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大家族  作者: ひらたまひろ
第3部『さくらを捜して』
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第10章

 そして、季節は巡った。セミがうるさく鳴く夏の中盤。要するにお盆ということなのだが、私たちは祖父母の家に集合していた。そこにいる面子は以下の通りだ。

 私、小出美佳。

 姉、小出美菜。

 母、小出美咲。

 父、小出将斗。

 伯父、蔵本晴。

 叔母、蔵本佳海。

 従弟、蔵本佳晴。

 従妹、蔵本晴海。

 祖父、蔵本実秀。

 祖母、蔵本紀薇。

 大叔父、瀬谷優。

 大叔母、瀬谷可憐。

 従姉叔父、瀬谷冬継。

 この13人が集まった。これから車で大月まで向かう。そして大月で祖母の願いを叶えるのだ。だが、そうはいうものの大叔母の瀬谷家は、曾祖母の心残りになど別に何も関係が無いのである。彼らはお盆の帰省でこの日に実家である大月に帰省する予定があった。そこに私たちが便乗してついて行くことにしたのだから、私たちがおまけのようなものである。

「すみませんね、可憐さん。せっかくの家族の帰省なのにご一緒させていただいて」

 祖母が瀬谷家に向かって頭を下げた。その横にいる祖父がムスッとした態度を取る。それを見た祖母が祖父の頭を無理に下げた。なかなかシュールな光景であった。

「いえいえ、お気になさらず。優さんも私も冬継も、ご一緒できて嬉しいので」

 大叔母はそれを見て苦笑いを浮かべながらワタワタと手を振った。そして横目でチラッと部屋の奥を見た。そこには姉と、1人の男性がいた。

「それに今回は、冬継の見合いも兼ねていますので」

 それを聞いた祖母はクスッと笑って、

「同い年ですからね、あの2人。上手くいくといいですね」

 と答えた。祖父は少し気に入らない素振りを見せたが、黙って姉と冬継さんの会話の様子を見ていた。

「美菜もいよいよ結婚か」

 父が私の後ろでそう呟いた。

「どうだろね。そう簡単にあのお姉ちゃんが結婚なんてするかな?」

 私が返すと、

「でも美菜、結構明るくノリノリで話してるわよ? 見た感じ、あの子の無愛想な一面は出ていないし」

 と母が笑う。姉は前に、冬継さんが自身の初恋の人であると私に打ち明けている。それを考慮すると、やはり2人はいい組み合わせなのだろうか。

「まあ、あの様子じゃ任せておいてもいいだろう」

 父はそう言って、スタスタと歩いて行く。そして向かったのは、佳晴のところであった。

「やあ、久しぶり。職場の方は?」

「相変わらずっすよ。なんつーか、機械は好きなんすけど、いじるにしても知識が欲しくって。俺には少し難しいっつーか。晴海ならどれだけ素直に覚えるだろうかって思うと、なんか悔しいっすよね。妹に劣っているってはっきり自覚する瞬間っすもん」

「ま、人には得意不得意があるからな」

「そういえば叔父さん。機械工学って得意っすよね?」

 などという会話を繰り広げる。ザ、オトコという感じでなんだか理解ができない。あの会話の何が面白いのだろうと思ってしまう。

「お兄ちゃん、叔父さんと話すの大好きなんだよ」

 横から明るい声がした。

「まあ、そうでしょうね。お父さん、機械得意だし。佳晴も機械大好きだもんね」

 私の言葉に可愛い微笑みを返す晴海。

「どこがどう面白いんだかって感じなんですけどね、機械って。でもなんだかんだで私も勉強の手伝いとかよくさせられるんです。おかげさまで、最近は機械を見ると内部構造が気になって仕方がなくなってきつつあります。もう、嫌になります」

 その言葉は、機械がまるで嫌いだと言っているようには聞こえない、まんざらでも無いような口調だった。肩を竦めながら、少し楽しそうにそう語った。なんだかんだで、晴海も機械に興味を示しているようだ。

「でも、それ以上に車を分解し始めるお父さんの気は知れないけどね」

 晴海が私にウィンクしながらそう言った。

「そうか、分からないか。車に手を加えるのは楽しいぞ?」

 そんな晴海の背後から迫る影がそう言う。貫禄のあるその顔は、少し不審な笑みを浮かべているように見えた。

「お、お父さん!? い、いつからいたの?」

「車をいじる俺の気が知れないって辺りからか?」

 その男、伯父はそう晴海に告げる。そうして、それはさておきと自分から話を切り出した。

「まあ、そだな。車をいじる知識は無くても別に構わないから、覚える必要も楽しさを覚える必要も全くない。まして晴海は女子高生だ。分かれと言う方が難しいだろうな。だがいずれ分かる日が来たのなら、そのときは一緒にいじろうじゃないか」

