暗い幻 5
* * *
「ところで、 ヴェネスとメロヴィスは? そもそもここはどこなんだ?」
「ここは特殊生体駆除協会の地下です。ヴェネスの〈ワープ〉で一度ミドール城に送ってもらって、移動してきました」
テイルは近くの機械を操作しながら答えた。モニターの画面には、よくわからない計算式や文章が表示されている。
「ヴェネス達も来てるの?」
「いえ、二人はジルバに残っています。あれから城内で十数人、無事に見つかった方々がいたんです。特殊生体もいるし、ヴェネスが彼らを見捨てるわけにはいかないと言って」
「そっか……無事ならよかった」
「ライムとクレスも、よく無事で戻りましたね。ライムがクレスの中に入った後、ライムの姿と紫色の紋様が消えてしまったんです。正直、僕は駄目だと思ってました」
「正直すぎよ」
怒ったように口を尖らせたライムにテイルは笑い、それから申し訳無さそうに首を横に振った。
「僕のせいで、安全な手段を取り上げてしまいましたから」
「王女様の魔力のことなら、本当に気にしないで。元々人間だったリダを元に戻すだけで使いきっちゃうような力じゃ、特殊生体のクレスをどうにかするには到底足りなかった。もしクレスの中に入らないまま王女様の力を使っていたとしても、失敗していたと思う」
「そうですか……」
「そんなことより、この場所のことが気になるんだけど――ここが協会の地下ってどういうこと? 地下にこんな場所があるなんて、私もクレスも聞いたことない。ミドール城からどうやってここに来たの?」
「駆除協会にフィラルディン――ジンと王女が来ていたのはクレスに聞いていますよね。それで、何か出てこないかと思って王女の部屋と王宮騎士全員の部屋を調べてみたんです。そうしたら、フィラルディンの部屋に堂々とこれが置いてありました」
テイルは折り畳まれている古びた紙を取り出すと、手近の台の上に広げた。
「ん……? あ、これ! 俺も見た!」
それはジンの部屋の机の上に広げてあった、不可解な図形の書かれた紙面だった。
テイルは更に、折り畳まれた別の紙を取り出した。それを広げて、古びた紙の上に重ねる。
「で、これを透かすと」
テイルが紙を持ち上げて光に翳すと、下の図面と上の図面の一部がピッタリ重なっていることがわかった。
「この上の図面って……?」
「ミドールの地下道の地図ですよ」
首を傾げたライムに、テイルが答えた。
「それで、ここだけ道が重なっていないんです」
テイルは図面の左端の方を示した。上の図面では行き止まりだが、下の図面には階段のようなものが描かれている。
「この位置に行ってみたら、隠し扉と階段があったんです。ただ、階段を下りた先はこの地図の通りにはなっていないみたいですね。あくまでも、隠し階段の位置を示す為だけのもののようです」
「どうしてジンがそんな地図を持ってるんだ?」
「恐らく彼が王女と行動していたことに関係があるのだと思いますが、今となってはわかりません。ただもしかしたらフィラルディンは、クレスに攻撃を仕掛ける前から、クレスに手掛かりを残すつもりでいたのかもしれませんね」
機械を操作する手を止めて、テイルが言った。俺は思わず拳を握り締め、視線を落とした。そこにはイミテーターの白い肉片が散らばっていて――その肉片の一つ一つが、突如物凄い速さで一箇所に集まり始めた。
「テイル!」
「下がって!」
テイルはすぐに俺達を庇うように後ろへ下げると、鋼糸を構えた。再び人型を取り戻したイミテーターは、しかし攻撃を仕掛けてくることはなく、床に座り込んでいる。
「……――だから、おまえはツメが甘いんだよ。本当に」
窪んでいるだけの口元が動き、イミテーターが呆れたように呟いた。蝋を流したように白いだけだったその横顔には、赤銅色の髪をした青年の苦笑が浮かび上がった。テイルも含め、俺達は大きく目を見開いた。
「センジュ!?」
「テイル、せっかくだから一つ忠告してやろう」
センジュは言ったが、すぐに顔を歪めると、ドロドロとした白い手で額を押さえた。
「くそっ……頭痛イ……」
センジュは低く呻き、困ったように笑った。テイルがセンジュの肩を掴み、首を横に振る。
「しっかりしてください! センジュ!」
「いい。私はもう持たない。リィナの傍で彼女を抑えることができないかと考えたが、結局何の役にも立たなかった。……それより」
センジュは額から手を離すと、長い息を吐いた。
「生きて先に進む覚悟があるなら、あの機械の下に、今までおまえだけが何も知らなかった理由がある。だがこれまで通り影として生きていきたいなら、絶対に見るな。悪戯にリダを傷付けるだけだ」
「機械の下?」
怪訝そうに眉を寄せたテイルに、センジュは頷いた。
「あぁ。特殊生体に支配された私が、ヘルの鏡に映るであろうその光景をおまえに見せ付けて、おまえの心をぶち壊そうと目論んだ程度には、強烈だ。まぁ、おまえ達はその鏡には気付かなかったようだけどな」
「……。リダをあんな姿にしたのは、やはり貴方でしたか」
テイルの眼がたちまち冷たくなり、漆黒の双眸に青の炎が灯る。その視線を受けて、センジュはなぜか小さく微笑んだ。
「そうだ、忘れるな。おまえはあいつの為にそんな眼ができるくらい、彼女を想っているんだ。彼女を闇から引き揚げてやれ。おまえ自身も、怖いんだろうけど」
「…………」
「特殊生体の私の目論見など、甘いにもほどがあると笑い飛ばしてくれ。……そうじゃなきゃ、困る」
センジュは静かにそう言った後、何かを堪えるように低く呻いた。
「時間切れだな。まぁ、何だ……死ぬナ。……あト、イミテーターは……粉々にシテ燃ヤさないト、何度でモ蘇るぞ……」
センジュはニヤリと笑った。しかしそうしてすぐに、怯えたように目を閉じた。
「あァ、クソ。結構怖イじゃないカ……」
ドォンッ!
突如強烈な炎と爆音が炸裂し、センジュの身体が勢い良く弾け飛び、辺りに散った肉片が炎を上げて燃え始めた。
「センジュ!」
テイルは叫んだが、炎はあっと言う間に白い肉片を燃やし尽くすと、静かに鎮火していった。
「こんなのって……」
強張った表情で燃え尽きた灰を見つめながら、ライムが唇を噛んだ。彼女の身体は、僅かに震えていた。
テイルは黙って機械の下を覗き込むと、手を伸ばして奥の方から何かを取り出した。安っぽいプラケースに入ったディスクのようだった。
「最期に『怖い』だなんて、反則ですよ……」
テイルは掠れた声で呟くと、機械の中にディスクをセットした。機械を操作しかけた手をピタリと止めて、既に灰となったセンジュを振り返る。
「生きて先に進む為の覚悟……」
テイルは深く息を吐くと、機械に向き直り、手元のボタンを押した。鈍い音を立ててディスクが回転し始め、モニターの一つに、枷に繋がれた白い素足が映し出された。
「!?」
カメラは舐めるような動きでねっとりと上へと移動し、美しい女の裸体を嬲るように映していった。すらりと伸びた脚に、引き締まった腰回り、形の良い豊かな胸元――俺は思わず惹き付けられ、息を飲んだ。しかし肩や首筋を彩る赤い髪が映った直後、覚えのある顔立ちに、俺は顔を歪めた。
「何だ……これ……」




