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Survival Project  作者: 真城 成斗
一・外れた鍵
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外れた鍵 11

「クレス、引き返そう」


 ジンは言ったが、俺は首を横に振った。頭を過ぎったのは、ディーナとアルテナの死だった。最近の特殊生体の異常な動向を見れば、俺達を守ってくれるはずの王宮騎士団は、早急にここに来なければならないはずなのだ。それなのに何か手が打たれているどころか、既にこんな形で死者が出ている。


「クレス聞いて。これは尋常じゃない。国に戻って、王宮騎士に伝えよう。俺達でどうこうできる問題じゃなさそうだ」


「王宮騎士は助けてくれない」


「まさか。助けてくれるさ。クレスだってそう言っていたじゃないか」


「俺が事態を楽観視していたのは、王宮騎士がとっくに動いてると思ってたからだ。大陸一の王宮騎士が! でも何だよこれ。フローラが死んでる! あの時と同じだ! 遅すぎる! 失ってからじゃ遅いんだよ! まだ誰か生きてるかもしれないじゃないか!」


 ジンに食ってかかると、彼は僅かに目を見開いた後、小さく溜め息を吐いた。


「そうだね……。でも俺が危ないと判断したら、すぐに引き返す。いいね?」


「わかってる」


 俺は頷いて、辺りを見回した。すっかり影を潜めてしまった太陽の代わりに、月明かりが薄闇の中に差し込んでいる。


「まずはどこから行こうか」


 エントランスから通じる道は二本。出入り口の扉と、上階か地下階へ向かう階段。上階は食堂や休憩所、事務施設。地下階は協会員向けの訓練所。


 だが、どこへ行くにも、俺達の前には壁が立ちはだかった。


「ジン、駄目だ。防護壁が下りてて先に進めない。そっちは?」


「地下も駄目みたい。こっちも防護壁が下りてる」


 階段を塞いでいる巨大な防護壁は、非常事態に協会の建物自体をシェルターとして機能させる際に用いられる。本来ならば防護壁のこちら側と向こう側のどちらにも操作パネルが付いていて、自由に開閉することができる。だが操作パネルには電力が通っておらず、扉を開くことができない。解除するには管理室でブレーカーを調整する必要がありそうだ。


「まずは防護壁を上げないとどうにもならないな」


「でも、この状況でどうやって管理室に行くんだ?」


 首を傾げると、ジンは受付カウンターの上に飛び乗り、天井を手で軽く押し上げた。するとパネル状に嵌めこまれていた天井の一部が外れ、そこには成人男性一人が楽に通れるくらいの穴があらわれた。


「こういう時のために、抜け道がいくつかあるんだ。中に特殊生体がいないとは限らないけど。ひとまず俺がここを抜けて、様子を見てくるよ」


「二手に別れるってことか?」


 さすがにそれは怖い。不安になっていると、ジンがカウンターから飛び降りて、「心配しないで」と俺の肩を叩いた。


「クレスはここで待ってて。少なくとも防護壁が上がるまでは、ここに強い特殊生体が現れる確率は低いはずだ。この通路を二人で通るには狭すぎるし、何かあればすぐに駆け付けるから」


 ジンは言って、カウンターにあるコンピューターのところに置いてあったヘッドセットとマイク、それに懐中電灯を俺に差し出した。


「あ、そうだ」


 ジンはコンピューターを操作し、俺を手招きした。促されるままに画面を覗くと、図面のような画像が表示されていた。


「何これ?」


「抜け道を含めた協会内の地図だよ。エントランスがここで、管理室はここ。そんなに遠くないから、もし何かあったらすぐに呼んで」


「わかった」


 俺が頷くと、ジンは再度カウンターの上に上がって、天井裏へ軽々と身体を引き上げた。


「ジン、気を付けて」


「クレスもね。くれぐれも入口の扉を閉めちゃ駄目だよ。非常電源こそ動いてるけど、もしかしたら何かの拍子にロックがかかるかもしれない」


「それは嫌過ぎる。気を付けるよ」


「危ないと思ったらすぐに外へ逃げるんだよ」


「わかってる。心配するな」


 心配そうなジンに苦笑して、俺はひらひらと手を振った。


「じゃぁ、またあとで」


 言い残し、ジンの姿は遠ざかって行った。


 残された俺はぐるりと辺りを見回し、改めて暗闇の深さに気が付いた。


 俺はお化けや暗闇が苦手だ。


「……超怖ぇー」


 ぼそっと呟き、俺は弱々しい光を放つ懐中電灯を固く握り締めた。


 しかし、その時だった。


「ぐっ……?」


 薄暗い景色が大きく歪み、意識が奥底へ引き摺り込まれるような感覚に襲われた。思わずその場に膝を付いた俺は、転がり落ちた懐中電灯が床で弾ける音を、遠いどこかで聞いた。


 ――アルテナ、俺達は二度、神に逆らった。


 駆除協会の景色がかき消され、俺が次に見たのは、薄暗い空間だった。床には縦横無尽にコードが走り、あちこちで小さな光が点滅している。そこでは、奇妙な人間大のカプセルが緑色に輝いていた。


 そのカプセルの前に立つ男女は、俺の見知った二人。義父のディーナと、義母のアルテナだ。


 ――私達の行いを赦さないのは、神だけじゃないわ。……でもね、代償を怖いとは思わないの。報復が来るなら、戦うまでよ。


 そう言ったアルテナに、ディーナは口の端を上げて笑う。その容貌は、俺が最後に彼を見た時よりも、少しだけ若いように思えた。


 ――ねぇ……ディーナ。成功したんでしょう?


 念を押すように尋ねたアルテナの耳で、雫の形をした紅いピアスが辺りの光を反射して輝く。ディーナは頷いた。


 ――あぁ。あとはこいつが暴走しないことを願うばかりだ。


 ――仮にそうなったとしても、策はあるわ。大丈夫よ。


 ――上手くいく保証は無い。


 ――上手くいったわ。少なくともここまではね。きっと大丈夫。


 ――どっからその自信が湧いてくるんだか。


 ディーナはカプセルの蓋に両手をかけ、ゆっくりとそれを開いた。濁った緑色の光に包まれてそこに横たわっていたのは、全身を血で汚している少年の俺だった。


 ――さぁ、クレス。家に帰ろう。


 ディーナは、どうやら気を失っているらしい俺を抱き上げ――そこで映像は途切れた。


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