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大家族  作者: ひらたまひろ
第1部『謎の男』
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第1章

「闇雲に探しても時間が無駄だから、手がかりがありそうなところを重点的に探しましょうか」

 そう言ったのは母だった。案外乗り気なようで、少し声が弾んでいる。

「手がかりになりそうなところって、具体的にどこなの?」

 私がそう問うと、母が言った。

「まず、将斗まさとさんの家には無いわね。おばあちゃんとの関係は無いもの」

 確かにそうだ。将斗さんとは、私と姉の父で母の夫である。高校時代に母に惚れ、母と結婚をした人である。そのため、この家とはなにも関係が無いのだった。

「ひいバアとの関係があるところは、ここ(祖父母)の家か、うちらのとこ、もしくは伯父さんたちの家ね」

 姉がそう言う。曾祖母の養子の祖母と曾祖母の同級生の息子の祖父、そしてその家系の私たち一家と母の兄の一家。姉が示したのはその三家である。

「そうとなれば、各家庭で探しましょう。はる兄さんのところにも知らせないと」

 と母が言う。晴兄さんとは、母の二個上の兄である。私たちの伯父に当たる。

「美咲(母)、晴のところ、頼んでいいかしら?」

 祖母がそう言うと、母は肯定をする返事をした。祖母は母に遺書を手渡して、伯父に見せるようにと言った。母はその遺書を鞄に入れた。そして私を姉を見て、来るかと訊いた。私と姉は頷いた。そうして私たちは、伯父の家へと向かうことになった。

 伯父の家までは母の所有する軽自動車で向かう。祖父母の家と同じ市内にあってそう離れていないが、それでも車で二十分くらいはかかる。その間に、私たちはいとこの佳晴よしはる晴海はるみについて話していた。

 佳晴は私の5歳下の男子で、現在20歳。イケメンではあるが頭はお世辞にも良いとは言えない。大学に行かずに、地元の工場で働いている。しかし人受けは良いらしく、小規模なその工場では可愛がられていると聞いたことがある。まあ、なにせ小規模な工場だ。若者は大事な戦力である。重宝されて当然だろう。

 晴海は現在17歳。現役の女子高校生である。兄とは違って頭が良く、スタイルも良い。世間一般で可愛いとされる顔をしている。運動はからっきしだが、それがまた可愛さを際立てている。とてもモテるそうだ。本人は少々内気なところがあり、表立って「私モテます」なんてもちろん言わないし、それどころか自分のことについて語るところなんて、いとこである私ですら見たことがない。

 そんな二人には曾祖母の葬式で会ったため、今日会うのは1週間ぶりということになる。なお伯父にも伯母にもその時に会ったので、同様に1週間ぶりである。

 車を降りて、インターフォンを鳴らす。

『はーい』

 スピーカー越しに聞こえた声は晴海の声だった。私が代表で名乗ると、晴海は少し驚いたような声を上げて、少し待つように指示した。

 少し待てと言われたが、実際待ったのは数秒だった。ドタバタと足音が聞こえて、ガチャリとドアが開く。中から出てきたのは、整った顔をしたサラサラの綺麗な黒髪が特徴の、晴海だった。

「ごめんなさい、だいぶ散らかってるけど上がって」

 そう言われて、私たちはお邪魔した。

 家に入ってすぐ目の前に階段がある。二階は各人の部屋になっている。一階は居間である。私たちは一階のリビングへと通された。

「どうした、美咲。そっちから急に押しかけるなんて珍しいこともあるもんだな」

 そう母に声を掛けたのは、もちろん伯父である。伯父もまた、整った格好の良い顔をしている。それなりに歳を取っているが、その重ねた歳がまた貫禄を生み出していた。

「お邪魔します、兄さん。これ、おばあちゃんの遺書」

 母は鞄から例の遺書を取り出して伯父に見せた。

「なになにー?」

 と横から佳晴が覗く。

「お兄ちゃん、ずるい。そこにいると私見えないんだけど。ちょっと邪魔」

 晴海がそう言って、佳晴の横から割り込んで遺書を覗く。二人とも遺書を見るのが初めてなようで、興味津々な様子である。

「いや邪魔なのはお前だっての! 俺が見えん」

 などと言って、佳晴が晴海の押さえつけに抵抗する。そして次第に騒がしくなった。

「うるさいよ? 伯父さんも集中して読めないだろうから黙んなさいよ」

 姉がそう声を掛ける。姉とは佳晴ですら10歳の差があるため、彼らからしたら頭が上がらない。すぐに喧嘩は収まった。

「あらあら。さすが美菜みなちゃん(姉)ね。あの二人の喧嘩を一言で鎮めちゃうなんて。はい、皆さん。お茶です」

 そう言って私たちにお茶を配ったのは、伯母である。そして伯母は、佳晴に言った。

「佳晴。あんた、もう20歳なんだから、結婚だって考えなさいよ? 好きな子の一人や二人、学生時代にいたでしょう?」

 その一言は、佳晴ではなく私たち姉妹に響くのだった。

佳海よしみ伯母さん。私、30になってもなお独り身で、そのうえ自宅に居候しているのですが……」

 姉が悲しそうな声で言う。私も笑える状況では無い。25歳で独り身なのだ。だがまだ25歳なら結婚していなくてもセーフであろう。この一族の結婚年齢が早いだけで、世の中ではまだ間に合うのだ。

