冷たい花 10
「おまえからその笑いが出るってことは、きっとテイルの策よりはマシなんだろう」
「保障するわ。私、テイルと違って自爆趣味ないもの」
「自爆趣味って」
「クレスは庇ってもらった手前があるんだろうけど、テイルって、無茶して倒れて無茶して倒れての繰り返しでしょ。自爆趣味じゃないなら、何なのよ」
「おまえだって人のこと言えないだろう」
「私はいいのよ。死なないから」
「一応言うけど、おまえがソレやって死ぬのはナシだぞ」
テイルよりもよっぽど死ぬ確率の高そうな奴が何を言っているんだ。そう思ったが、ぐったりとしているリダに優しく微笑んだテイルの顔を見たら、もう何も言えなかった。それは、まるで積年の想いを果たすように満足気な、けれど今にも泣き出しそうな笑みだった。
「リダ、しっかりして。リダはまだ戦わないと駄目ですよ。その足で立って、その眼で未来を射抜いて見せて。僕はそういう貴女が好きなんですから」
テイルの手が、リダの胸元へ触れる。途端、そこへ尋常ではない量の力が集まり、強烈な風が吹き荒れた。
パキィンッ!
甲高い音がして、テイルの掌とリダの胸の間に、真っ青な光が炸裂した。
「何のつもりだ……」
不意に、リダから掠れた声が漏れた。テイルは驚いたような顔をしたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
「心配要りませんよ、リダ」
「駄目だ……この力、おまえには強過ぎる」
「大丈夫。本来僕は、あの時死ぬべきだったんですから」
顔を上げたリダが、微笑むテイルにゆるゆると首を振る。
「違う……あの時のこと、本当にすまなかった。私はおまえを傷付けてばかり。なぁ……もう殺してくれ。おまえを傷付けるのは、それで最後だ」
テイルの双眸が悲しげに揺らめき、彼はぐっと唇を噛んだ。噛み締められた唇は、そのまま無理矢理に弧の形を描いた。
「嫌です。その願いは、もう二度と聞きません」
以前にも同じ願いを依頼され、それを叶えたかのような口振りだった。実際そうなのだろう……。
「クレス、急いで――」
ライムが言いかけた瞬間、力の渦が勢いを増した。髪も服もバタバタと音を立て、そのあまりの勢いに、俺は堪らず手で目元を庇う。
「リダ。僕はずっと……貴女の笑顔が見たかったんです」
「何、を……言って……」
「笑って。リダ……。僕だけに」
「……っ」
驚いたような表情をしたリダに、テイルは「なんてね」と言って笑った。
「リダ、生きてください。絶対、死んじゃ駄目ですよ。リィナになんて負けないで」
力の渦が更に勢いを増した。叩き付けるようなエネルギーの重圧に、もう目を開けていることすらできない。
「テイル! 駄目っ!」
悲鳴のようなライムの声が聞こえた。
「アヴェロ・イリィフィリッツ・グルゥミン・テイル――〈クリア〉!」
ドンッ!
テイルが呪文を唱えると、俺は物凄い力でその場から弾き飛ばされた。
「どわっ!?」
「うるぁあっ!」
しかし後方へ吹き飛ばされた俺に対し、雄々しい気合い声と共に、前方へと突っ込んだライム。俺は叩き付けるような強烈なエネルギーに翻弄されながら、ひたすら床に伏せてそれをやり過ごす。
「ライム! テイル! リダ!」
力の奔流が収まると、俺は急いで三人に駆け寄った。
そこにはリダの上に覆い被さるようにして倒れているテイルと、野球の塁に頭から突っ込んだようなポーズで倒れているライムの姿があった。瀕死の魚のようにピクピクしているライムの格好が恐ろしく間抜けだ。しかし本当に瀕死のようには見えないからよしとする。
「テイル! 無事か!?」
とりあえずライムは放置して、俺はテイルに駆け寄った。
「しっかり――」
ぐったりとしているテイルを抱き起こしている途中で、俺は思わず絶句してしまった。
「……えぁ」
ようやく漏れ出したとぼけた声ですら、意味を成さない。
気を失っているリダの、血のリボンを纏った白い肌。滑らかな首筋。少し武骨だがすらりとした手指。体から漆黒の痣が消えて、美しい頬にゆっくりと赤みが差していく。
リダの特殊生体化が、すっかり治まっていた。
「ちょっ……あっ……うおぉっ!」
俺は驚愕の声を上げ、しかしすぐにハッとして、テイルの口元に手を近付ける。
「!」
大丈夫だ。ちゃんと呼吸している。
「すげぇっ! うはぁっ、すげぇっ!」
俺は小躍りしそうな勢いで、テイルを揺すった。
「起きろ! おいってば! テイル! 目を覚ませって!」
「ん……ぅ」
小さな呻き声を漏らしたのは、テイルではなくリダだった。
「リダ!」
嬉しさのあまり止まらない笑顔を、俺はリダに向ける。リダはゆっくりと身を起こし、自分の額に手を当てた。だが下を向いている視線の先に、元の姿を取り戻した自分の手を見つけたのだろう。ピタリと一瞬動きが止まり、額に当てていた手を、恐る恐る自分の顔の前へ持ってくる。
「嘘……」
呟いた言葉が、リダにしては可愛い。顔の前から手を下ろした彼女は、視界にテイルを捉えるなり、俺の手から彼を奪い取った。
「テイル!? テイル、おい! しっかりしろ!」
リダはテイルを揺さぶりながら、顔を歪める。
「こんな風に死ぬなんて、絶対許さないぞ。目を開けろ、テイル!」
「落ち着け、リダ。テイルは死んでない」
「でもっ……あんな力、こいつに出せるワケがない」
泣き出しそうなくらい不安気なリダの頬に、ふと細い指が触れる。
「夢みたいだ……貴女の腕の中で目を覚ますなんて」
「テイル!?」
テイルはどこかぼんやりとした顔でリダを見上げると、微かに口元に笑みを浮かべた。
「何を慌てているんだか。僕が死んだ方がせいせいしたでしょう」
「ふざっ……ふざけるな!」
「ふざけてなんていませんよ。――何で僕は生きてるんです?」
テイルはゆっくりと身を起こし、前のめりに倒れたまま呻いているライムに視線を向けた。
「さっきの魔術……僕にとっては使った後にピンピンしていられるようなモノじゃないはずなんですけどね」
彼は呟くと、今度は俺へ目を向けた。
「一体どういうわけなんですか、クレス?」
「どういうわけって……」
俺はライムに視線を向け、彼女を抱き起こした。
「ライム」
「……遅いわよ。どんだけ放置されるのかと思った」
「いや、すまん。つい」
「でも……いっそ気絶しちゃった方がよかったかも。次の展開、想像したくないわ」
ボソリと呟いたライムに、俺は困惑しているリダとテイルを振り返り、すぐにライムに視線を戻す。
「おまえ、何やっちゃったんだよ……」