外れた鍵 9
* * *
「――なぁ、ジン」
「うん?」
「もうすぐ日が暮れるな」
「そうだね」
オレンジ色に染まり始めた空を見上げ、ジンは頷いた。
「いくつか疑問があるんだが、言ってもいいか?」
「別に言わなくてもいいよ」
「いや、言わせてもらう」
長く伸びた影は、俺達二人分どころか、一体いくつあるのかわからない。
「まず一つ目」
「だから、言わなくていいってば」
言い合いながら、俺とジンは滑るように地面スレスレを移動し、互いの死角を、自画自賛したくなる程の連携プレーで消去。目標を見失っているソイツの頭部目掛けて、一気に下から刃を突き上げる。
「――どうしてこんなに特殊生体がたくさんいるんだ?」
「年に一度のダンスパーティーでも開かれるんじゃない?」
シュパンッと鋭い音がしたかと思うと、次の瞬間、バシャァッと固形物が崩れ落ち、白い海が地面に広がった。矢に込められた〈エクスプロージョン〉の残した黒い煙が、俺の前を通り過ぎていく。
「二つ目」
突き上げた剣の勢いを殺さずに手首を捻り、更にそれを素早く持ち替えながら、右方の特殊生体の頭に刃を差し入れていく。
「協会付近の警備態勢は結構キツいはずだ。ちょっとおかしな特殊生体が近付いて来ようものなら、上階級の協会員に袋叩きにされるのは間違いないよな?」
「そうだね。こいつら、明らかに放って置いても良いような特殊生体じゃないし、本来なら袋叩きにされてるんだろうね」
「何で放置されてんの?」
「協会員のみんなが、シンデレラストーリーを夢見てダンスパーティーに行ったんじゃない?」
「ダンスパーティーはもういい」
俺は突き出されてきた刃付きの手刀を、素早く身を沈めて躱し、低い体勢から回転をかけながら剣で薙ぎ払う。立ち上がり際に後ろから迫っていた特殊生体の頭と胴を分断し、身が遠心力に振られるままに、右足を軸にして左足を勢いよく振り上げる。
「紅円舞!」
バキィッ!
錐揉み回転状に吹っ飛んでいく特殊生体の巨体を見送り、更に構えた剣の向こうに、まだ俺達を包囲できるほどの特殊生体達がいることに気付いて、げんなりする。
「くそっ、キリが無ぇっ!」
「何、もう弱音?」
「この数じゃ弱音も吐きたくなる!」
「堂々と格好悪いこと言うね」
胸を張った俺に、ジンは苦笑する。俺は続けた。
「何より三つ目! 何でライムが来ないんだ!?」
「それはデートだからしかたな――」
「うるっせぇ!」
ジンの言葉を遮り、俺は勢いに任せて剣を振った。ジンに向けて白い血飛沫が飛び、彼は笑いながらその場を飛び退く。
「嫉妬してるの?」
「んなもんするか」
遡ること数時間前。特殊生体駆除協会に行くという話になっていたはずなのに、ライムは言った。
『ごめん、今日はデートの約束があるから無理だった』
『デート!?』
『そう、デート。あ、ついでにこれ出してきて』
ライムは俺の手に昨日の報告書をポンと乗せ、ひらひらと手を振って家を出て行った。愛らしさ満点のフリルのワンピースが、腹立たしいほど似合っていた。
いつの間に彼氏なんてできたんだ。
思い出しながら苛々していると、ジンが「う~ん」と唸りながら動きを止めた。
「どうした?」
「いや、やっぱりこの数は面倒だなと思って」
「さっき俺に格好悪いとか言ってなかったか?」
嫌味ったらしく言うと、ジンは小さく笑って、両腕を顔の前に持ち上げた。途端にゴゥッと強烈な風が吹き、次には彼の足元に、青い光が渦を巻いた。
「クレス、ちょっと試したい連携技があるんだ」
「連携? 何する気だ?」
「大丈夫、全部俺に任せて。上手くいけば魔導剣が使えるよ」
「魔導剣って。そんなに簡単にできるのかよ。俺がおまえの魔術喰らったらシャレにならないぞ」
言いながら、俺は特殊生体が飛びかかって来たのを見計らって、勢い良く跳躍。上空からそいつの頭部に大剣の切っ先を埋め込んだ。
「行くよ! 〈スプラッシュ〉!」
ジンの呪文が紡がれると共に、突如大剣がジンの足元で輝く光と同じ色の煌めきを放った。……まるで魔導剣士ディーナの持つ剣のように。
「水底夜想っ!」
柄を支点にして、俺は遠心力と共に横回転。強烈な蹴りを何体かの特殊生体に叩き込みながら、最後に剣を抜いて横薙ぎ。――次の瞬間だった。
「!?」
俺を刃の軌道に青い閃きが走ったかと思うと、巨大な大津波が俺を取り囲み、ゴォォオオッと物凄い水音が響き渡った。
「よしっ、大成功」
ジンが爽やかにガッツポーズをする傍らで、俺はずぶ濡れ。しかし俺の剣撃と共に放たれた大津波はあっと言う間に特殊生体達を飲み込んで、轟音とともに押し流してしまった。水の勢いが消えた後、辺りに残ったのはいくつもの水溜まりと、動かなくなった特殊生体の死体だけ。
……物凄い威力だ。