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007:公営カジノ

 王都に夜の帳が下りるころ、南区の一角。


 魔石灯が煌めき、人々の欲望が交差する王国公営カジノ「ブルノワール」

 貴族の馬車停留所に黒い馬車が静かに止まった。月明かりを受けて艶やかに光る黒塗りの車体には、家紋以外の余計な装飾は一切ない。だが、その佇まいがかえって威厳を漂わせていた。

 扉がゆっくりと開かれ、執事が降り、もう1つの影が続く。人目を引く痩身の女。護衛のシルクであった。彼女の動きは滑らかで、辺りを警戒する。

 そして、黒のマントを纏った男。ルヴェニュー男爵が降りてきた。

 男爵と護衛の2人を出迎えたのは、カジノの副支配人ガイエ。ガイエは緊張を微かに湛えながらも、洗練された所作で案内を始める。ガイエの導きに従い、男爵と護衛は赤絨毯の階段をゆっくりと上っていった。

 カジノの貴族用特別室は、煌びやかなシャンデリアの下、金と酒、そして賭博に酔う者たちのざわめきが広がっていた。

 ルヴェニュー男爵は、幾つかのテーブルに腰を下ろし、カード、サイコロにきょうを示しつつ、優雅に勝利を重ねてゆく。

 しばらくして、同席していた老貴族、バンクス子爵が話しかけてきた。

「ご存知ですかな?来月、王国主催のオークションが開催されます。年に1度の集い。そこには、珍しい品が並ぶとか」

 ルヴェニュー男爵は微かに眉を上げ、口元に微笑みを湛えた。

「それは、興味深い話だ。ぜひ、拝見させていただきたいものだな」

 ルヴェニュー男爵は、バンクス子爵に静かに応えた。


 カジノを愉しんだルヴェニュー男爵はゆるやかな手付きで椅子から立ち上がった。

 ルヴェニュー男爵に音もなく近づく影。銀の盆を抱えたカジノのウェイターが、前後から男爵へと近づいていく。礼儀正しいウェイターのように見せかけながらも、その動きには僅かな焦燥が浮かんでいた。

 前方のウェイターは、お盆の下から銀色のナイフを出し、男爵の胸元へ腕を伸ばす。

 しかし、ナイフは届かない。

 ウェイターの胸には、護衛のシルクの剣が刺さっていた。

 後方のウェイターのナイフは、男爵のマントに阻まれる。男爵のマントに施された、防刃の魔術がウェイターの一撃を防いでいた。

 シルクは、ウェイターから音を立てずに剣を引き抜き、身を翻して剣を払う。後方にいたウェイターの首が、花が散るように宙を舞い、鮮血が弧を描いて壁を赤く染めた。

「キャアアアァァッ!!」

 特別室に響き渡ったのは、女たちの悲鳴と血の匂い。数瞬のうちに起こった惨劇に、特別室の空気が凍りついた。

 扉の外でざわめきが起こり、扉が開かれ、黒の制服に身を包んだカジノの支配人と副支配人、その後ろには銀の鎧を纏った騎士たちがなだれ込んできた。

 騎士の先頭に立つ特務騎士団副団長のセレスが、部屋の惨状を一瞥し鋭く問うた。

「これは、何の騒ぎだ?」

 血の匂いと恐怖の余韻が漂う中、ルヴェニュー男爵は静かに首を傾げ、シルクは無言のまま男爵の後ろに立っていた。


 男爵とシルクは副支配人の案内を受け、別室へと姿を消していった。そして、事件の余波に震えていた貴族たちもカジノの使用人たちの導きにより静かに部屋を離れてゆく。

 部屋に残ったセレスは、カジノのディーラー、そして部屋にいた使用人たちを1人、1人、呼び寄せ、静かに事件の真相の尋問を始めた。

「ナイフを取り出すまで、ウェイターに何か不審な様子は?」

「い、いえ。二人とも、普段のウェイターにしか見えませんでした・・・」

「客の中に顔見知りは?」

「男爵様は、時折いらっしゃる程度で・・・問題を起こされたことは一度も・・・」

 繰り返される証言は、ひとつとして男爵の非を示すものは無かった。それどころか、すべての証言が一致していた。襲撃者の正体は、突然現れた偽ウェイターたち。その存在に気づいた者はなく、彼らがどこから、いつ、どのようにして紛れ込んだかは誰も知らなかった。

