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009:オークション

 時は静かに流れ、季節の変わり目に差し掛かったある日、王都の中心部にて、王国主催の催事、年に1度のオークションが幕を開けた。

 広場の中央には、巨大な天幕がそびえ立ち、その周囲には安価な工芸品や実用品、古びた書物から装飾具まで、都民にも手の届く品々が無造作に並べられていた。天幕の奥では歓声が響き、品々の落札を告げる甲高い声が飛び交い、活気と喧騒が空気を震わせていた。

 広場の縁を取り巻くようにして、菓子、手製の細工品を売る屋台が軒を連ね、子供を抱えた母親から、手に袋を提げた旅の商人まで、様々な階層の都民が行き交っていた。子どもたちの笑い声と、安酒をあおる男たちの笑い声が混じり、広場はまるで浮かれた劇場のように華やいでいた。

 この都民の賑わいの一方で、王国が誇る財宝は、別の空間にあった。それは広場の北端、騎士団詰所のすぐ隣にある重厚な石造りの王国大ホール。石壁には数百年前の英雄譚を描いた刻石こくせきが並び、入口には2体の獅子像が威圧するように睨みをきかせていた。

 ホールの内部には、色布を敷かれた高座に、古代遺跡から発掘された銀の懐中時計、魔術師の遺した封呪の杖、そして失われた王家の装身具など、いずれもひと財産に匹敵する逸品が並んでいた。

 この空間に足を踏み入れることを許されたのは、貴族の血を引く者か、莫大な財を有する商会の代表たちのみ。豪奢な衣を纏った彼らは笑みを浮かべながら、それぞれの目的の品に目を光らせていた。


 王国主催オークションの警備には、日頃は王国公営カジノの警戒を担う特務騎士団までもが動員されていた。銀の鎧が日差しを反射し、騎士たちの整然とした動きが、浮かれ騒ぐ都民と一線を画していた。

 その騎士の列の中には、特務騎士団副団長セレスの姿もあった。灰銀髪を一つに結び、彼女は人波を見渡していた。その瞳は鋭く、群衆のざわめきの向こうに潜むわずかな異変さえも逃さぬように張り詰めていた。

 王国大ホールの馬車場に黒いの馬車が静かに停まった。重厚な黒の車体から、まず降り立ったのは整えられた銀髪の執事、そして黒い服に身を包んだ護衛の女。彼らの動きは洗練され、無駄が無かった。

 そして最後に、馬車の扉から現れたのは、黒のマントを身に纏った1人の男。

 セレスの眉が僅かに動いた。

「ルヴェニュー男爵・・・」

 数カ月前のカジノでの惨劇の記憶を呼び覚ます。執事と護衛の舞うような剣戟と血の匂い。セレスは再び何かが起きそうな気がしていた。

 馬車から降りた3人は無言のまま大ホールへと歩を進めた。ホールの入り口に控えていた案内係の若者は、3人を目にし顔を整え、一礼とともに言葉を発した。

「ようこそお越しくださいました。ご案内いたします、どうぞこちらへ」

 中央に深紅の絨毯が敷かれた大理石の長い廊下を進んでいく。執事と護衛を引きつれたルヴェニュー男爵は、マントの裾を靡かせながら歩いていく。

 やがて重厚な扉が静かに開かれると、眼前に広がるのは王国でも屈指の格式を誇る大ホール。高い天井にはシャンデリアが吊るされ、壁面には、名画や壺が整然と飾られ、装飾品の数々はまるで王国の宝物庫のような趣を見せていた。ホール内のガラスケースには、魔導具や装飾品の数々が、静かに存在を主張していた。

 その中をルヴェニュー男爵は、案内人の説明を聞きながら歩いていた。

 やがてルヴェニュー男爵の歩みが、ひとつのガラスケースの前で止まった。中に納められていたのは、古びた銀の指輪。その表面には、繊細で複雑な紋様が施され、どこか儀式めいた不吉な気配を漂わせていた。男爵は、その紋様を凝視し、ゆっくりと顎を撫でた。

「面白いものだな・・・」

 男爵の呟きは、誰に向けられたわけでもなかった。


 ルヴェニュー男爵が、すべての展示品を見終えた頃、外は黄昏の様相を呈していた。

 3人は来たときと同じように馬車へ戻った。黒い馬車は石畳の上を静かに走り出した。

 馬車の中、魔石灯の淡い光が揺らめく空間で、ルヴェニュー男爵は左手を出した。シルクは無言で茶のケースを開け、男爵に差し出す。男爵はケースの中から1つの包みを取り出し、包みを開け、口に入れた。男爵がゆっくりと咀嚼すると馬車の中に芳醇なカカオの香りが漂った。

