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大家族  作者: ひらたまひろ
第3部『さくらを捜して』
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第9章

 私たちは大月の駅を降りて市街地へ向かった。本当に少し歩くだけで目的地には着いた。

「ここが、優さんの実家よ」

 大叔母がそう言ってインターフォンを押した。スピーカーから「はーい」という男の子の声が聞こえた。

「可憐です。御無沙汰しています」

 大叔母はインターフォンに向かってそう告げた。スピーカーから驚きの声が聞こえた。そしてすぐに玄関の鍵が開いて、出てきたのは中学生くらいの男の子だった。

「おばあちゃん! 退院したんだったら言ってくれよな!」

 その少年は笑顔で大叔母に告げた。

「ごめんね清也せいや。あたしも忙しくて、すぐにこっちに来るから伝えるのはその時でいいかと思って伝えていなかったのよ」

 大叔母はその少年(清也という)にそう告げて、軽く彼の頭を撫でた。

「あら、本当にお母さんだわ」

 そう言って出てきたのは、30代後半くらいに見える女性だった。

夏津実なつみ! 来ていたのね」

「まあ、家が近いからね。たまたまよ」

 大叔母の言葉に笑いながら返す女性。そしてその女性が私を見て、

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

 と大叔母に訊いた。

「ああ、あたしの兄さんのお孫さん」

「小出美佳です」

 気付いた時には咄嗟に挨拶をしていた。そんな私を見て女性が笑った。そして、

「初めまして。瀬谷可憐の長女の渡辺夏津実です」

 と私に挨拶した。そして夏津美さんは、

「玄関で立ち話もなんですから、どうぞお上がりください」

 と言って私たちに家へ上がるように言った。

 家の中は散らかっているという言葉とは無縁なほどに綺麗に片付いていた。本棚の中の本はきっちりと整頓されていて、机の上に乗っている物は数少ない。乗っていたとしてもそれは全て整頓されていた。

「相変わらずね、お義母さんは」

 そう言ったのは大叔母であった。それを聞いて夏津美さんが小さく笑った。

「ほんとに。『使った後は使う前より綺麗にする』がモットーだものね」

 『使った後は使う前より綺麗にする』。それは普通に考えて不可能であるから比喩表現であろう。そんなことに突っ込んでいる暇は無いが、ついそう頭の中で思ってしまったのだった。

「それで、お義母さんはどこ?」

 大叔母が夏津美さんにそう訊くと、

「おばあちゃんに用事があるの?」

 と返ってくる。

「そうよ。美佳ちゃんを連れてきたのはお義母さんに関わることだから」

 そう大叔母が返すと、

「そう。じゃあ呼んでくる」

 と夏津美さんは言って部屋を出て行った。

「美佳ちゃん、運がよければ今日中に全部分かるわね」

「はい。ありがとうございます」

 大叔母にそう微笑みかけられて、私は口許を緩ませながらそう答えた。私たちが4ヶ月間追ってきた謎の男、石井統。その男と戦争中に逃走して謎の少女、さくら。おそらく本名は佐倉奏。今から対面するのはこの人探しにおいて重要な人物なのである。そう思うと急に心拍数が上がった。体温がみるみるうちに上昇して、汗ばんでいくのが分かった。なぜこんなに緊張しているのかは分からない。おそらく、重要な人と対面すると意識したからこうなったのだろう。頑張って落ち着かなくては。私はそう思って必死に心を落ち着かせようとした。しかし、落ち着かせるには時間がだいぶ足りなかった。数秒後に足音が聞こえたと思ったら、部屋のドアが開いて夏津美さんが入ってきた。そしてその後ろに小柄な年配の女性がいた。右の頰には刀傷の痕がはっきりと見えた。

