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Survival Project  作者: 真城 成斗
十一・暗い幻
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暗い幻 6

 黒い台の上に手足を繋がれて長い睫毛を伏せっているのは、紛れもなくリダだった。間もなくその瞼が震えて、ゆっくりと赤い双眸が開いていく。


『ここは……』


 リダが小さく呟いて、それからぎょっとしたように目を見開いた。


『何っ……えっ!?』


 混乱したように辺りを見回す彼女の動きに合わせ、台座が軋みを上げる。すると彼女の頬を、太い男の指が無遠慮に掴んだ。


『まぁ、落ち着いて聞けよ。かわいそうに、あいつら、あんたのせいで死んだんだぞ』


 男の声がして、カメラがぐるりと反対側へ回った。そこには飛散した血の海と、四つの死体が転がっていた。


『せっかくあいつらが命懸けで魔術を展開したのに、あんたが容赦無く弾くから。四人も無駄死にしちまった。魔導力は人並み以下だと聞いていたが、よほど精神が太いんだろうな』


『……私に何をするつもりなんだ。これはどういうことだ』


 カメラがリダへ戻った時、彼女はすっかり落ち着きを取り戻していた。暴れもせずに、鋭い眼でこちらを睨み付けている。男は一瞬たじろいだような呻きを漏らしたが、リダが台の上から動けないことを思い出したのか、すぐに余裕を取り戻した口調で言った。


『あの死体はあそこにいる男の家族だ。いい魔導師の血筋だと思ったが、まさか無防備なはずのあんたに敵わないなんて』


 リダは男が示した先に視線を移し、目を見開いた。


『レスター!? どうして……しっかりしろ、レスター!』


 カメラが移動し、奥の壁際を映し出す。そこには光の無い目をして座り込んでいる青年の姿があった。


『あの一家じゃ、あいつが一番の魔導師だ。あいつならきっと、あんたの心をぶっ壊してくれる』


『ふざけるな! レスターに何をした!?』


『あんたがここに縛り付けられてるのは、あいつに薬を盛られたせいだ。だがあの男は、自分のせいであんたがボロ雑巾みたいになって殺される〈ナイトメア〉を見せられて狂っちまった。自分で罠に嵌めたクセにな。もうただの人形だよ』


『おい、少し喋りすぎだ』


 別の男の声がして、カメラに液体の入った注射器が映った。


『とっととやろう。もう待ちきれねぇよ』


『ったく、しょうがねぇな。……おい、ここからがお楽しみなんだ。ちゃんと撮っとけよ』


 画面に男の姿が入り、彼はリダの腕を押さえ付けた。


『何する……痛っ!?』


 注射器の針がリダの腕に突き刺さり、薬液が注入されていく。初めてリダの顔に恐怖が浮かび、彼女は瞳を震わせた。


『何をしたんだ……!?』


『心配しなくても死ぬようなものじゃない。あんただって、痛いよりキモチイイ方がいいだろう?』


 それを聞いた途端、リダの顔がさっと青ざめた。


『やっと何をされるかわかったか? あんたが素直に心を明け渡さないのが悪いんだ』


『私を辱めて、それでどうするんだ』


『そうだな……。どうせ忘れるんだ。教えてやるよ』


 注射器が投げ捨てられて、カランッと無機質な音を立てた。男の手がいたぶるようにリダの首筋に触れ、彼は楽しそうに言った。


『特殊生体にも関わらず、子を孕んだのは今のところ王妃だけだ。特殊生体の男が無理矢理人間の女を犯しても、今まで誰一人として孕まなかった。そこで立った仮説が二つ。一つは〈アダム〉によるもの。もう一つは、特殊生体である王妃が王との子を望んだこと。まぁ、本来生殖に関する本能を持たない特殊生体が子を産む条件が愛だなんて、そんな寒い話は無いと思うがな。

 だが、〈アダム〉で生まれたもう一人に手を出そうものなら、クライスの馬鹿共が噛み付いてくる。あいつらのせいで〈アダム〉の研究は滅茶苦茶だ。ガキを実験にかけようと口にしようものなら、ひっそりと抹殺されちまうんだ。犯人は間違いなくクライスなんだろうがな。あいつら、データこそそれらしいのを上げてくるが、本人を連れてきたことは一度もない。――そこまでされても、上はクライスを手元に置きたいらしい』


 途中から愚痴のようになった男の言葉に、リダは眉を寄せる。男は苛立ったようにリダの肌に爪を立て、彼女が痛みに顔を歪めると、満足したように鼻を鳴らした。するとその男に、他の声が咎めるように言った。


『おい、よせ! 万一記憶が残ったらどうするんだ!』


『残るわけないだろ。こんな目に遭って平常心でいられる女なんていない。精神に訴えかけるような難度の高い魔術だって、簡単に通るようになるさ』


『だが――』


『心配無い。こいつはこんな歳で王宮騎士に見合う実力を付けておきながら、ただの憧れだけでここまで駆け上ったんだ。どうして選ばれたのかはさて置いて、王宮騎士への夢と幻想で、こいつは化け物じみた戦闘力を身に付けた。その程度には、こいつは夢見る乙女なんだよ』


 男はリダの耳元に口を寄せると、下卑た笑いを浮かべた。滑らかな白い肌の上を、男の指がゆっくりと伝っていく。


『心配するな。あんたが孕むのは特殊生体の子で、俺達人間の子じゃない。しかも特殊生体の子を産む時は、多分そいつのことを愛してる。今回のことはちゃんと始末してやるから、おまえも楽しめ』


『嫌……やだ! やめろ!』


『そう怯えるなよ。どうせここでのことは忘れる。ただちょっと、あんたの甘酸っぱい恋心が、歪んだ愛憎劇に変わるだけさ』


 男がリダの上に覆い被さり、テイルはそこでガンッと大きな音を立てて機械を停止させた。ブツンと映像が途切れると同時に、テイルが勢い良く大穴の方を振り返った。


「リダ……!」


 そこには、自分で治したらしい左腕を押さえながら立ち竦んでいる、リダの姿があった。


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