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Survival Project  作者: 真城 成斗
十・林檎と剣
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林檎と剣 11

 パリパリと乾いた音がして、部屋の入り口に鉄錆が浮かび出す。ライムは眉間に皺を寄せて、鞭を構えた。


「俺も自分の体欲しいんだよね」


 アルベルトはニッコリと満面の笑みを浮かべた。目元に口元に、溢れんばかりの邪気を纏っているような笑みだった。彼が更に足を踏み出すと、途端に赤黒い鉄錆が部屋中を覆い尽くした。


「っ!」


 一瞬にして様相を変えた室内に、ライムは僅かに頬を引き攣らせた。


「こいつが持ってる魔導力も悪くないんだけど……使えば使うほど身体がボロになるのは頂けないし、防御系統より混沌系統の方が俺としては嬉しいんだよね。だからヴェネスが欲しいんだけど、まずは俺自身がこの身体の主人にならないとどうしようもない」


 アルベルトはそう言って、腰の剣を引き抜いた。


「でも、君がいるとこいつもしつこいんだ。こいつの強情さには、思わず拍手したくなっちゃうよ。――まぁ、でもこいつの持ってる銀の鎖の数だって、とうとう指で数えるほどだ。君を追い出すより、このままクレスの中に飲み込んで、一緒に消しちゃうのが良さそうだ」


 満面の笑みを崩さないアルベルトに、ライムは身を強張らせながらも強気な笑みを返す。


「あら、銀の鎖は本当のクレスのものなのね。それじゃぁやっぱり、クレスはしぶとく頑張ってるってことじゃない」


 言いながら、ライムは手にした鞭を思いきり振るった。しかしそれがアルベルトに届く前に、ライムの首に黒い影が絡み付いた。喉から掠れた苦鳴が漏れ、彼女はそのまま床に引き倒される。途端に無数の影が床から這い出し、倒れた彼女をその場に押さえ付けた。目を見開いたライムの顔の脇に、銀色の刃が落ちてくる。


「言っておくけど、ここは心の中だから首かっ切られても死なないとか、そういうのは無いからね。魔導力が十分に稼働している今の状態なら、君は死んでも問題無い」


「どういうこと?」


「前に君がクレスに殺されかけた時、助けたのは俺だよ。あの時の君は、まだリィナに明け渡せるような状態じゃなかったからね」


「そうなの。……ところであんた、リィナと一緒でお喋りが好きね。おかげでかなりの威力で展開できそうよ」


 ボソッと呟いて、ライムはニヤッと口の端を吊り上げた。途端にライムの全身が青く光り輝き、今度はアルベルトが目を見開く。


「――〈アイススピア〉!」


 バシュゥッ!


 針鼠のように彼女の全身から放たれた氷の刃が、ライムを押さえ付けていた影を次々と貫いた。アルベルトは近距離から鋭い氷柱で胸を刺され、勢いよく吹き飛ぶ。


 そして不思議なことに、その時なぜか、一気に俺自身の感覚が戻って来た。体の中枢から指の先まで確かな力が巡り行き、今まで感じなかった鼓動と呼吸が蘇る。目の前に真っ暗な視界があり、その先にライムの姿があるのがわかる。そうかと思うと、まるで第三者からの視点で見るかのように、ライムの姿が遠のいた。 


 ライムは影を振り払って跳び起きたが、その拍子に天井から落ちてきた血の滴に気付き、「ヤバッ」と顔を歪めた。


「私がここで魔術使うと、クレスの中にある魔力を消費するってわけか。私がクレスの特殊生体化進めてどうするのよ」


 そんな言葉を最後に、ライムの声が途切れた。


「――ライム!」


 そう叫んで目を覚ますと、視界一杯に色とりどりの花が咲き乱れていた。驚いて身を起こしてみると、辺り一面にどこまでも続く花畑が広がっている。空は真っ暗で、周囲の明るさの割に、太陽も星も見えない。


「目が覚めた?」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、花畑の中に銀髪蒼眼の男と、水色の髪に碧眼の女が立っていた。


 男の眼と女の髪は、ライムのものと全く同じ色だ。


「義父さん……義母さん……?」


 呆然と呟いて、俺は二人を凝視する。彼らは六年前と同じ姿で、穏やかに微笑んだ。


「随分と好き勝手やられたな」


 ディーナは真っ黒な空を見上げて言った。


「えっ……あぁ、リィナの干渉のこと?」


「あら、何だか他人事みたい」


 アルテナは困ったようにクスクスと笑う。他人事のつもりは無いのだが、そもそも全てが理解の範疇を越えていて、俺の頭と感覚では処理しきれていない。


「どうして義父さん達がここに?」


「むしろクレスはどうしてここに?」


 質問に質問で返されて、俺は答えに詰まる。そうだ、どうして俺はこんなところにいるんだ。


「ジルバ城でリィナと話したところまでは覚えてるか?」


「あぁ。リィナに迫られて、確かその後――自分っていう感覚が無くなった」


 言うと、ディーナは小さく頷いた。


「ライムに感謝しろよ。あの子がいなかったら、おまえは消え行くしかなかった」


「どういうことだ?」


 眉を寄せると、アルテナが言った。


「ライムを通して、自分でも見ていたでしょう? 自分の心の中――貴方を創り出す為の色々な材料」


「…………」


 ライムの赤いリボン、テイルやリダ、メロヴィスとヴェネス、ジン、義両親のこと――。血と錆に塗れたあの暗い光景が、俺だと言うのか。心の隅や夢の中でふと考えたことくらいあったかもしれないが、それが俺だと言われるのは納得しかねる。


 黙っていると、アルテナは優しく微笑んだ。


「大丈夫、あれは本来の貴方じゃない。あのアルベルトだって、本当は貴方の影に過ぎないわ。貴方が自分の中にアルベルトがいるかもしれないって疑った心が生み出した幻よ」


「でも、俺はアルベルトの記憶を持ってる……」


「昔クレスを生き返らせた時に、魔術の元になったアルベルトの欠片が貴方の中に溶け込んだのね。……混乱してしまうのも仕方ないわ。その記憶と貴方の心が、今のアルベルトを生んでしまった」


 アルテナは言うが、心の闇だの影だのというような話は、どうも苦手だ。


「……ライムに忘れて欲しいんだろう?」


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