「お久しぶりです、お義母さん」

 大叔母がそう挨拶をした。するとその年配の女性ことさくらさんは、大叔母にニコリと微笑んで、

「お帰りなさい」

 とだけ言った。そしてその笑顔のまま私を見て、

「初めて見る顔ね」

 と言った。

「あ……っと。小出美佳と言います。可憐さんの兄である蔵本実秀の孫です」

 私はガクガクに震えながらそう言った。さくらさんはそんな私を見て笑った。

「人見知りかしら? かなり緊張しているように見えますよ」

 そう私に言い、数歩歩いて私に近づいて言った。

「緊張をほぐすために有効なのは、急須で淹れたお茶を飲むことなんですよ? 死んだ私の旦那がよく言っていたことなんだけどね、お茶を飲むと落ち着くんじゃなくて、お茶を淹れると落ち着くんですって。彼はよくお茶を飲んでいました。楽しい時、悲しい時、怒っている時、落ち着かない時。いつどんなときでも――」

「……」

 頼んでもいない語りが始まったが、急須やお茶という言葉を聞いて、その様子が朧げにイメージできたのは、おそらく似たような描写を物語で読んでいたからだろう。

 しかし、このまま話が続いていけば、本題に入るタイミングを逃してしまうかもしれない。

「あの、」

 私は語っているさくらさんの言葉を遮って口を開いた。

「実は私、ある人の行方を探っているんです」

「ある人って?」

 さくらさんは私に疑問の眼差しを向けてきたから、私はさくらさんを真っ直ぐに見つめた。

「石井統という人間です」

「まぁ……」

 私の言葉を聞いて、目を大きく見開いたさくらさん。そして私にこう言った。

「統さんなら知っていますよ」

「じゃあ……」

 その言葉に私が期待の眼差しを向ける。しかしそんな私を見て、さくらさんは右手の人差し指を1本立てた。そして、

「でも質問。どうして彼を捜しているのですか?」

 と訊いた。私は彼女に曾祖母の遺書のことからの流れを全て話した。

「……ということで、統さんと一緒に逃走したさくらさんを辿ってここに来たんです」

「そう。ご苦労様です」

 そう言って、さくらさんはお茶を啜った。そしてコップを置くと、

「でもよく私がその『さくら』だと分かりましたね」

 と言った。

「大月の瀬谷と聞いたら、可憐さんの旦那さんと簡単に結びつきまして」

 私がそう答えると、

「そうですか」

 とさくらさんは笑って返した。その後、

「それで、統さんのなにを話せば良いのですか?」

 と付け足した。

「ええと、なにと言われましても……。その後の足取りから今に至るまでの全てをお願いしたいです」

「存外欲張りなんですね」

 さくらさんは呆れたような笑みを浮かべながらそう言った。

「すみません」

 私が謝ると、

「別に謝る必要は無いですよ。ですが、統さんは自分について語ることも語られることも良く思わない人だったので、あまり話しすぎるのは申し訳ないなとも思うのです」

 とさくらさんは返した。そういえば、物語の中でも統さんのことに関しては作者である曾祖父でもよく分かっていないことを滲ませる描写が幾度となくあった。それはその統さんの性格が影響しているのだろうか。

「では、無理の無い範囲でお願いしたいです。絶対に聞きたいのは、いつ頃亡くなったのかとお墓の位置です」

 私がそう言うと、そのくらいは良いでしょうと言ってさくらさんは話し出した。


ーーーーーーーーーー


「石井統さんは、ご存知の通り私を助けるために戦争を放棄して逃走した兵隊さんです。私の記憶の一番最初にいる人の一人です。彼と出会う前、私は自分がどこでなにをしていたか分かりません。それに本名も知りません。とりあえず、苗字だと思われる『佐倉』から取って『さくら』と呼んでいたと聞かされています。もちろん、統さんから。

 私と統さんが大月にやって来たのは59年の11月の頭でした。食べ物が無くて空腹な状態で線路脇に座り込んでいたところを壮一郎さんに見つかって、ご飯をいただきました。壮一郎さんは当時48歳で既婚済みでしたが、子供には恵まれていませんでした。彼は統さんを見ると、

