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Survival Project  作者: 真城 成斗
十一・暗い幻
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暗い幻 1

【 十一・暗い幻】



 直後に起こったそれは、さすがに予想外だった。


「うぅわぁぁああああああああああああっ!?」


 妙な声が頭上から聞こえたかと思うと、悲鳴を上げながらライムが落ちてきた。


「えっ!?」


「おわっ、どいてぇっ!?」


 一体どういうわけなのか、落ちてくるライムは純白のドレス姿だった。大きく広がったドレスの裾を盛大に引っ繰り返しながら、パンツ丸見えで迫ってくる。


「うわっ!?」


 バフンッと大きな音がして、水飛沫の如くカラフルな花びらが辺りに舞い上がる。彼女の落下地点にはディーナとアルテナが立っていたはずなのだが、二人の姿はどこにもなく、かと言ってライムとの衝突事故が起こった様子も無い。ライムはポカンと口を開けたまま目を白黒させ、花畑の中に座り込んでいた。


「おい、大丈夫か!?」


 駆け寄ると、ライムは驚いたように目を見開いた。


「クレス!?」


「怪我は……無いみたいだな」


 不思議なことに、塔での戦闘時に負っていたはずの傷すらも、ライムの体からは綺麗さっぱり消えているようだった。


「何なの、この格好」


 ライムは怪訝そうな顔で俺を見た。そんな彼女の輪郭を透かしている白いヴェールが、緩やかな風にふわふわと揺れている。花嫁のような白いドレス姿はあまりにも非日常的で、そして驚くほど彼女に似合っていた。ヴェールを透かした彼女の耳では、雫の形をした真っ赤なピアスが揺れている。本当なら花嫁に付けるアクセサリーは真珠なのかもしれないが、かえってその真紅の色が、彼女の愛らしさを引き立てていた。


「ライム……」


 ライムの深い色をした蒼の眼が自分を見ているのだと思えば、途端に頬が熱くなった。ライムのパンツなんてすっかり見慣れて無反応だったが、これは反則だ。


「ここがホントにホントの、塔の天辺?」


 ライムは俺をじっと見つめながら、僅かに首を傾げた。だが、俺はもう彼女を直視していることなどできなかった。魚のように泳ぎまくっている視線を、どこに落ち着けていいのかわからない。


「えぇと、うん、多分な」


「まさかのお花畑……」


「うん……」


 辛うじてそれだけ答えた後、不意にプツッと自分の中で何かが切れたような気がした。いや、ここはそもそも〝自分の中〟なのだから、この表現はおかしいのだけれども。


「――っ!」


 手を伸ばし、肩を掴み、引き寄せて、腕の中へ閉じ込めた。


「うへっ!?」


 俺の行動に驚いたのか、全く雰囲気の無い珍妙な声を漏らして、ライムが固まった。


「すげぇ綺麗だ……」


 彼女が傍にいることが、俺にとって当たり前のことだった。


 痛いほどに高鳴る鼓動も、熱に浮かされたように火照る体も、切ないほどの胸の疼きも。


 息をする度に痛いような苦しいような感覚さえするのに、どうして俺は、これまでそれに気付いていなかったのだろう。


「ライム……」


 目眩がしそうな程に甘くて魅力的な香りが鼻先をくすぐる。彼女を抱き寄せた両腕に堪らず力を込めたら、ライムが小さな声を漏らして身動ぎした。


「クレス……苦しい」


 言われて、俺は少しだけ腕を緩めた。ライムはそれきり何も言わず、そっと体の力を抜いた。


「ごめん、おまえには無茶苦茶させてばかりだ」


「クレスのせいじゃない。あんなの、誰だっておかしくなる」


 ライムは呟き、俺の背中に両手を回した。


「ねぇ、キスしたい」


「は? ……突然何言ってんだ」


「心の世界で私にこんな格好させて、衝動的に抱き付いちゃったくせに。いい加減に諦めなさい。あんたは私が好きなのよ」


「うわ、引く。それ自分で言っちゃいますか」


 呆れて言うと、ライムはおかしそうに笑った。身を離した時に見えた笑顔が憎らしくて、俺はそれを一瞬だけ視界に収めた後、噛み付くように彼女の唇を奪い取った。


「っ!?」


 さすがに驚いたらしく、ライムの体がビクッと震えた。唇を離すと、ライムの顔は面白いくらい真っ赤だった。文句でも言おうとしたのだろうが、ライムが開きかけた口をもう一度塞いで、柔らかな感触を堪能。俺はこんなキャラじゃないのに、一体どうしたというのだ――今はずっと、こうしていたい。


