第十四話 【棍棒と懇望】
いやぁ~ひっさしぶりの更新ですなぁ。
とうとう小説目次の一番上に恐怖の表示が・・・
ま、私は気にしない!自己満足の作品だから気にしないっ!!
だから、これからも二ヶ月越しの更新になったりして・・・
ヴャッギィィィィィィィ――――ン!!!!
金属がぶつかり合う不快な音の連鎖の挙句、片方の鉄棒が真ん中から二つに分断された。
鉄棒先端部分の拉げて本体と分離した残骸は乱戦の中に零れ落ち、それだけで敵味方区別無しに多くの犠牲者を出した。
敗者を角に挟んで空中で呆然とするガチスを半ば押し倒すようにして抱えてその場を離れるマーラ兄弟。
直後、彼等の居た場所に完全無傷の勝者が振り下ろされた。
こちらの鉄棒もまた、敵味方問わず無残に戦士を叩き潰した。傍迷惑な戦いである。
「当然だっつーの。あの質量差でこっちの鉄棒が折れない訳無いっつーの」
「もうちょっと虫らしく戦うべし」
空中でガチスを抱えたままマーラ兄弟は言う。
が、そんなことも耳には入らない様子で、ガチスは二匹の合計12本の足の中でのた打ち回る。
「はな…せ…」
あまりに激しかった所為で鋸状の鋏に挟まれた未完全の鉄棒が揺れ、悲しいかな持ち主の頭に直撃。のた打ちは強制終了となった。
「あららぁ~…こりゃどっかに隠しとくしかないっつーの。気ィ失ってるっつーの」
「自業自得べし」
となる訳で二匹の蛍はそのままブンブン飛んで行き、戦場から離れた場所に彼を置いた。
その上に枯葉を載せることで、擬態完了。今はただ戦が終了した後にこの幹部を拾うのを忘れないことを祈るばかりだった。
一方、未だ巨人と奮戦する幹部の面々。
アージャスの鎌は巨人の堅固で厚ぼったい皮膚を切り裂くに及ばない。
舌打ちと共に急降下。その上を猛スピードで通過するは、オオクワガタのバオ。
ガチスを上回る剛力の持ち主は巨人の棍棒に向かって一直線。
否、正確には、棍棒の《柄》に向かって一直線。
柄は先端の鉄塊と違って脆い筈なので、そこを狙って棍棒を根元から叩き折ろうという算段である。
がしかし脆いとは言っても鉄に代わりは無く、その上バオの角間におさまるには太すぎる。
挟み折ることはできない。ならば――――“砕き折る”。
「うぬぁあッ!!!」
気合と共に翳した角を振り下ろす。
棍棒の根元、巨人の手から数cmの離れていない位置に、バオの青黒い角は激突した。
今度は乾いた打音が響く。痛みに呻く角を上げながらふと見てみれば、根元を砕くどころか罅を入れることすら叶わなかった。
「…やはり…足りぬか…」
言葉を零すバオ。
それを見ながら空中を飛び回るウィズは、バオの策を一考する。
棍棒から崩すのは当然の発想で、重要な点。敵の武器を奪えば一気に有利になる。
が、それほど簡単なものでもない。ガチスとバオの力ですら歯が立たなかった奴の棍棒を折るに相当する程の腕力をもつものはこちらには居ない。
その上、仮に棍棒を折れたとしても、折れた棍棒を落とす位置も考えなければならない。
あの大きさと重量では、戦場の真っ只中に落とした途端敵も味方も皆終わりである。
二億の軍勢を失うなどもってのほか。やはり別の案が必要となる・・・
・・・・・・棍棒より先に、奴の五感を奪うのが正解だろう。
「マーラ兄弟ィィィィィ!!!」
ウィズの声に、些か遠い位置で飛ぶ蛍兄弟が停止した。
「なんだっつーの」
「作戦を言うべし」
「巨人の視界を殺すんだ!!!!」
マーラ兄弟は小声でなるほど、と溜息混じりに言うと、そのあとは無言で急上昇していった。
が、すぐさま引き返し、大きく旋回して巨人の背後を目指して飛んだ。
文字通り巨人の目前まで行くのにも中々障害があるもので、振り回される棍棒とその周囲を飛び交う虫達。その上、一口に「目前」と言ってもそこまでの距離は計り知れない。
やはり比較的安全な背後から昇り、頂上で前面に現れて光るしかない。
その様子を見届けたウィズは、今度はクルウを呼び出した。
「何?」
「マーラ兄弟の援護をしつつ急上昇し、巨人の聴覚と嗅覚を塞いでほしいんだ」
総司令官の言葉に、こちらもまた蛍と同じくあ、そうかといったような顔をした。
「ん、承知」
クルウの体内には特殊な粘液が分泌されている。
粘着性が優れ、体外に放出されるととんでもない悪臭を放つ緑色の粘液。
針の上に小さな穴があり、そこから発射される構造になっている。
これもまた、長い年月を経て進化したスズメバチの付加能力の一つである。