 セレスは静かに目を閉じ、思考を巡らせる。事件は単なる暴力ではない。狙いは明確にルヴェニュー男爵だった。

「怨恨か、あるいは別の理由があるのかもしれませんね」

 セレスは低く呟いた。


 セレスは赤い絨毯が敷き詰められた廊下を無言のまま歩んでいた。

 やがて、男爵の控室にたどり着く。扉の前には2人の騎士が直立の姿勢で立ち、厳重に見張っていた。

 ほどなくして、内側から扉が開かれ、副支配人が姿を見せる。その後ろに、黒いマントを纏ったルヴェニュー男爵、そして護衛の女が現れた。男爵の瞳は静かで、先ほど命を狙われた者とは思えぬ落ち着きを宿していた。

 3人はゆっくりと馬車場へと歩み出す。セレスと騎士たちも、その一行に加わり、男爵たちの背を護るように歩を進めた。

 馬車場の夜気は冷たく、魔石灯が淡い光を投げていた。馬車場には数台の馬車が並び、そのうちの1台、黒い馬車の扉が開き、静かにひとりの男が下り立った。

 銀髪を撫でつけたその男は、黒い燕尾服を着た執事。男爵を迎えるため、静かに頭を垂れていた。

 次の瞬間、馬車場の空気が一変した。

 別の馬車の扉が開く音とともに、黒衣に身を包んだ10余人の者が次々と地を踏みしめて下りてきた。手には剣やナイフ、杖を持ち、無言にして迅速に男爵の馬車を包囲する。動きから訓練された刺客たちであることは明らかだった。黒衣の者たちは言葉もなく、じりじりと男爵ににじり寄る。

 セレスは前に出ると、鋭い声で叫んだ。

「貴様ら、何者だ! ここで何を・・・!」

 セレスの問いの途中で、セレスの声すら聞こえていないかのように、男爵めがけて一斉に武器を振りかざした。

「男爵を守れ!」

 セレスの命に従い、騎士たちは剣を抜き、黒衣の者たちとの剣を交える。広い馬車場に剣戟の音が鳴り響く。夜の静けさを切り裂くような、鋼と鋼が打ち合う音。

 しかし、それでも敵の動きは止まない。彼らの動きは熟練の傭兵か暗殺者と思しき身のこなしで、王国騎士すらも圧倒しはじめていた。

 ルヴェニュー男爵が執事と護衛に目配せをする。

 次の瞬間。男爵の傍に立っていた執事が、無言のまま細身の剣を抜くと、まるで舞うような動きで1人、また1人と黒衣の者たちを切り伏せていく。執事の剣は正確に急所を貫き、血飛沫が夜空に咲く紅の花となった。

 そして、護衛のシルクもまた、細剣を手に獣のような気配を纏いながら、一陣の風のごとく黒衣の者たちの間で舞う。斬られ、刺された者は苦悶の叫びをあげる間もなく崩れ落ちた。

 セレスは2人の剣戟けんげきに息を呑んだ。自身もまた王国騎士として、数々の修羅場をくぐってきた身ではあったが、2人の剣閃けんせんには、ただの剣術以上の異質があった。

「強い・・・あの執事と護衛は、まるで・・・」

 セレスは無意識に漏れた言葉に、自ら驚きつつ、残った黒衣に剣を向ける。


 血に濡れた馬車場に、ようやく静寂が訪れた。

 魔石灯の明かりの下、セレスは剣を下ろし、深く息をついた。鎧の隙間を伝う汗。疲労は足に重くのしかかり、心臓の鼓動が耳の奥で脈打っていた。セレスの傍らには、同じく戦い抜いた王国騎士たちが、血で斑に染まった銀の鎧を纏い立ち尽くしていた。

 その中にいて男爵だけは、静かに、無言で立っていた。

 男爵は黒のマントをひるがえし、言葉を一言も発せぬまま馬車へと乗り込む。まるで、すべては予定の範囲内であったかのように。

 馬車の扉が閉まり、馬車はゆるやかに動き出し、やがて夜の闇へと静かに消えていった。

 その後に残されたもの。

 セレスの足元には、真っ青な顔で腰を抜かし、地面に座り込むカジノの副支配人の姿があった。彼の手は小刻みに震え、言葉にならない嗚咽おえつが喉の奥で鳴っていた。

 そして、その視線の先には、黒衣の死体。仰向けに、うつ伏せに、あるいは首を刎ねられたまま、地に散った亡骸が乱雑に転がっていた。

 馬車場に風が吹き抜ける。

 血の匂いを乗せたその風は、暗闇の下、何も語らぬ死者たちの上を通り過ぎていった。

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