 笑顔でそう言う。

「車を好きになる日なんて来るのかな?」

 晴海が小首を傾げて考えた。そしてしばらく唸って、

「もしかしたらあるかもね」

 と笑った。

「根拠は?」

 私が訊くと、

「お父さんの娘だから」

 と笑顔で返ってきた。私はそれに微笑み返す。内心で、蔵本家の仲の良さを実感していた。

「さあ、そろそろ行きましょうか。兄さんたちを待たせるわけにはいきません。もう出ないと約束の時間までには着きませんよ?」

 聴き慣れない声が聞こえる。振り返ると、そこには以前会った祐登さんに似た顔をした、少し色の黒い男性がいた。彼の肌は、日焼けによって荒れていた。この人が、単身赴任先のバングラディシュより帰ってきた瀬谷優さんである。私たちは彼に従って各自車に乗り込んだ。なお、祖父母は長距離の車の運転に自信がないという話だったので、私たち小出家と、伯父たち蔵本家のどちらかに乗せることにしていた。行きは祖母が小出家に、祖父が蔵本家に乗った。


 大月までは車でずいぶんと時間が掛かった。山の中を突っ切るような中央自動車道を走ったとしても6時間近くかかる。今まで鉄道でしか行ったことが無かったため、これほど時間が掛かるなどとは思っていなかったが、どうやら私以外の人の平然とした態度を見ると、分かっていなかったのは私だけだったようだ。

 約束の時間の15分前に私たちは瀬谷家の玄関前に立っていた。インターフォンを押したのは優さん。スピーカーからは無音だったが、ドアの向こうから足音が聞こえる。そしてドアが開いて、顔を出したのは優さんの兄の祐登さんだった。

「やあ、久しぶり。お邪魔します」

 そう言って優さんは家に上がった。それに続いて、大叔母と冬継さんが上がる。続くようにして私たちも大勢で入っていった。

 瀬谷家は案外広い。人が13人増えても、部屋に少しの余裕があるように思えた。

「正月以来だな、優。バングラディシュはどうだ?」

「相変わらずだ。日本の農業技術を導入するべく派遣されたが、全く進む気配がない。そもそも機械が扱える技術者が少ない。説明するのも一苦労でな」

「あっははは。そりゃ前にも聞いたわ」

「ああ、言ったとも。詰まるところ、この8ヶ月の間に進歩が全くないということだ」

「なるほどなぁ、大変なこった」

 瀬谷兄弟はお茶を啜りながらそんな話を繰り広げていた。そこにスタスタと歩いていく1人の青年。

「あの、農業の機械ってどんなのなんすか?」

「ん? ああ。それはな……」

 そう訊いた佳晴に優さんが微笑みながら返す。何やらまたマニアックな話が始まったようだ。私にはさっぱり分からない分野で、聞いていても詰まらないのでそこから違う場所へと意識を移そうとしたときだった。

「美佳姉ちゃん。ちょっといい?」

 後ろから肩を軽くトントンと叩かれる。振り返るとそこに晴海がいた。

「どうしたの?」

「えっとね、あの手紙、あとで渡してくれるかな?」

 あの手紙……? はて、なんのことだろうか。心当たりが無い……こともない。もしや。

「あの手紙って、溜さんから預かったやつかしら?」

「そう。瀬谷壮一郎さんが、さくらさんの記憶を取り戻そうとしたあの手紙」

 確かにあれは、私が預かっていいものなのか抵抗を覚えた品であった。いくら昔のやり取りだとはいえ、無関係の私が預かるわけにはいかない。その時は住所の特定にもってこいの品であると思って預かったが、言われてみればどうやって返すかなどの方法は考えなかった。いや、考えなかったのか? いくら私でも、預かっておいて返す方法を考えないなんてことは無いはずだ。となると、当時の私はなにか返す方法を思いついていた……?

 半ば混乱しかけた頭の中を落ち着かせ、ゆっくりと約4ヶ月前の記憶を辿る。そこに浮かんだのは、中性的な顔立ちの男とタバコ。むせ返る晴海。それと、無愛想だが焦りが露骨に顔に出る凉。そしてその横に立つ夫人。

『友達になって、救ってあげて下さい』

『事実でしょう?』

『……それでも、嫌い』

『待って!』

 そんな言葉が脳内で再生される。そして最後に、

『あのさ、今度、遊びに行ってもいい?』

 という言葉を思い出した。それは確か、凉が晴海に向けて言った言葉であったはず。じゃあその後、私はなんで預かったのだ? 凉が来る保証などその言葉の時点ではさらさら無かった。きっと何か根拠があった。預かっても良い、預かっても返せる、そういう根拠が絶対に。

 そして思い出していると辿り着いた。その答えの言葉に。

『小出さん。これ、持って行ってくれたまえ』

『大丈夫。ちゃんといつか取りに行かせるさ。誰に、とは言わないけどな』

 笑った目。次に何をすべきかを見据えたような口許。そしてそれが暗示していた彼の真意。私が顔を上げたのと同時に晴海が口を開いた。

「昨日、凉ちゃんから電話があったの。来週の月曜、私の家に手紙を取りに行くよって」

「そう」

 私はもう頭の中で整理が付いていたため驚かなかった。むしろそれは答え合わせのようなものだ。もし違うことのために手紙を使うのだと言われたら、きっと予想外のことすぎて私は呆気に取られて立ち尽くしたであろう。