「この家の養子になってくれないか」

 と頼み込みました。私たちに行く宛など無いので、統さんは二つ返事で許可しました。当然私も養子になるのかと思いきや、壮一郎さんは私に東京へ帰るように言いました。

「君はきっと財閥家の血を引く者だ。こんな百姓の家にいるより幸せになれる。しばらくはここに留めるが、時が経ったら東京へ帰りなさい」

 壮一郎さんは私のことを思ってそう言ってくれました。ですが、その彼の言葉に統さんが、

「記憶を失っている私が1人で行動するのは危険だ」

 と言ったんです。そうしたら壮一郎さんは、佐倉家に手紙を書いて出したんです。私の記憶を取り戻すために。ですが、返事は来ませんでした。最終的に、

「記憶を失くしているし、財閥家とはもう関係が無いだろう」

 と統さんが壮一郎さんを説得して、私はこの家に留まることを許可されました。それが翌年の3月だったと思います。

 でも、壮一郎さんは私に留まる条件を提示してきました。それは、統さんと結婚することでした。瀬谷家は代々農家で、その後継ぎが欲しかったようです。ですが、自分に子供がいないことは近所の人には周知の事実。養子を取ったとはいえ、この辺一帯の人はどこの馬の骨か分からないような男と結婚する気にはならなかったそうで、統さんの縁談はことごとく無くなっていきました。そこで最後の手段として私が選ばれたのです。近所からしたら、どこの馬の骨か分からない夫婦がいきなり誕生したので、それはそれは除け者にされました。実は壮一郎さんは、そうなることを恐れて私と統さんを結婚させない方向で動いていたそうです。ですがやむなく結婚させたら、案の定という訳ですね。

 結婚した私と統さんでしたが、言った通り大月には上手く馴染めませんでした。おまけに当時私は14歳。今で言うと中学2年生です。当時の法律では結婚年齢を上回っていたので法律上の問題はありませんでしたが、近所の奥様方には子供扱いされました。それに左手の親指も無いので、私を『かたわちゃん』と呼びました。それからしばらくはいじめられました。

 事態が変わったのは戦火が大月に迫った60年の7月頃ですかね。男性はほとんど徴兵されましたが、統さんはなぜか徴兵されませんでした。そしてこの地区は、統さん以外全員が女性になりました。

 その年の暮れに町内会議がありました。その時に私はむりやり議長をやらされました。奥様方は多分私を困らせようとしていたと思いますが、統さんが重々しいことを言ったため会議は急に深刻な状況になりました。それは、

「ソ連の怖さを知らないままだと大月は廃墟と化す」

 でした。奥様方は、ソ連の怖さを全く知りませんでした。それどころか、戦争なんて東京で食い止まってるからこっちに来るとは思っていなかったのでしょう。ですが、統さんの発言は大きな意味を持っていました。それはこの町に当時流れていた「瀬谷家の養子は東京から落ち延びてきた兵隊である」という噂にあります。それは統さんが弱く意気地なしであることを表現したものでしたが、それが本当なら実際にソ連兵を見たことがあり、そして戦ったことがあることになります。最初は弱さからの発言だろうと奥様方はバカにしましたが、統さんは私の左手と頬を奥様方に見せて、

「これはソ連兵によって襲われた時の傷だ。さくらは東京で暮らす一般人だった。ソ連兵は一般人ですら容赦なく人を殺す。さくらの家族は全員殺された」

 と言いました。そして更に、

「俺の妹も2人、ソ連兵によって惨殺された。何の罪もない少女が、見苦しいほどに破られた服を纏って、血に塗れ、痛がり、苦しみ、腕の中で臥すその姿を、お前らは想像できるか?」

 と問いかけて、

「死にたい奴は俺とさくらをバカにしてろ。死にたくない奴は俺に従え」

 と低い声で言いました。それ以降、奥様方は私と統さんを悪く言わなくなりました。

 その後、統さんは色々策を講じて大月の町と奥様方の命を護りました。色々の内容を言ったら統さんがあの世で怒るだろうから言いませんね。

 それがきっかけで、統さんは大月の人に認められる存在になっていきました。

 そして終戦を迎え、それから5年が経った66年、私と統さんの間に長男の祐登が産まれ、68年には次男の優が産まれました。2人は順調に成長していって、90年には祐登が結婚してこの家を継ぎました。

 しかし、この頃から統さんは体調を崩しがちでした。ある日病院に行くと、末期の骨髄がんが見つかりました。そして東西日本の統一を目前にした92年の2月、この世を去りました。52歳でした。最期に私に言ったのは、

