冷たい花 7
長い睫毛が伏せられて、俺を見つめていた蒼い瞳が、震える瞼の奥へと隠れる。驚愕の行動に目を見開きながらゴクリと喉を鳴らし、しばらくの硬直と思考停止の後、俺は小さく吹き出した。
「嫌だよ」
ライムの片方の目だけが開かれて、彼女は不服そうに「何でよ?」と口を尖らせる。俺は両手を広げ、肩を竦めた。
「誰が好き好んでゲロ塗れの唇とキスなんかするか」
「……あぁ」
ライムは納得したように頷いて、パタンとその場に横になった。
ゲロもそうだが――実のところ、俺はわからずにいる。ライムのことはとても大切だ。でも、それを彼女に対する恋愛感情と捉えていいものか……。仮に俺が本当の人間だったとしても、きっと同じ。ライムに投げかけられた想いに流されるような形で、それに応えていいのだろうか。
まぁ、外見にほとんど人間の面影が無い俺には、もう悩んでも仕方の無いことだが。
「そう言えばコレ……」
俺はジンの遺した揃いのお守りを取り出して、自分の右腕のそれと見比べた。
「組み合わせてみろって言われたけど……」
女王の守護者と共に右腕と同化してしまったお守りを左手で引っ掻いてみると、途端にポロリと取れてしまった。
「わわっ!」
コンッ。
軽やかな音を立ててお守りはライムの前へと転がり、ライムがそれに手を伸ばす。
「これ何? 綺麗ね」
「ミドールの崩壊前に、ジンにもらったんだ。ジンは戦果とか言ってたけど、どういうことだろう」
ライムが空いた手を差し出してくるので、俺はその手にジンの持っていたお守りを乗せた。
「組み合わせるにしたって、留め具も何も無いけど――」
言いながら、ライムは両手のお守りの裏側を、恐らく何の気なしに重ねた。
「あれっ? 取れない!」
「えっ?」
噛み合う部分も無かったと言うのに、確かにお守りはライムの手の中で一つにくっついている。すると、突然宝玉の部分がボゥッと白く淡い光を放ち、透き通ったその中に、何かの模様を浮かべた。
「これ……」
「ミドールの紋章だ!」
宝玉の中に浮かび上がっているのは、確かにミドール王国の紋章だった。目を見開く俺達の前で、宝玉は熱い程の魔力を滲み出させている。
「この感じ、ジンじゃない。ミドールの地下に満ちてたものと同じだ」
「ミドールの地下って、あの超強力な〈ファントム〉の?」
「うん、この宝玉の持ってる力も、半端なものじゃない」
そう言うライムに、俺はリダに聞いたミドールの地下のことを話した。ライムの感覚が確かなら、これは王宮騎士団長のエルアントがリダに探せと命じた、王女の力に違いない。
ライムは目を見開き、光り輝く宝玉を、俺の手の上に戻した。しかし途端に、お守りは光を失って半分に別れてしまった。
「えっ? 何なの、どういうこと?」
ライムはもう一度俺の手からお守りを取り上げ、二つを重ねた。すると、それらは再び一つになって、ミドールの紋章を浮かべて輝き始めた。
「おまえじゃなきゃ駄目ってことか?」
「わかんない。でもこれを使えば、私の渾身の一撃と同じくらいの威力が出そう。それこそ、私でも死んじゃうくらいの」
「……これでリィナを倒せってことか?」
「とにかく、テイル達に知らせて――」
言いかけた時、ライムが不意に眉を寄せ、辺りに視線を彷徨わせた。
「どうした?」
「今、何か聞こえなかった?」
言われて、俺はキョロキョロと辺りを見回した。
「いやあああ―――――っ!」
「うぉっ!?」
はっきりと聞こえてきた悲鳴。驚いて身を竦めたが、その声は、俺達の知る者の声だった。
「リダ!?」
目を見開いた俺に、ライムがギリッと唇を噛む。
「クレス、私はいいから行って。落ち着いたらすぐに追うから」
「でも……」
「リダがこんな悲鳴上げるなんて尋常じゃないわよ! あんたが行っても役に立たないだろうけど、いないよりマシ!」
俺は躊躇ったが、再度劈くようなリダの悲鳴が上がり、ライムに頷いて立ち上がった。
「ライム、そのお守り、おまえが持ってろ!」
「えっ!? でも、これあんたがジンに貰った物じゃ……」
「いいんだ。ジンならきっと、おまえを守ってくれる!」
言い残し、俺は助走を付けて出入り口の足場の方へジャンプした。
「クレス、ヘマしたら許さないからね!」
「可愛げねーな。気を付けてね、くらい言えないのかよ」
「キヲツケテネ?」
「やっぱり可愛くねー」
思いっきり片言のライムに俺は舌を出し、声の聞こえた方へと駆けた。