 私は鞄からその手紙を取り出して、

「凉ちゃんと仲良くするのよ?」

 と言いながら晴海に渡した。

「うん! もちろん」

 晴海がそう言って笑いながら手紙を受け取る。しかしその後、でもと口を開いた。

「なに?」

 私が訊くと、

「電話の最後に、凉ちゃんが私に何か言いかけて、やっぱり秘密って言って笑ったんだよね。それがすっごく気になって仕方がないの」

 と言った。

「そういうの、一番気になるよね」

 私はそう言って晴海を見ると、晴海は何か引っかかったような表情をしていた。

「気にしてても仕方がないでしょ? きっと会った時に話そうってことでしょ」

 私はそう言って、晴海の肩に手を置いた。晴海はコクリと頷いた。その直後、

「お墓に行くぞ」

 と父に言われた。

「え、うん。行こう、晴海」

 私は返事をし、晴海にもそう声を掛けた。晴海は表情を柔らかくして、うんと頷いて私の後に続いた。


 前と同様、結構な道のりを歩いて周防寺にやってきた。そしてお墓の前に立って、大人数で手を合わせた。その後、祖母が曾祖母の遺書を墓石の前に置き、中で眠っているであろう統さんに捧げた。

「母、佐倉凛は、ずっとあなたのことを想っていましたよ。ここに綴られた想いは彼女の心残りです。2人の間にどんなことがあったのか全てを知っているわけではありません。ですが、あなたのことをずっと想っていたということは間違いなく言えます。だから、もしこの手紙が読めて、届くのであれば、母の気持ちを受け取って下さい」

 祖母は震えた声でそう言った。そして最後に、

「会ってみたかったよ、お父さん」

 と微笑みながら涙を溢した。

「お父さん……?」

 その言葉に、優さんと祐登さんは不思議を覚えていたようだ。それもそうだろう。瀬谷統は自分たちの父親であり、この見ず知らずの蔵本紀薇の父親ではないはずなのだから。

「紀薇はな、お前たちの腹違いの姉だ」

 祖父が不思議がる2人にそう言った。

「え、なに、父さんって隠し子がいたの?」

 祐登さんが祖母を見ながらそんな発言をする。

「隠し子というか、どっちかといえば本命との間の子だがな。しかし、そうだな。隠し子と言っても過言ではないかもな」

 祖父が鼻で笑ったようにそう言った。

「え、待って下さい」

 優さんが困惑したような声で祖父に言った。

「どうした?」

「いえ。俺は可憐と結婚しているから、あなたは義理の兄という立場にあります」

「そうだな」

「でも、紀薇さんが本当に腹違いの姉なのだとしたら、その夫であるあなたは、こちらを辿っても俺の義理の兄という立場になります」

「……そうだな」

 これには少し祖父も驚いたような顔をした。考えてみればそうだ。どう辿っても義理の兄弟。祖父と優さんは、そんな関係に結ばれていたのだ。

「運命なんじゃないの?」

 母が茶化すように祖父に言うと、

「うるさい。別になんでもいい。たまたまだ」

 と祖父は照れたようにそっぽを向いた。

「でもどうして、父さんは松本と大月に妻がいるの? というか、一夫多妻制が認められていない日本で、どういう経緯で子供を残したんだ?」

 その疑問を掲げたのは祐登さんであった。

「話すと長くなりますよ」

 伯父がそう言って祐登さんの横に言った。

「それでも構わない。どんな経緯があったのか知りたいのです」

 祐登さんの言葉に伯父は頷くと、物語の内容をかいつまんで説明を始めた。その様子を見ているのも面白いものであったが、それよりも私の背後で聞こえた会話に興味を惹かれた。

「美菜さん、少し良いですか?」

「ふぇ? あ、はいっ」

 その会話は姉と冬継さんのものであった。

「ここでは少し場違いですので、お寺の境内から一旦出ましょう。というか、この近くにいいカフェがあるんです。そこに行きませんか?」

「え、ええ。是非お願いしたいです」

 そんな会話だった。2人はお墓を後にして、そのまま来た道を戻っていった。そして私の視界から消えていった。

「ねえねえ! 今の見た?」

 私は即座に両親のところへ駆けて行った。

「ええ。もちろん」

「あんなに緊張している美菜を見るのは久しぶりだな。小学校の入学式とか卒業式とか、それくらい前かも知れん」

 私たちは3人でニヤニヤと笑いながらそんな話を進めていた。そこに優さんと可憐さんもやって来て、

「冬継のやつ、上手くやるかな?」

「大丈夫よ。美菜ちゃん良い子だし」

 などという話が始まった。恋愛話に対する本能なのだろうか? 私の心はなんだか弾んだようにワクワクしていた。

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