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Survival Project  作者: 真城 成斗
二・紅い舞踏会
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紅い舞踏会 4

「あのね、クレス兄ちゃん」


 するとレットが遠慮勝ちな調子で口を開いた。


「どうした?」


 促すと、レットは少しの間躊躇ってから続けた。


「俺、夢があるんだ」


「どんな夢?」


 レットの眼は明らかにそれを言いたそうなのだが、恥ずかしいのだろう。彼は「笑わない?」と不安そうに俺を見上げた。もちろん、と大きく頷く。


「あのね……あのね、俺、王宮騎士になりたいんだ」


「王宮騎士? ……それはまた凄い夢だな」


 レットは誇らしげに胸を張り、そうしてから、照れ臭そうに鼻を掻いた。


「王宮騎士か……」


 俺達とは少し離れた場所でキャッチボールをしている親子がいるが、その子どもが、「将来は野球選手になるんだ!」と言うのとは、まるでワケが違う。王宮騎士になれるのは、軍にいる者のうち、たった七人だけだ。


「クレス兄ちゃん、リダ様を知ってる?」


「知らないわけないだろ」


 弱冠二十四歳という若さで、王宮騎士団の副団長として君臨しているリダ・グース。


 背に踊る深紅の髪に、凛とした紅玉の双眸、すらりとした鼻筋と、珊瑚色の口唇。全てのパーツが完璧な配置で収まった美貌の持ち主であるが、その力は男性兵士を遥かに凌ぎ、彼女の愛銃二丁は、半端者が撃てば腕が千切れるほどの威力を持つ。彼女の美しさと強さに、魅了されぬ者などいない。


 しかしその強さは、決して生来の才能に頼ったものではないらしい。リダは貴族の家系でも無ければ、魔導力も一般兵と同じくらいに低い。それでも彼女が王宮騎士団員に抜擢されたのは十六の時。優れた体術と銃術を操り、少ない魔導力で抜群の威力を発揮する魔術を扱う少女として、一躍世間を騒がせた。――一体何が彼女にその力を得るまでにさせたのだろう。俺には皆目見当も付かない。


「リダ様は初めて銃を持った時、見事に全弾外したんだって。それなのに今は百発百中でしょ。魔導力だって俺にもわかるくらい低いのに、最高位の魔術を展開できる。王宮騎士になるのに、特別である必要なんて無い。そうでしょ?」


「どうかな。人並み以上の努力ができるってのは、十分に特別だ。履き違えて無茶をすれば身体だって壊す。言うほど簡単じゃないぞ」


 言うと、レットは小さく頷いた。


「わかってる。でも、リダ様は俺の目標だよ。いつか俺が強くなったら、王宮騎士の空白の席には俺が座るんだ」


 王宮騎士の席は七つだが、現在その称号を冠しているのは六人だけだ。王宮騎士団長のエルアント。そして、副団長のリダ。燃える槍で全てを薙ぎ払うというクローヴィス。回復系統魔術に長け、死者をも蘇らせるのではと囁かれるユーグ。天女の如き美しい舞いの後、跡には屍の山が築かれるというテイル。変化系統魔術の使い手で、国民の誰も彼の本当の顔を知らないと噂されているフィラルディン。ちなみにフィラルディンに関しては、昨日のメディアに黒髪の女性の姿で登場したと思えば、今日は金髪の男性の姿になっていたりするので、そもそもフィラルディンなどという王宮騎士はいないのではないかとまで言われている。


 そして、現在は適任者不在の為、席の一つは空いたまま。以前は、前副団長であるセンジュがその席に座っていた。しかし彼は七年前、他国への遠征中に病に倒れ、そのまま息を引き取った。彼は異国の出身者で、立ちはだかるもの全てを刀で切り裂く力を持っていた。


