。


 込み上げてきた胃の内容物を無理矢理収めて、視界の隅を掠めたヴァインドロセラの触手を剣で叩き落とし、血の海の先に退路を探す。しかしそこにもヴァインドロセラの群れがいた。横道があるようだが、崩れた民家で塞がっている。


「けほっ……クレス、掴まって! 飛ぶわよ!」


「あぁ、頼む! って、おまっ!? ゲロったな!?」


 差し出された手を反射的に掴むと、消化途中のリゾットらしき流動物が付着していた。文句を言っている場合では無いが、できれば吐瀉物の付いた手を平気で差し出さないで欲しい。せめて、鞭を持ち換えて綺麗な方の手を差し出してくれるとか。


「落としたらごめんね! ルルカ・ディーナ・バーナ・ライム――〈フライ〉っ!」


 ライムは恐ろしい前置きをして、風系統中位魔術〈フライ〉の呪文を唱えた。


「あれっ?」


 ……が、何も起こらない。


「〈フライ〉!」


 もう一度叫ぶが、体が宙に浮くどころか、魔力が集まる気配も無い。握り締めたライムの手が小刻みに震えており、明らかな動揺と恐怖が、彼女の表情に浮かんでいる。それは魔術が発動しなかったことによるものではなかった。


 ――この血の海で思い出したのか。


 俺の記憶からは消えてしまった、両親を失った時の真っ赤な色。


「ライム、逃げろ! すぐに追い付く!」


 俺は女王の守護者(セイヴザクイーン)を構え、俺達を取り囲むヴァインドロセラの群れの中に、一気に突っ込んだ。


「クレス、駄目!」


「くらえっ、紅円舞(ガーネット・ワルツ)っ!」


 前方のヴァインドロセラ達を一気に薙ぎ払い、触手の襲撃を掻い潜り、そのまま勢いに乗って回転攻撃を繰り出す。しかしそこで、信じられないことが起こった。


「えっ?」


 俺の斬撃の軌道上がレーザー光線のように光り輝いたかと思うと、次の瞬間、そのラインを起点として、凄まじい勢いの炎が炸裂したのだ。直撃を受けたヴァインドロセラは一瞬のうちに炭化して崩れ落ち、そうでない奴らは中途半端に炎を受けて暴れまわりながら、次々と他のヴァインドロセラ達に炎を移していく。その炎は俺の体の上も容赦無く舐め取っていったのだが、不思議なことに全く熱を感じなかった。


「魔導剣……ではないよな?」


 ジンがやったような魔導剣とは違い、単に刃の軌道を基点に〈フレイム〉が発動しただけのようだが、炎は俺には一切のダメージを与えることなく燃え盛っている。いや、俺ばかりでは無く、周りの可燃物に燃え移った気配も無い。ヴァインドロセラだけを的確に焼き払っている。


「うぐ……」


 だが、ひどい血の臭いの中で、限界だった。今度こそ俺は地面に膝をつき、盛大に嘔吐――


「っ!?」


 ――している最中に、突如一つ先にあるマンホールの蓋がガタガタと動き、そこからニュッと白い腕が生えてきた。


「よいしょ」


 出てきた手はマンホールの縁にかかって、続いて中から、そんな季節でもないというのに、黒いコートに身を包んだ黒髪の女性が這い出して来た。細身で背が高く、片口に届く髪は滑らかで、とても綺麗だ。マンホールから出てきたという奇行はともかく、後姿はかなりの美人だった。


 呆然として見ていると、彼女はマンホールの蓋を軽々と持ち上げて元の位置に戻し、パンパンと手をはたいた。そして、恐らく俺の視線に気付いたのだろう。こちらを振り返った。


「わ……」


 俺は思わず、声を漏らしていた。線の細い顔立ちに、穏やかで優しそうな黒い眼。少女のようにふっくらとした桜色の口唇には、暖かな笑みがとても似合いそうだ。肌は白く透明で、すらりとした指は細くて長い。


 彼女は俺と目が合うと、想像以上の美しさで微笑んだ。


「間に合って良かった」


 声は思いの外低い。中性的で柔らかな声だった。


 胸の高鳴りを飲み込んで、俺は尋ねた。


「さっきの炎、貴女が……?」


「えぇ。さぁ、行きますよ」


 彼女は俺に向かって走ってくると、ひょいっと右手で俺を抱え上げ、続いてライムを左手に抱き上げた。


「きゃっ!?」


「失礼。飛びます。――〈フライ〉!」


 途端に、地面から足が離れた。


 見た目からは想像もできないような荒業だが、高階級の協会員か軍人だろうか。


 体に触れる彼女の胸は、鍛えているせいなのかガッシリとして厚い。普段目にしているライムの胸は見ている限り何とも柔らかそうに思えたので、少し意外だった。……サイズの問題だろうか。


 彼女は軽やかに風に乗り、横道を塞いでいた民家を軽々と飛び越えた。


 そして俺とライムを抱えたまま、静かに地面へと降り立つ。彼女は俺達を地面に下ろすと、「こっちです!」と言って細い道を駆けていった。


「あ、待って!」


 慌てて後を追いかけると、彼女はまたもマンホールの蓋を軽々と持ち上げており、ちょうどそれを脇に置いたところだった。


「早く中へ!」


 地面にぽっかりと空いた暗闇に、俺は小さく息を呑む。こ、怖くなんて――


「クレス、暗くて怖いなんて言い出したら、後ろから蹴り落とすわよ」


 後ろから低い声で脅迫され、俺は思い切ってマンホールの中に飛び込んだ。じわじわと時間をかけないといけない梯子を使わなくとも、多少の高さなら着地できる自信はあった。


 ……だが、失敗だった。


「げっ!?」


 地上から差し込む陽光が照らす範囲に、地面が見当たらない。穴は予想以上に深く、一体どこまで続いているのか分からなかった。辺りはあっという間に暗くなり、風を切る音を耳に聞きながら、そろそろ着地の衝撃に耐えられるかどうか不安になってきた頃、奇妙な感触が足底に触れた。


「!?」


 じゅるるるるるるるるるるっ!


「――――――っ!?」


 にゅるにゅると体に纏わり付いてくる生温い感触は、落下の勢いもそのままに俺を覆い尽くして、咄嗟に塞ぎ切れなかった鼻の穴を通って、気管に雪崩れ込んできた。この感触は、まるでスライムだ。お化けに次いでドロドロした流動状の物が大嫌いな俺は、たった今脳天から爪先までを包んでいるそれに、泣いて暴れたくなった。


 全身に鳥肌を立てながら必死になってもがき、体が沈んでいくスピードに抗う。どっちが上だか知らないが、着地するつもりで落下して、その体勢が崩れていなかったのが幸いだったのだろう。しばらく必死でもがいて、ようやくスライムの外に顔を出すことに成功した。


「げぇっほっ! ぐぶっ、げぇぇっ!」


 盛大に咳き込んでスライムを吐き出し、もう二度と沈むまいと必死に立ち泳ぎしながらこの海から出る方法を探す。


「こっちです! ――〈ブライト〉!」


 すると黒髪の女性の声が聞こえ、前方に白い光が灯った。流動状の海の中を急いで泳ぎ、そちらへと向かう。


「はい、掴まってください」


 彼女は優しく微笑んで、俺に手を差し伸べてくれた。その繊細で美しい手に触れていいのか躊躇って、結局俺は辞退することにした。


「ありがとうございます。でも、汚れてしまいますから」


 大嫌いな液体の中で、全身に鳥肌を立てながらの笑み。……何とか成功。美女の為なら頑張れる。


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