「急須を取ってくれ」

 でした。私が急須を取るために振り返ってした数秒の間に息を引き取りました。

 お墓は瀬谷家の菩提寺の周防寺すおうじに作られました。

 その3年後に優が可憐さんと結婚しました。可憐さんのお父さんである渉さんは私に気づいていました。そして優が統さんの子供であることにも気づいている様子でした。私も渉さんを一眼見て、記憶の最初にいた兵隊さんの片割れであることを思い出しました。ですが渉さんは、統さんについては不自然なほど全く訊いてきませんでした。その後のことはもう話さなくて結構でしょう。すみません、話が長くなってしまいました」


ーーーーーーーーーー


 さくらさんは話終えると、またお茶を啜った。

「さくらさんは、統さんの妻だったのですか?」

 私が訊くと、

「失礼しちゃいますね。妻だったのではなく、今も妻なんですよ?」

 と笑顔で返ってくる。私はそれに、肩を竦めながらすみませんと返した。

「でも、優は彼について語らなかったのですか?」

 さくらさんが大叔母に訊いた。

「ええ、あたしは何も聞いてませんね。優さんの父親が亡くなっていたのは知っていたので、それ以上深くは踏み込みませんでした。名前すら聞いたことありませんもの」

 大叔母がそう言うと、さくらさんは微笑みながら「そうですか」とだけ言った。

「ごめんなさいね、捜していたのに亡くなってしまっていて」

「え、あ、いえ。元々望み薄だったので気にしていませんよ」

 急に謝られて驚いて、私は咄嗟にそう返した。

「それで、想いを伝えるためにお墓を知りたいのでしたか?」

 その質問に私ははいと頷いて答えた。

「では祐登に案内させます」

 そう一言だけ言うと、さくらさんは立ち上がって部屋を出た。部屋には私と大叔母だけが残された。

「良かったわね。これで人探しは終わりでしょ?」

「ええ、まあ」

 私はそう答えた。曾祖母の心残りである石井統への想い。それを伝えたいという実の娘の願い。そして捜して行き着いた大叔母の嫁ぎ先の実家。ピースは全部ハマったように思う。そう思った時だった。ドアがガタリと開いて、背の高い男性がそこから顔を出した。

「お久しぶりです、可憐さん」

「あら、祐登さん。お久しぶりです」

「ごめんなさい、ろくにお見舞いにも行けずに」

「いえいえ、ただの交通事故です。よくある話ですからお気になさらず」

 どうやらこの男性が、さくらさんと統さんの長男、瀬谷祐登のようだ。

「それで、はじめましてですよね?」

 急に祐登さんが私に向き直って言う。

「あ、はい。小出美佳です。はじめまして」

 そう答えると、

「父の墓へ案内するように母から頼まれました、瀬谷祐登です」

 と返ってくる。柔らかい笑顔で、なにか心が晴れるような感覚になった。

「では、行きましょうか」

 そう言って立ち上がり、私たちについて来るように伝えた祐登さん。私と大叔母は、彼の背を追った。


「ここが、父の墓です」

 祐登さんはそう言って、瀬谷家先祖代々などと書かれた墓の前で立ち止まった。

「なんか懐かしい感じです。ここに来るのは4年前の墓参り以来ですもの」

 大叔母がそう言って、墓石の前で手を合わせた。私も習って手を合わせる。祐登さんも私たちの後ろで静かに手を合わせていたように思う。

 この日はそれ以降特に何をするわけでもなく、そのまま墓参りらしいことをしてきた。水で掃除をし、線香を与え、花を変えて。その程度のことである。

「想いを伝えなくていいの?」

 と大叔母に訊かれたが、

「想いはおばあちゃんから伝えるべきだと思うんです」

 と私が答えたので今日は無しになった。

「ここに来るときは連絡を下さい。その上で瀬谷家に寄っていただければ揃って墓参りのお供をしますので」

 祐登さんがにこやかにそう言って下さったので、私たちは次に来るときは事前に連絡を入れてから来ることを決めた。

 日暮れ間近になって、私たちは大月を後にした。一路松本へと向かう。帰りの列車の中ではぐっすりと寝てしまった。我ながらそれはしょうがないことだと思う。なにせ、あんなに緊張して、結構な距離を歩いたのだから。意識が現実に戻ったのは、列車が松本駅のホームへと滑り込んでいる時であった。

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