「レット、おまえセンジュ様の席に座ろうってのか」


「うん。だから、クレス兄ちゃん。俺にもっと剣を教えてよ。紅円舞(ガーネット・ワルツ)はどうやるの?」


 レットが俺を見上げて、ニッコリと笑った時だった。


「やぁ、クレス」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはミドール王国軍の蒼い軍服に身を包んだ、金髪碧眼の青年が立っていた。頭の良さそうな黒縁眼鏡がよく似合っている。


「ゼロ……おはよう」


 素直な喜びと共に挨拶を交わすことはできなかったが、俺は至って自然に笑みを返すことができた。ゼロは低等学院生の頃、散々俺を馬鹿にして嫌がらせをしていた貴族野郎だが――まぁ、昔のような確執はもう無い。少なくとも俺には。


「さっき剣が燃えているのが見えたよ。さすが、エロウさんに魔術の指導を受けているだけあるね。あの人は一流の魔導師だ」


 彼はニッコリと微笑んで、レットと視線を合わせる。レットは俺をチラリと見上げた後、ゼロを警戒するように、僅かに後ろへ下がった。


「まぁ、ディーナさんのような超一流の魔導師が父親でも、伸びない奴は伸びないようだけど」


 ゼロが言っているのは多分、というか間違いなくライムのことだろう。魔術の呪文は、魔力を集めるきっかけとして唱える〝言葉の合図〟から始まり、魔術のイメージを作る元となる師の名前、術者の魔導属性、展開したい魔術の順に並んでいる。その為、展開される魔術の威力や状態は、術者自身の師が扱うものと近くなるのが一般的だ。


 魔導師として超一流である父親のディーナに師事しているのに、ライムの魔術は実にへっぽこ。呪文の中にディーナの名を出すのが恥ずかしいくらい。


 ゼロは俺に視線を戻し、小さく肩を竦める。


「ライムには才能があるはずなのに。おまえと一緒にいるせいで落ちこぼれが伝染ったんだろうな。どうせ城下町の閉鎖で外に出られないから、ここで暇を持て余しているんだろう?」


 失礼極まりないが、後半は事実な上に、こんな奴に言い返しても不毛なのはわかりきっている。真面目に相手をするだけ無駄というものだ。


「バレたか。でも、そう言うゼロは? 軍人様がこんなところで油売ってていいのかよ」


 ちょっぴりの嫌味を込めて尋ねると、ゼロは中指で眼鏡をクイッと上げた。


「万一城下に特殊生体が侵入した場合に備えて、各地に兵が派遣されている。この公園が俺の担当だ」


「へぇ。じゃぁ、もしここに特殊生体が現れたら、俺はレットと一緒に音速で逃げることにするよ」


「それがいい。落ちこぼれのクズが残っても、足手纏いだ」


 はっきり言われたのが、むしろ清々しい。気にせず「そうだな」と笑っていると、不意にレットが俺の服の裾をギュッと握り、怒声を上げた。


「クレス兄ちゃんとライム姉ちゃんに謝れ!」


「うぉ!?」


 びっくりしてレットを見ると、彼は怒りを露にした様子で、ゼロを睨んでいた。


「どうしたんだよ、レット」


 苦笑混じりにレットの頭を撫でると、彼は俺にも怒りを向けた。


「っていうか、クレス兄ちゃんは何で怒らないんだよ!? 滅茶苦茶馬鹿にされてるじゃんか!」


「まぁ、怒るな怒るな。いや悪いな、ゼロ」


 レットを宥めながら言うと、ゼロは完全に俺を見下した眼をして、薄く笑った。


「レット、こいつに剣の指南を仰いでも、王宮騎士には到底届かないぞ。もし本気なら、無駄に時間を過ごすのはおすすめしない。君にはかなりの素質があるようだし、望むなら面倒を見てもいい。事が落ち着いたら訪ねておいで。……それじゃ、クレス。もう行かないと」


「おぅ。頼りにしてるよ」


 顔を赤くして眉を吊り上げているレットの首根っこを捕まえて後ろに下げながら、俺はゼロにひらひらと手を振る。遠くなっていくゼロの背中にレットが何か言おうとするのを、口を塞いで止めた。


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