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大家族  作者: ひらたまひろ
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序章

 2031年の二月初頭。毎年の如く雪の舞うその日、曾祖母ひいばばが亡くなった。享年90。1940年産まれで、大東亜戦争とその後の大日本戦争を経験し、ソ連とアメリカによって分割統治された東西日本時代からソ連解体後に西側に統一された現在までを見てきた人だった。私は現在25歳になったが、彼女との思い出は案外多い。というのも、老化現象の一環であるボケは彼女に存在せず、いつもしっかりとしていて、それでもって分割統治時代や家電流通に至るまでなどの過去の話を色々聞かせてくれたからだ。

 しかし、そんな曾祖母であったが、彼女は最期まで彼女の青春と大きく重なる大日本戦争については語らなかった。もちろん私は学校に行っていたし、社会科の時間に歴史としてやっているから基礎的なことは分かっている。大東亜戦争後に米英中ソによる分割統治が行われた日本で、社会主義と資本主義の戦争が起こった話である。その戦争は1957年から4年間に渡って続き、イギリスと中華民国は日本から撤退、アメリカとソ連によってフォッサマグナを境に東西に分割する結果を招いた。曾祖母はその戦争の当時、17歳から20歳である。記憶喪失か何かで無い限り、記憶に無いはずがない。だが彼女は、その戦争について一切を語ろうとしなかった。

 私は正直、この大日本戦争に興味があった。学校の歴史の授業では、死者数や侵攻の目的、そして代理戦争の引き金であると取り扱われるが、私の興味はそこに無かった。私が知ろうとするものは、戦時中の生活である。特に東都とうとでの暮らしは、私の興味を一層(そそ)るのだった。

 一都市なのに四カ国に分割統治された東京は、北からのソ連の侵攻によってソ連の領土となる。終戦後は東日本の首都として『東都』に改称。(西日本の首都は『京』。京都より改称。東側からは西都せいとと呼ばれることもあった。)そのような、歴史の時間に習った知識はただの結果だ。実際にどれだけの人間が犠牲となり、一般人がどんなふうに暮らしていたのか。私が興味を持つ部分はそういうところにある。歴史の教科書には絶対に載らないような、その当時の生活そのままに。

 だから私は、曾祖母から話を聞くことを試みようとした。幸いなのかどうかは知らないが、私からすれば幸いにも、曾祖母は当時東京、つまり現在の東都に住んでいたようだ。そして、その戦いはどんなものだったのかと訊くと、彼女は決まって、あなたが知りたいような神秘に満ちたような価値のある物ではありませんと答えるか、そういえば――などと言ってあからさまに話の題材を変えた。それは私にだけでなく、私の姉や母、いとこ、母の兄である伯父、そして祖母や祖父にさえもそのような態度を取るのだった。その何かを隠したような態度に、私は不思議を覚えた。それと同時に、隠れている何かを探ってやろうとも思った。

 曾祖母は、母の母の母だった。母の父と母、つまるところ私の祖父母は、その大日本戦争中に産まれている。だから二人からも話を聞くことはできたが、二人が育った場所は東京ではなく、その戦争の疎開先であったここ、長野県の松本であった。そのため、彼らが記憶している場所と暮らしは(決して平和ではないが)比較的平和なものであった。父方の祖父母は私が産まれるより早くに鉄道事故で亡くなっていて、話を聞く以前の問題であった。

 曾祖母の葬儀はもう済ませて、今は死後一週間といったところだ。遺書を見つけたのはこの日のことだった。その時その場に居合わせたのは、私と姉、母、祖母、そして祖父だった。

 この遺書を見たときは驚いた。まず、少しだけだが戦争中の東京の様子が書かれていた。今まで誰も曾祖母の口から聞いたことがない東京の戦争の話。

『あの大日本戦争で、東京は散々な有様になりました。』

 たったこれしか無いけども、それだけで全員が驚きの声を上げたのだった。

 しかし、一つ謎がある。不特定多数の人に向けた遺書の中で、この一節だけが何故か特定の個人に向けて書かれているのだ。その相手は『統さん』という謎の人。驚くべきことに、彼の存在を知っている人は誰もいなかった。

「誰なんだろうね」

 私がそう切り出すと、

「ひいバアの恋人じゃない?」

 と姉が返した。曾祖母は結婚していなかった。ではなぜ子がいるのか。昔それを疑問に思った時、私は祖母に問いかけた。すると、養子だからだと祖母は言った。だがそれは曾祖母が祖母にそう言い聞かせていただけで、本当かどうかは謎であった。

「おばあちゃんって、ほんとにひいバアの子じゃないんだよね?」

 と私が訊く。

「そう言っていたわね。私は養子だったと言われたとき、それはまあ驚きましたけど」

 祖母がそう答える。

「と見せかけて、実は直系の子だったり……?」

 という姉。しかしその言葉に、

「無いだろうな」

 という祖父の声。どうしてと私が問うと、

「俺の親も紀薇(祖母)は養子だと言ったからだ」

 と祖父は答えた。

「え、そこの関係って何?」

「ああ、」

 私の質問に、祖父は一拍おいて、

「俺の両親はな、義母かあさんの同級生なんだよ。俺と紀薇の結婚は、その三人によって決められたんだ」

 と答えた。つまり、祖母が養子であるという情報には信憑性しんぴょうせいがあるということだ。

「じゃあ、この統さんって人間は一体……」

 その母の疑問は、一同に沈黙を呼んだ。

 数秒して、姉が口を開いた。

「やっぱりひいバアの恋人説が濃厚だと思う」

 そして姉は、遺書のある一文を指差して、

「ほら、ここに大好きと伝えたいって内容とその未練についてタラタラ語っているわよ」

 と言う。たしかに書いてある。未練という言葉が適切かは分からないが、確かに未練じみている。それは出だしからがもう既に未練で、統さんとやらへの記述が終わるまで、ずっと一貫して書かれている。

「でも、そんなこと言ったら恋人では無い説だって濃厚よ。というか、その方が濃厚よ?」

 と母が言う。私もそちら派である。

「今でこそ未練タラタラだけど、当時は拒んでいたようじゃない。それに関してはずっとそう書かれているし。だから恋人だった可能性は低いんじゃないかしら。最後は恋人になろうとしたみたいだけどね」

 私から見て、この説は非常に納得がいく。『あんなに私を大切にしてくれたのに、私はあなたを受け入れられませんでした。』という一文を筆頭に、愛されていたのに拒み続けたことが伺えるからだ。

「まあ、どっちの説でもいいわ」

 そう切り出したのは祖母だった。一同が祖母を見た。

「私はね、この想いを伝えてあげたいと思うの」

「でもどうやって?」

 私が訊くと、祖母はゆっくり首を横に振る。

「分からないわ。でも、この想いってのを伝えてあげたいのよ。この『統さん』という人間に」

 再び沈黙が襲った。全員が遺書に目を落とし、軽く読み返している。そして全員の目がある一文でピタリと止まり、同時に祖母を見て言う。

「至難だな」

「できるかなぁ……?」

「難しくない?」

「おばあちゃん本気?」

 その呟きや問いに、祖母はクスリと笑って、

「本気よ。できるかできないかじゃないの。やるかやらないかなのよ?」

 と言った。全員の視線がまたその一文へと落ちた。そこにはこう書いてある。

『もうあなたを知っている人は片手で数える程度でしょうね。』

 私たちの最強に難題な人探しが、こうして幕を開けたのだった。

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