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Survival Project  作者: 真城 成斗
十一・暗い幻
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暗い幻 7

「今の……」


 彼女は呆然とした様子で呟くと、悲しそうな表情でテイルを見た。


「まさかこれも知っていたなんてこと、無いよな?」


 後半の声は、ひどく震えていていた。


「知らなかったって、言って」


「…………」


「テイル」


「…………」


「ねぇ」


 リダは縋るように言ったが、テイルは絞り出すような声で低く唸ると、黙って俯いた。


 リダは胸元にかけられた銀の指輪を握り締めると、「ごめん」と呟いて目を伏せた。テイルは機械の上で拳を握り締めたまま、吐き出すように言った。


「この映像、レイヴンの人身売買の件で、貴女が捕まった時のものですか?」


「そうだ」


「あの時、何も無かったって、言いましたよね……?」


「何も無かったと、思い込まされていたんだ」


「思い出したのはいつ?」


「……。レイグが死んだ時に私が自害しようとしたのは、そういうわけだ」


 リダの言葉に、テイルが身を強張らせたのがわかった。リダは続けた。


「男達に散々凌辱された後、現れたレイグの姿をおまえと見間違えて縋った。あの時助けてくれたのが本当におまえだったら、心を操られるなんてこともなかったかもしれない」


 愕然とした表情で唇を震わせたテイルに、リダは己を嗤うように口の端を上げた。


「あの男の言った通りだ。あんな風に穢されて、二度と好きな男に抱いてくれなんて言えないと――そうしてできた心の隙に、普通ではない負い目を持った男の姿を擦り込まれて、まんまと彼を愛した。我ながら浅ましくて反吐が出る。それを見透かされていたから、私は王宮騎士に選ばれたんだ」


「リダ! それは違う!」


 テイルは顔を上げ、首を横に振った。


「僕は……本当は何も知りませんでした。貴女がこんな目に遭っていたことも、混沌系統魔術のことも、僕が王宮騎士に選ばれた理由も。でも、リダはあの場であれ以上混沌系統魔術のことを黙っているわけにはいかなかっただろうし、なぜか僕に気兼ねしているのは態度でわかったので――知ってるって言ったんです。嘘ついてごめんなさい」


「…………」


「でも、僕とレイグのことに関する貴女の思いや記憶は――もう変えられない。変わることもないんです。レイグは貴女のことが本当に好きだった。殺してくれと言っておきながら……死にたくない、リダに逢いたいって、泣くくらいに」


 唇を噛んで瞳を震わせたリダに、テイルは優しく微笑んだ。


「嘘なんかじゃないんです、リダ。貴女がレイグを好きだった気持ちは、ちゃんと貴女の中に残っているでしょう? きっとそれは、魔術の効果ばかりじゃない。……レイグの想いも、リダの想いも本物です。彼が確かにいたという事実も」


「テイル……」


「彼は僕の親友で、貴女の恋人。その指輪に込められた彼の気持ちは、大切にするべきです。きっかけなんて関係無いんです。……でも、もし仮に貴女が最初の気持ちを思い出したとしても、それはそのまま思い出にしてください。僕はレイグほど貴女を愛せないから」


 リダは目を見開き、何か言葉を紡ごうとしたのか、少しだけ唇を動かした。しかしすぐにその唇を、小さな笑みの形に変えた。


「そうか……」


 呟いたリダが、果たして落胆したのか安堵したのか、俺にはわからなかった。ただ彼女の笑みはとても悲しそうだった。


 ――死にたくない。


 それはテイルにとって、重い鉄の枷のような言葉のはずだ。しかし彼の顔に浮かぶ微笑みはなぜか穏やかで、その枷の存在すら感じ取れなかった。


「クレス、ライム……悪かったな。変なところ見せて」


「え、あ、いや……」


 俺とライムは言葉を濁し、それ以上を何も言えなかった。リダは気を取り直すように大きく息を吐くと、「さて」といつも通りの口調で言って、肩を竦めた。


「他に何も無いようならさっさと先へ進みたいところだが――さっきの画像、続きを見ておいた方がいいかもな。あのお喋りな男の話を聞けば、もっと色々わかるかもしれない。私から情報提供できればいいんだが、生憎あの日のことはほとんど思い出せないんだ」


「それは――」


「別に気にしなくていい。でも見たくはないんだ。私は少し先の様子を見てくるから、何かわかったら教えてくれ」


 言いかけた俺を遮って、リダは再び部屋を出て行った。


「おい、リダ!」


 追いかけようとした俺の服を、ライムが掴んだ。「私が行く」と短く言い残し、代わりに彼女がリダを追いかけた。


 残された俺とテイルは、当然映像の続きなど見る気にはならなかった。テイルはリダの背を振り返る事も無く、黙って一点を見つめている。そこで初めて、彼の漆黒の瞳の奥に、怒涛のような怒りと憎しみの奔流があるのがわかった。しかしそれは空気を震わせることもなく、ただただ彼の内へ内へと秘められていくようで、しかも彼が俺の視線に気付くなり、瞳に浮かんでいた感情の渦も、スッと消え去ってしまった。


 こんな状況になって尚、心を殺すのがあまりにも上手すぎる。彼はずっと、そうやって生きてきたのだろうか……。


「テイル……よかったのか?」


「何がです?」


「さっきの……」


「あぁ」


 テイルは呟いて、やはり穏やかに言った。


「理由や経緯がどうあれ、僕はレイグがいたという過去を失いたくないんです。もしリダが自分を責めているなら、僕は何度でもそれを否定するつもりです」


「テイルがレイグのことを大切に思ってること、わかるよ。でもそうじゃなくて、テイルの気持ちはどうなるんだよ。おまえはリダの為に死んでもいいとまで思ってるんだろ」


「僕の気持ちですか」


 テイルは一度口を閉ざすと、ようやくリダが出て行った方を振り返った。しかし、まるで今まで追いかけていた姿を見失ったかのように、彼は目を伏せた。


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