「あぁ、ごめんなさい。私ったら、すぐに焦ってしまって。でもこの蔵本くらもと家は、かなり前から20歳前後の結婚が当たり前だったと夫より聞きましたので……」

 蔵本家とは、母の家系である。私たちはもう蔵本の家系にいないが、母の兄である伯父の家系は蔵本の家系にある。

「確かに、結婚年齢は早いですね。私たちの父母は20歳に結婚してますしね。私も同じく20歳で結婚してますし……」

 そう言ったのは母である。祖父母の結婚年齢も早いが、母の結婚年齢もまた早いのだった。

「佳海、それは俺が自分を皮肉った時の表現だ。俺が結婚したのは32の時だぞ?」

 伯父が伯母にそう言った。この言葉に、姉は少し胸を撫で下ろしたように見えた。

「ええ、そうね。でも晩婚はあんまりよろしく無いわ。お義祖母ばあさんのようにボケずに曾孫と接することをしてみたいじゃない?」

 笑いながら伯母が言う。

「まあ、確かにな。せめて孫には会いたいな。歴代の蔵本家の中で、五十二歳このとしになって孫がいなかった人はいるんだろうか。少し不安になるな」

 伯父はそう言って、お茶を一口飲んだ。

「ところで、」

 茶碗を置いて、伯父がこう切り出した。

「遺書ってこれだけか?」

 母を見つめて言うと、母が軽く頷いた。

「変だな。不特定多数に書かれている。一部分だけが特定の個人に書かれているが、その人は所在不明の人間。これ、ほんとに遺書って言えるか?」

「そうなのよ。今日言いに来た要件はそれなの」

 母は伯父にそう言った。

「それってなんだ?」

 伯父が問うと、

「この『統さん』て人を探すの。おばあちゃん、この人に想いを伝えたいって言ってるでしょ? だったら探して、その人に伝えればいいっていう意見を母さんが言って、父さんと私と娘二人はその意見で固まったの」

 と母が答えた。

「冗談じゃない。死んでたらどうすんだ? というか、死んでる可能性の方が圧倒的に高いぞ?」

 伯父がそう言う。すると今度は姉が言った。

「もし亡くなっていても、その亡くなった場所やお墓へ行って、この遺書の内容を伝えればいいって思ったんです」

「いいや、難しくないか?」

 伯父がそう言って、またお茶を一口飲んだ。

「だって、お前たちはこの『統』たる男の名前を聞いたことがあるのか? 心あたりがあるのか? 生きているか死んでいるか、もし生きていればどこに行けば会えるのか、そういうのも全部分かっているのか?」

 伯父のその言葉に、誰も何も言えなかった。しばらくの沈黙は、私たちにとってとても気不味きまずいものであった。その沈黙の間、伯父は再びその遺書のその部分を読み返していた。そしてしばらくして、顔をしかめて言った。

「だが妙だな。なんでここに蔵本の爺さんと婆さんの名前があるんだ?」

 伯父にとっての爺さんと婆さん、つまり私からしたら曾祖父と曾祖母に当たるのだが、私は分からなかった。そもそも祖父の両親の名は知らないのだ。私が7歳の頃まで曾祖父の方は生きていたのだが、話した記憶はない。それに名前も知らない。当時は知っていたのかもしれないが、今になってはすっかり忘れてしまっている。すると母が言った。

「それね、さっきお父さんから聞いてびっくりしたんだけど、佐倉のおばあちゃんと蔵本のおじいちゃんおばあちゃんは同級生なんだって。だから書いてあるんじゃない?」

 佐倉のおばあちゃんとは、この遺書の主である。名前は『佐倉凛さくらりん』と言う。有名な佐倉財閥の末っ子であった。そして蔵本のおじいちゃんとおばあちゃんは、祖父の両親である。ここにある名前でそれに該当するのは、『もう瑠璃も渉さんも亡くなってしまいましたよ。』という一文に出てくる『瑠璃』と『渉』だけである。よって、蔵本の曾祖母と曾祖父の名前は、『蔵本瑠璃』と『蔵本渉』であることが分かった。

「同級生だからと言って書くか? 爺ちゃんの方は最近亡くなったからまだしも、婆ちゃんが亡くなったのは45年以上も前だぞ? 統って奴に向けて書く必要も無い気がするが……」

