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Survival Project  作者: 真城 成斗
十・林檎と剣
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林檎と剣 7

「うわっぷ!」


 黒い灰の積もった地面の上を滑り、鉄錆の臭いのする赤い水溜まりに突っ込む。


「げぇ。これ血だ……」


 髪から滴り落ちてくるヌルリとした感触に顔を顰めながら、ライムは擦り剥いた肘をさする。身を起こして四角い部屋の方を見ると、銀色の鎖が建物全体を雁字搦めにしていた。異様な光景に違いは無かったが、絡み付いた鎖は白銀の輝きを放っており、不思議と嫌な感じはしなかった。


「これって、きっとクレスの心の中にある何かを変えたことになるのよね……。単にクレスの中を荒らしてるだけだったらどうしよう」


 鎖の巻き付いた四角い建物を見ながら、ライムは考え込むように眉を寄せた。


「まぁ、その時はその時か」


 しかしすぐにそう言って立ち上がると、服に付いた汚れを軽く払って、特に目的の場所がある様子でもなく歩き出す。しばらく進むと、傾いた塔の壁に寄りかかって座り込んでいる少年の影を見つけた。その影はライムが近付いてくるのに気付いているようだが、特に反応を示そうとしない。


 その影は誰の姿を取っているのかよくわからなかったが、ミドールの自宅でトイレの中に消えていった影に似ていた。更に近付いてみると、影が寄りかかっている塔の壁面には、小さな絵が描かれていた。青白い氷の結晶を纏った赤い髪の美女と、銀色の雨の中で穏やかに微笑む黒髪の――美女。


「クレス……あいつ」


 ライムは呆れた顔で溜め息を吐いた。赤い髪の方はリダで、黒い髪の方はテイルだろう。例え、絵の中の二人が着ている蒼い軍服の胸元が、両者とも大きく隆起していたとしても。


 そしてその絵の斜め上には、立派な剣と銃を携えた、肖像画のようなメロヴィスとヴェネスの絵があった。見上げてみると、どうやら絵は塔の壁に沿って螺旋状に上へと続いているようだった。


 だが、普通の絵だと思えるものは最初の二枚だけだった。


 次に描かれていたのはミドール王国王宮騎士団の団服を着た五人組だった。全員の上半身が赤く染まっており、首から上が無い。その次は、右半身が溶け崩れた血塗れの姿で微笑んでいるジン。次は顔を真っ黒に塗り潰されている両親。その次も、次も――残虐で猟奇的な絵が、塔の天辺に向かって延々と描かれていた。


「何、これ」


 戦慄に強張った表情で、ライムは鳥肌の立った腕をさすった。影の方を見ると、少年は相変わらず座り込んだままだった。ライムは小さく息を呑み、尋ねた。


「貴方は……クレスなの?」


 影は今気付いたとばかりにライムの方を向いた。


「わからない」


「そんな。もしクレスじゃなかったら、誰だって言うの?」


 影は困ったように首を傾げた。


「……自信が無いんだ」


「どうして?」


「どこもかしこもおかしくなっちゃって――。それでここへ来てみたんだけど、やっぱりわからなくなっちゃったんだ」


「なぜここへ来たの?」


「なぜ? ……確か、天辺に一番大切なものがあったはずなんだ。よく覚えていないけど」


 影はそれきり何も言わず、塔の壁に背を預けたまま俯いてしまった。


 塔の周りを一回りしてみると、塔の入り口らしき扉に、水色の髪の少女が描かれていた。


「これ、私?」


 ライムは扉に触れ、そっと力を込めて押してみた。


 ギィ……。


 軋んだ音を立てて、扉はゆっくりと開いた。


 中は、ひとまずは普通の石の壁だった。入ってすぐに上へ続く石の螺旋階段があったが、他の部屋へ続くような扉は見つからない。恐る恐る足を踏み入れると、音も無く閉まった入口の扉は、もう押しても引いても動かなくなってしまった。


「もうホラーは勘弁して欲しいわ」


 ライムは鞭を右手に握り締めると、ゆっくりと螺旋階段を上り始めた。


 ちょうど、一階分程度の高さを上ったところだろうか。石の壁が透明な硝子になっている部分があり、壁の向こうに部屋が見えた。硝子を割らない限りは中に入れないようで、扉の類は見当たらなかった。


 石壁に張り付きながら部屋の中を窺うと、中にはテイルとリダ、そしてライムと同じ姿をした者がいた。三人は落ち着いた色合いのテーブルと椅子にかけており、紅茶を飲みながら何かを話しているようだった。テイルは穏やかな表情でニコニコと微笑んでおり、リダはいつも通りの無表情で頬杖をついているものの、時折微笑のようなものを浮かべている。硝子の向こうのライムも、何やら楽しそうだ。


 ただおかしいのは、テイルは口元を黒い皮のマスクで覆っており、リダは重厚な鉄の足枷で鎖に繋がれていた。ライムだけはいつもと変わらない姿をしていた。


「あれって――テイルは腹の中を明かしてくれない、リダには足手纏いだと思われてるかもって、そんなところかしら。……私は何だろう?」


 ライムは呟き、壁に張り付いたままそろそろと手を伸ばし、硝子を軽く叩いてみた。コンコンと音がしたが、中にいる三人が気付いた様子は無い。硝子の前で手を振ってみても同様だった。向こうからこちらは見えないらしい。


 思いきって壁から離れて硝子の前に立ってみても、中の三人は無反応だった。


「確か、一枚目の絵はテイルとリダだったわね……」


 覗き込んでみたが、それらしき影は特に見当たらない。この場でできることはないと判断したのか、ライムは再び階段を上り始めた。


 パリパリパリ……。


 乾いた皮が剥がれていくような音。漂ってくる血の臭いに、ライムは顔を顰めた。


「絵が普通だったから二つ目まではさっきと同じようなものかと思ったんだけど……そうでもないのかしら」


 ライムは嫌そうに言って、少しだけ足を早めた。


 しばらく進むと、先程と同様、硝子の向こうに部屋があった。階段の先からはパリパリという音が迫り、赤黒い鉄錆がジワジワと広がってくるのが見えた。


 部屋の中はジルバで利用した、使われていなかった宿屋と同じ造りになっていた。簡易ベッドにヴェネスが腰かけていて、近くの壁には林檎を手にしたライムが寄りかかっている。楽しそうに笑っている二人の話を、少し離れた場所にあるテーブルにいるメロヴィスが、優しい表情で聞いている。


 ピシッ!


 硝子の表面に亀裂が入る。濃くなっていく血の臭い。亀裂から鉄錆が部屋の中に入り込み、部屋の隅に不気味な影が浮かび上がる。息を呑んだライムの前で、影はクレスの姿を成形した。今の歳と同じくらいの体格だった。


 ガシャァァアアンッ!


 大きな音がして、部屋の硝子が砕け散る。それに気を取られた一瞬のうちに、部屋の中の雰囲気が変わった。


 部屋の中にいるライムの腕をヴェネスが掴み、林檎が床に転がり落ちた。ベッドが大きく軋みを上げ、組み伏せられたライムの首筋にヴェネスが唇を這わせた。衣服が肌蹴られていくのにライムは抵抗を示さず、その顔に恍惚すら浮かべている。メロヴィスは変わらず穏やかな表情で、二人の行為を眺めていた。


「何これ……」


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