 蠱惑的なまでの唇の甘さに浸っていると、ライムが小さく声を漏らし、耐え切れなくなったように俺の胸を拳で叩いた。俺が苦笑とともにライムを解放すると、彼女は真っ赤になった顔を両手で隠しながら俯いてしまった。今まで彼女の方がよっぽど積極的だったのに、自分がされるのは恥ずかしいらしい。


 俺は彼女の両肩に触れ、我ながら遅すぎる願いを口にした。


「やっぱり俺、おまえに忘れられるのは嫌だ。まだ、ずっと一緒に生きていたい」


「……クレス、遅い」


「悪かったよ。……おまえは最初から、ずっとそう言ってくれてたのに。ごめん」


「……うん」


 ライムは頷き、伏せたままの顔から両手を離すと、それを俺の背中に回した。俺の胸に頭を埋め、強い力で俺を抱き締める。俺は両腕で彼女を閉じ込めて、尋ねた。


「もう十分大変な思いさせてるけど、まだ頼ってもいいか?」


 腕の中で、ライムは小さく頷く。


「でも、それでおまえを失うのは嫌なんだ。……絶対に大丈夫なんだよな?」


 更に問いかけると、ライムは俺の胸から顔を上げ、自信に満ちた瞳で大きく頷いた。


「大丈夫。きっとこれが助けてくれるから」


 そう言って、ライムは自分の耳にそっと触れた。


「母さんが遺してくれたの。エルアント様に預けていたんですって。それをクローヴィス様から受け取ったの」


「エルアントって……王宮騎士団の?」


 ライムは頷くと、悪戯っぽく笑った。


「ほら、覚えてる? あんたも気にしてたんでしょ。あんたとジンが協会に行った日、私がデートした相手。クローヴィス様だって言ったのに、信じないんだもの」


「えっ、だってあれ、詮索するなと言わんばかりに包丁投げ付けてきたじゃないか。その後で相手はクローヴィス様だったって言われても、冗談としか思えないって。大体、それなら何で包丁投げたんだ」


「ちょっと苛々してたのよ」


「そんな理由で俺は殺されかけたのか!?」


「どうせ当たらないんだからいいでしょ」


 ライムは開き直った態度でフンと鼻を鳴らす。外見は見惚れるほど愛らしい花嫁姿なのに、中身は暴君乳ゴリラのままだ。


 憮然としている俺に、ライムは言った。


「必要になった時に渡すよう頼まれてたって。何の為にとかそういうのは言われなかったんだけど、渡された時に『君の両親を殺したのは本当に特殊生体だったか』なんて言うから」


 その言葉に、俺は思わず黙り込んだ。事故のようなものだったとはいえ、ライムの両親の命を奪ったのが彼女ではなく俺だったらと、それは今でも思う。


「きっと父さんと母さんが守ってくれる。だから大丈夫。クレスを苦しめるものなんて、全部私が打ち払う」


「ライム……」


「特殊生体化した肉体を元に戻す条件の目星も、ちゃんと付いてる。父さんと母さんにできたんだもの。私にもできるに決まってるわ」


 ライムは俺から身を離すと、白いドレスの裾を打ち払い、深く息を吐いた。


「約束よ、絶対に二人で前に進むの」


 そう言って、ライムはそっと目を閉じた。彼女の中には、今どんなイメージが描かれているのだろう。俺は広がる花畑をぐるりと見渡し、ライムに倣って静かに目を閉じた。


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