 そして、男爵は2人の従者に尋ねた。

「シーサ、シルク。何か、欲しい物はあったか?」

 男爵の問いに、長年男爵に仕えてきた執事のシーサが応じる。

「はい。旦那様。奥に飾られていた細剣。刃の光具合いから察するにミスリルかと。あれは、実に上質な造りでした」

 続いて、護衛のシルクが、少し頬を緩めて応える。

「私は入り口近くにあったナイフに興味を惹かれました。装飾も控えめで手に馴染みそうでした」

 その言葉を聞き、男爵は頷き、口元に微笑みが浮かぶ。

「そうか。では、今夜、頂きに参ろうか。ハンナとニーナにも、何か選んでやるといい。それに、あの銀の指輪。あれは、人の手に渡って良いものではない。過ぎた代物だ。私のコレクションに加えるとしよう」

 男爵の言葉が終わると、馬車の中に沈黙が戻り、カカオの香りだけが漂った。


 王都を照らす月が雲で見え隠れする深夜。

 石畳を滑るように黒い馬車が王国大ホールの脇に静かに止まった。

 馬車の扉が静かに開かれ、黒衣の男女が降り立った。2人は迷いなくホール脇の小窓へと向かい、鍵を開け静かに建物の中へと忍び込んだ。

 ホール内は、月の光が高窓から薄く差し込み、展示されている宝物を微かに照らしていた。

 数人の騎士が警備のため、品々の間をゆっくりと巡回し、鎧の金属音が微かにホールに響いていた。

 黒衣の女が1人の騎士の背後に近づく。女が目にも止まらぬ速さで手を動かすと、氷の針が指先から放たれ、無音で騎士の首筋へと突き刺さり、騎士は瞬く間に目を閉じて崩れ落ちる。女は騎士の身を支え、鎧が音を立てぬよう、床に慎重に横たえた。そして女は、次なる騎士へと忍び寄り、再び氷の針を放つ。1人、また1人と騎士は意識を奪われ、巡回する足音は途絶えていった。

 黒衣の男は、静かに展示ケースの鍵を外し、陳列された宝物を鞄に収めていった。

 やがて、男の視線が目的の品に止まった。銀の指輪。繊細で複雑な紋様が彫られた指輪は、月の光を受けて妖しく光っていた。男はその指輪を手に取り、しばし観察したのち、本来の持ち主が男であったかのように、自らの指へとめた。

 その後、展示品の中でも貴重とされる古代金貨を鞄へと収める。

 そして、男は懐から1枚のカードを取り出し、金貨の置かれていたケースにそっと置いた。

「月夜に跳ねるウサギ」が描かれたカード。怪盗の証。

 全てが終わると、黒衣の男女は来た時と同じく、何事もなかったかのようにホールを後にした。


 朝靄が石畳の上を這うように漂う早朝の王都。

 まだ日が昇り切らぬその時間帯、王国大ホールの前に空気を裂く馬蹄の音と、鎧の擦れる重々しい音がしていた。特務騎士団の副団長セレスは、特務騎士団団長とともに王国騎士団より急ぎ呼び出されていた。眠気を引きずる暇もなく、セレスは小走りにホールの石段を駆け上がる。ホールの扉の向こうからは、ざわめきと緊張の空気が漂って来ていた。

 重々しく開かれた扉の先、大理石の床やケースには調査の痕跡が残っていた。騎士たちの視線が特務騎士団団長やセレスに集まる中、中央には王国騎士団団長の厳しい顔があった。目の下には疲労の影が浮かんでいた。

「怪盗バニーが、現れた・・・」

 セレスは思わず息を呑んだ。団長の語る昨夜の出来事は、まるで絵画のように鮮やかだった。

 深夜、どこからか大ホールへ侵入し、騎士たちを傷ひとつなく眠らせ、特定の品だけが跡形もなく盗まれていた。

 騎士団団長の声は苛立ちを滲ませながらも、どこかに悔しさと困惑の色があった。

 王国騎士団がホールの夜間警備を担っていた以上、特務騎士団のセレスたちには直接の責任はなかったが、怪盗は、特務騎士団が日々守る公営カジノも標的にするかもしれない。セレスは背筋を正し、王国騎士団団長の言葉に真摯に耳を傾けていた。

「ホールへの侵入経路も、眠らせた手段も不明。バニーの痕跡は、ケースに置かれていたカードだけだ」

 そう語る団長の手に掲げられたそれには、濃紺のカードに銀のインクで描かれた「月夜に跳ねるウサギ」

 騎士に困惑が広がる中、朝焼けの光だけが、ステンドグラス越しにホールへと差し込み、赤と黄の煌きが静かに床を染めていた。

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