先に述べた粘液を力一杯巨人の耳に放出することで粘液は耳の穴を塞ぎ、同時にそのとんでもない臭気によって嗅覚までもを邪魔して防ぐ。正に一石二鳥。
そんな訳でクルウもまた、先に向かったマーラ兄弟を追って飛び立った。
それを遠目に見ながら、ウィズも動く。総司令官自ら戦線に立つらしい。
「何とかあの化け物を押し倒さないようにしつつ、排除する必要があるか…いや、奴が立ってるのは戦場の端っこだから後ろ向きに押し倒すことはできるって訳か…」
何発もの流れ弾が黒い体駆をかすめて、また別の虫にあたって倒れる。
こんな戦場は早く終わらせたいところである。
吉、我が軍の連携攻撃によって敵軍は軽く見積もっても半分は減ったと見えた。
やはり問題は巨人。幸いこの戦地には一匹しか投入されていないので助かる。
――――その時、不意に頭上で膨大な光が炸裂した。
頭上といっても頭より遥か高い位置でのことで、ここから見ても所詮申し訳程度の光。
だからこそ、あの光が膨大だということが分かる。
「随分と早いね・・・マーラ兄弟・・・」
巨人の眼前で、蛍が発光しているのだ。
巨人は突如現れた視界の妨げに思わず奇声をあげ、目を何度も瞬いた。
「いえっさー!視界ぶっつぶし完了だっつーの!」
「次の指令を待つべし」
「ご苦労さん」
隣で、クルウが巨人に急接近しているのも見て取れた。
耳に着陸し、体を仰け反らせ――――噴射。勢いよく緑色の粘液が飛び出し、穴に消える。
ここからではよく見えないが、これで耳の中は緑で埋め尽くされたことが予想された。
ついでに嗅覚も・・・マーラ兄弟を見ればわかる。
「俺等の嗅覚まで殺す気かっつぅーーのォォォォ!!!」
「次の指令はここから離れることだったみたいべし」
・・・彼等を見る限りでは、死ぬ程の悪臭らしい。
ウィズは幸いクルウの粘液をまともに見たことすらなく、知識でのみ知っている為、臭気を知らない。
つくづく運に恵まれている。
「・・・ともかく、これで奴は――――片付けられる」
ウィズが鋏をカチッと鳴らすと、遥か下の地面でザワザワと蠢く黒い塊が一斉に動き出した。
――――数十万のクロカナブンである。
半円のような体をしており、翅を覆う背中の甲殻は硬く、艶がかって煌く。
その上丸っこいので触ったら物凄く滑る。
「次は・・・足元だ」
数百万の足音が周囲の鼓膜を揺らして前進していくが、巨人だけにはそれが見えず、聞こえない。
ただ棍棒をむやみやたらと振り回す化け物と化している為、近づくのはかなり抵抗がある。
しかしすばしっこい虫達にとって棍棒をかわすのは容易であり、瞬く間に巨人の薄汚れた足元に到達した。
数十万のカナブンが集まってもまだ巨人の片足裏の面積にさえ到達しないのに、改めて驚く。
しかし、『滑らせて転ばすには充分だ』。
「ヴョワオヒャアアアアアアアッッ!!!?」
巨人の巨大過ぎる奇声だけで、虫の軍10000000分の1程の鼓膜が破れた。はた恐ろしい。
が、その代償として巨人は片足のおかげでバランスを崩し、後ろ向きにぶったおれた。
振動という言葉では済まされない程の揺れが地面を襲う。最早これは『地震』――『天災』に匹敵する。
しかし同時に――――
――――棍棒が、巨人の手を離れて天高く舞い上がった。
その様子に、思わず戦場の全ての目が上を向いた。
宙を舞う全長40kmに目が強制的にひきつけられてしまった。
・・・あんなものが戦場に落ちれば・・・
・・・敵味方問わず・・・
・・・全てが・・・
・・・潰されてしまう・・・!!!!!!!
全ての意識が全てを理解した時、戦場は悲鳴の爆発に包まれた。
一刻も早く此処から離れようと、押し合い圧し合いが各地で繰り広げられる。
その瞬間も空の棍棒は着々と地面へと向かう。
パニックは更に拡大していく。我を失って発狂する者が多発した。
棍棒が・・・地面に迫る。
この時、初めて全員の懇望が一致した。
《誰か!あれを!!止めてくれ!!!!!!》
――――その瞬間、戦場上空に一つの小さな意識が猛スピードで飛び去った。
刹那、音が消えた。
戦場が静止して、発狂した者でさえただただ天を見つめ上げた。
無音の世界に轟く小さな声。
「全く・・・僕が自ら出ることになろうとは思わなかったよ・・・」
天帝虫コクワガタ、総司令官ウィズ。
500tを止めた。
虫 の 領 域 を 超 え ま し た 。
時間とは恐ろしい。進化とは恐ろしい。