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Survival Project  作者: 真城 成斗
十・林檎と剣
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林檎と剣 5

*   *   *


 ゆっくりと目を開いた先には、見慣れた天井があった。


「んっ……あれ?」


 ライムは寝ぼけ眼で辺りを見回し、何か考え込むような顔になった後、もう一度部屋を見渡した。


 真っ白なシーツのかけられたベッド、城下町の商店で買い集めた小物が並ぶ棚、魔導書と漫画が並ぶ本棚、枕元にはうさぎのぬいぐるみ。窓にかけられた淡いピンクのカーテン越しには、柔らかな朝日が差し込んでいた。


「夢オチ……?」


 怪訝な顔で呟いて、自分の体を見下ろす。薄桃色のパジャマだ。クンクンとにおいを嗅いでみると、血と煙ではなく石鹸の匂いがした。


「えぇ?」


 スリッパを突っかけてカーテンを開けてみると、眩しい日差しを受けて、通りの石畳がキラキラと光っていた。人通りはほとんど無く、ジャージ姿の中年男性が一定のペースを保って走っていくのが見えた。壁にかかった時計を見ると、朝の七時をまわったところ。


「ライムー、朝飯できたぞー」


 呼びかけてきたのは、紛れも無くクレスの声だった。恐らく階下のリビングから呼んでいるのだろう。


「どういうことなの……?」


 一人で呟いて、首を捻る。ひとまず部屋を出てみると、クレスが中ほどまで階段を上がって来ていた。


「おはよう。もう起きてたのか。珍しいな」


 クレスは驚いたようにそう言って、小さく笑った。ライムはまだ困惑した顔で、「おはよう」と言葉だけの挨拶を返す。


「ライムが自分で起きるなんて、今日は雨かもなー」


 言いながら、クレスは階段を下りて行った。後に付いてリビングを覗くと、テーブルの上にいつも通りの朝食が用意されていた。今日はハムエッグのようだ。


「顔洗ってくるね」


「おぅ」


 クレスはサラダを盛り付けながら、こちらに背を向けたまま返事をする。変わらない日常……いつもと同じ光景。


「夢にしては妙にリアルだったけど」


 洗面所の鏡には、よく知っている自分の顔が映っていた。ベタだと思いながらも頬を抓ってみると、確かに痛い。


 トタタタタタタ……


 だが、自分の後ろを何かが足音と共に駆け去っていくのが鏡に映り込み、ライムは勢いよく振り返った。廊下を覗いてみると、トイレの前に黒い影が立っていた。


「何アレ……」


 よく目を凝らせば、影は幼い少年の姿をしているように見えなくもない。


 影はトイレの中に入ると、大きな音を立ててドアを閉めた。


「……やっぱり夢オチなんて展開は無いか」


 ライムは呟いて、足音を忍ばせて洗面所から出た。そろそろと階段を上り、そっと階下の様子を窺う。しばらく息を潜めていると、クレスの不審そうな声が自分を呼んだ。


「おい、ライム? 早く来ないと冷めちまうぞ?」


 ライムは返事をせず、息を殺して沈黙を守った。その行動に根拠は無かったが、強いて言うなら、先刻の影は自分の味方のような気がしていた。ここがクレスの心の中だとしたら、ミドール崩壊前の何気ない日常へ逃避している気持ちもわかる。だが、それなら尚更、呑気に食事している場合では無い。


「ライム?」


 クレスがリビングから出てきて、トイレへと向かう。コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。


「大丈夫か? 腹でも痛いのか?」


 心配そうな声で、クレスがトイレに向かって尋ねている。ライムは忍び足で階段を下り、廊下の様子を窺った。


 ……トイレの前に立っているクレスは、驚くほど無表情だった。


「おい、ライム? 大丈夫か?」


 声だけを聞けば感情がこもっているようだったが、完全に目が据わっている。ゾクリと悪寒のようなものを感じて、ライムは息を呑んだ。


「返事しろよ。開けてくれ」


 クレスは繰り返しドアを叩き、遂にガチャガチャとドアノブを捻り始める。だが、トイレから出て来ないライムを心配しているようには、どうしたって見えない。


「ライム、今日はおまえの好物のプリンも作ったんだよ」


 言いながら、ドアを叩く音とノブを捻る音はどんどん大きく乱暴になっていく。しかも相変わらずの無表情だ。その狂気じみた姿に戦慄しながら、ライムはじりじりと後退り、そのまま二階へ逃げた。二階にはライムとクレスの部屋がそれぞれと、以前両親が使っていた部屋がある。この状況で調べるとしたら、まずはクレスの部屋だろう。


「どうしよう意味わかんない……あれが心の中とか言われたら引くんだけど」


 顔を顰めながら、ライムはクレスの部屋のドアを開けた。


 ――そこは明らかに異質な空間だった。薄暗い部屋の全面に赤黒い蔓が這い、鉄錆らしきものがびっちりと張り付いている。


「何なの……これじゃクレスの嫌いなお化け屋敷じゃない」


 振り返れば明るい日差しが差し込んでいる廊下があるのが、また異様だ。クレスの部屋の窓からは、なぜか外の光が入っていなかった。


 部屋の中を見回していると、階下から足音が近付いてきた。


「ライム、今日はおまえの好物のプリンも作ったんだよ」


 壊れた再生機器のようにそのフレーズを繰り返しながら、クレスが階段を上ってくる。


「ライム、今日はおまえの好物のプリンも作ったんだよ」


「ちょっ、何、怖すぎ!」


 ライムは慌てて部屋のドアを閉め、真っ暗になった室内を光系統低位魔術〈ブライト〉で照らした。


 ガチャガチャガチャッ!


 乱暴な音を立ててドアノブが動く。残念ながらこのドアには鍵が付いていない。ライムは全身を使って内側からドアを押さえ付けた。


「ライム、今日はおまえの好物のプリンも作ったんだよ」


 言いながら、ガンガンとドアが叩かれる。……だがそれだけだ。ノブこそ動くものの、多少押さえる力を抜いてみても、ドアそのものが開こうとする気配は無かった。どうもここにいるクレスにはドアを開けることができないようだと判断し、ライムはドアの傍を離れて部屋の中を探索し始めた。


 壁や床に伝っている赤黒い蔓は、特殊生体化したクレスの体に這っていた血管のようなものによく似ている。鉄錆のせいなのか、血の臭いが漂っているようにも感じられた。


「ライム! ライム! ライム! ライム!」


「無理無理無理無理っ! ライムちゃんは留守です!」


 ライムは顔を引き攣らせ、〈ブライト〉でベッドを照らした。自室のベッドは真っ白でふかふかだったのに、こちらは血でベッタリと汚れている。臭いはここから放たれているようだ。


「ちょっとクレス、あんた一体どうなってんのよ……こんなホラー聞いてないって」


 呻くように呟いて、今度は色々な小物の乗った棚の上を照らす。


「これだ!」


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