第1話 〜昏き虚
「アーリアお姉さま……いつか、貴女のような神官になりたいのです」
シルバーブロンドを風に煌かせ、彼女はそう呟いた。その胸には、マイリーの神官たる剣の意匠を施した聖印が揺れている。自分の持つ聖印と同じ物だ。
彼女の顔が笑顔でほころぶ時、光が沸いたかのように感じられた。華々しく、しとやかでありながら、芯の強い乙女。
そんな彼女が、自分のようになりたいなどと思うとは。アーリア=フレイは、知らず知らずのうちに、自らの身体に視線を落とした。
神官戦士として鍛えた身体は、彼女――スフィア=リュンカスのそれよりも引き締まり、しなやかな筋肉を身につけていた。それだけでも、もはや女のそれとは違うというのに、立居振舞も男に近いのである。こんな粗野な神官になりたがるとはどういう了見だと、アーリアは冗談交じりに呟いた。しかしスフィアは笑いもせず、ただじっとこちらを見つめる。その、吸い込まれるような蒼の瞳で。
「お姉さまの強さが、私は眩しく感じられます。運命を自らの手で切り開く、その強さを学びたい。勇者様の御許に仕えるには、私はあまりにも脆弱です」
光すら吸い込む、硝子細工のごとき透き通った瞳。
その蒼は歪み、滲み出し、やがて別の人間の瞳に変化する。
いや、人間と言うのはおかしいだろう――いつの間にか目の前に立っていた『森の妖精』たるエルフは、楚々とした笑顔でこちらを見つめていた。
「アーリアさん。そんなに張り切ったら、疲れてしまいますよ。時には森の木々たちの言葉を聞きませんか? きっと心が休まります」
いつだったろうか、たぶんこのパーティで冒険者稼業をやり始めた頃だったと思う。エルフの族長補佐にすらなれる腕前でありながら、武者修行という理由で仲間に加わったセリアネートは、エルフにしては変わっていた。
冷静な、時に冷徹な判断はエルフ独自のものでありながら、いつも笑顔を絶やさない。その上、人間社会の生活にまだ浅いためか、真面目に頓珍漢な対応をしたりする。その動作が時に面白く、時に困った事になり、その度にアーリアは手を焼いたものだ。
しかしそうは言っても、優しく自分たちを諭し、正しい道へと導く彼女は年長者に相応しいゆとりがある。たゆたう湖のような波立たぬその心は、時に熱く我を忘れる時のあるアーリアにとって、密かに憧れの対象だった。
いつしか2人は、自分にとって最も近しい者になっていた。義理の姉妹と言っても、過言ではないかもしれない。彼女たちの間に立ち、世話を焼き、時には焼かれる自分が少し嬉しかった時もある。
そんな楽しい日常を一瞬のうちに奪ったのは、皮肉にも自分の悲鳴だった。
激しい攻防戦の末、魔神の忌まわしい魔術が直撃し、セリアネートの身体が人形のように放り出される。肉と骨を砕くあの厭な音は、一生忘れる事は無い。
傷ついた身体を引き摺り、必死で駆けつけたものの、彼女は既に事切れていた。守護神マイリーの慈悲の元、喜びの野へと旅立ってしまったのだ――それは果てしなく鈍く、そして深い痛みだった。
二度目の別れは、邪なる魔人の生贄となったスフィアの自害だった。最期は自らの意志で決断し、封印を不完全にするがゆえに取った選択である。だが彼女の懐刀が正確にその白い首筋を捉え、真っ赤な血潮が迸る様は、まるで悪夢を見ているような心持だった。
一度に姉と妹を失った悲しみは、多大なる喪失感を生んだ。何度悲鳴を上げたか、何度涙を流したか分からないほどに。
この2人分の命の重みは、間違いなく自分自身の心に虚を作り出している。深く、重く、そして痛々しく。
それだけは否定しようが無いほどに――辛い真実だった。