 とまで伯父は言って、顎に手を持っていく。そして、

「待てよ、」

 とだけ呟き目を閉じた。

「どうしたの?」

 母がそう訊くと、

「いや、蔵本の婆ちゃんの葬式のときに、可憐かれん姉さんからなんか聞いたなって思ってな……」

 と答えた。

「可憐姉さん? お父さんの妹の?」

 母がそう尋ねると、伯父さんはうんと頷いた。そして突然ハッと目を開けて、

「思い出したっ!」

 と大声を上げた。

「うわぁ、びっくりした。どうしたのよ?」

 そう言ったのは晴海だった。伯父さんは軽く咳払いをして、

「『みつる』て名前、俺は聞いたことあった」

 と言った。

「ほんと!?」

 私たち一家は驚いた。伯父は頷いて、多少長くなるが良いかと私たちに訊いた。私たちは頷いて肯定し、伯父が話し出すのを待った。


ーーーーーーーーーー


「あれは蔵本の婆ちゃんの葬式の時だ。間違いない。まず、その時俺は6歳だった。美咲は4歳だな。それで、俺の10歳年上に、父さんの10歳年下の妹で『可憐』ていう叔母がいるんだがな、当時16歳で高校生だった。歳の差がそんなに無いから、俺たち兄妹きょうだいは可憐姉さんと呼んでいた。

 葬式の日、セーラー服を着た可憐姉さんを初めて見たんだ。それが印象に残っている。俺と可憐姉さんの関わりはそんなに無かったし、そもそも制服姿で会うことなんか無かった。だからあの日が初めてだったのを覚えてる。高校生って大人なんだなと、子供ながらに思ったんだ。だが、今になって晴海を見ている限りそうは思わないがな。やっぱり高校生なんてまだ子供だ。

 話を戻そう。お昼ご飯の時、当時俺は早食いってのにハマっていてな、めちゃくちゃな勢いで弁当を食ったんだ。……うるせえ。マイブームってのは誰にでもあるだろ。そう。それで、早く食べ終わってぼうっと椅子に座っていたら、向かいに座っていた可憐姉さんが俺に声を掛けたんだ。確か、ちょっと話そう的な感じだったな。姉さんの弁当は何も手を付けられていなかったのを覚えてる。輪ゴムすら外されていないお弁当が置いてあって、姉さんに食べていいかと訊いたことも思い出した。結局どうしたんだっけか。きっと食べたんだろうな。まあいい。

 その話で、確か姉さんは、婆ちゃんとの思い出があるかどうかってことを俺に尋ねたな。俺はなんて答えたか忘れた。でもそんなに無かったように思う。今思っても、婆ちゃんと何したって記憶は特に無いからな。……それで、姉さんは言った。

「あたし、好きな人がいるんだ」

 と。6歳児に恋愛相談を始めたんだ。まあ多分、適度に会話ができて、なおかつ言いふらしても大した影響力を持たない人に相談したかったんだろうな。それに、どうでもいい内容であれば記憶に残らない6歳児。後々言いふらされる心配も無いわけだ。案の定、今の今までこんな話は忘れていたし、その相手がどんな人かも忘れた。姉さんの読みは当たった訳だな。

 まあいい。今回の本題はこれからだ。この恋愛話の後に、姉さんは婆ちゃんの初恋のエピソードを語り出したんだ。

「父さんと母さんが聞いてるのをたまたま聞いちゃってさー」

 なんて、呑気に笑いながら語る姉さん。多分この時の記憶で合ってるはずだ。それ以外にこんなふうに話したことは無いからな。それで、姉さんが言った恋愛話は、爺ちゃんとの出会いまでだった。

「母さんの初恋はね、『みつる』て人だったんだって。でもその人はね、なんと親友に取られちゃったんだって。それで悲しくて、同級生だった父さんに愚痴ったら慰めてもらえて、その優しさが嬉しくて好きになったんだって」

 この短い話を思い出したんだ。俺はその時なんて返したか分からない。何を思ったか分からない。でも、婆ちゃんの葬式でセーラー服姿の可憐姉さんがそう言ったのは覚えてるんだ。この遺書の『統』という人間が、この可憐姉さんの話に出てきた『みつる』という人間かは分からないが、佐倉の婆ちゃんと蔵本の爺ちゃん婆ちゃんの三人と関わりのあった同じ名前の人間なんて、そう簡単に二人もいないだろう。だから、この遺書の『統』て人間を、俺は聞いたことがあったんだ。そして可憐姉さんなら、何かを知っているかもしれない」


ーーーーーーーーーー


 伯父の話は以上だった。

「全く知らなかった」

 母がそう言うと、

「この遺書を見るまで、俺もこんな記憶を思い出すことは無かったんだろうな」

 と伯父が言う。そして伯父は、

「可憐姉さんのとこ、行くか?」

 と母に訊くと、母はええと頷いた。

「しかし……所在が分からんな」

 伯父がそう言って考え込んでしまったので、私が祖父なら知っているんじゃないかと提案してみる。伯父はああそうかと言って、祖父の家へ行くことを決めた。佳晴と晴海はお留守番。なにせ祖父の家へ向かう車は、私たち家族が乗ってきた軽自動車なのだから。

「運転させてくれ」

 と母に伯父は言った。伯父は根っからの車好きだから、母が乗っている車に興味があるようだった。伯父がハンドルを握り、母が助手席。後部座席に私と姉が座って、二十分かけて再び祖父の家まで向かうのだった。

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